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5/10(金)
■■■ 5/10(金)
「暇だ…」
金曜日の昼下がり、世の企業戦士たるサラリーマンが聞いたら切れるような言葉を吐きながら机に突っ伏している。世間では花金だとかブラックフライデーだとか金曜日に盛り上がるような言葉があるが、私には関係ないようだ。
大学を卒業して5年のOL生活で貯めた貯金で夢だった喫茶店の経営を始めた。一般的にブラックというか分からないけれど、残業も多かった事と実家通いができた事で20代のうちに夢だった自分のカフェを持つという夢を叶えるという事ができた。
(まさか、ここまで人が入らないとは思わなかった…。)
このまま閑古鳥が鳴いた状態だと、いくらなんでもお店を畳まないといけない状態になる。貯金だって無尽蔵じゃない…。恋人もいないから、再就職するしかないけれど前みたいに目標が無い状態で働けるのだろうか…。
そんな事を考えているとドアベルが鳴った。顔を上げると若い男性がドアから顔を出して中を覗いている。慌ててドアの方に向かう。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「ええ、そうです。もしかして、営業前でした?」
「いえ、営業中です!お好きな席にどうぞ。」
せっかく来た客を逃がすまいとすかさず否定する。いくら電気が点いてても、空席の上店主が席でだらけていれば不安になるよね…。
そういうと男性はキョロキョロ店内を見渡す。
初めての店ではお好きな場所って言われても困るか。
「もしよろしければ、あちらのテーブル席はいかがですか?日当たりもいいですし、海も眺める事ができます。」
「じゃあ、そこでお願いします。」
そういって、先ほどまでだらけていたマイベストの席に連れていく。ここは日当たりも良くて、波の音も聞こえるので食後はついうたた寝してしまうお気に入りの席だったりする。…まあ閑古鳥が鳴いてるからできる事なんだけど。男性が席に着くとノートパソコンをカバンから出している。こんな所で仕事するなんて、最近よく聞くノマドワーカーって人かな。そう思いながらお冷とおしぼりをテーブルに置いて、メニューを手渡す。
「可愛いメニューですね。ケーキは売り切れですか残念です…。」
「申し訳ありません。簡単な軽食ならお作りできます。」
申し訳なさそうに頭を下げる。最初は作ろうと思っていたけれど、人がこなければ作っていられない。手作りのメニューは悔しかったので書き換えるのではなくて、売り切れのラベルを貼る事にしたんだけど…。
男性は何度かページを捲って悩んだ末、モカとフレンチトーストを注文した。その後はまたノートパソコンに集中し始めたので断ってからメニューを隣の席に置いて注文の支度にかかった。久しぶりにお客に出す品物になるので、ちょっと緊張するけれど嬉しく思いながら豆を挽く。サイフォンに火をかけたら次はフレンチトーストの準備に入る。両方とも熱い内にお出ししたいので出来上がりが合うように手際よく調理していく。
出来上がったコーヒーをサイフォンからコーヒーカップに注ぎ、キツネ色に焼きあがり芳ばしい匂いを出しているフレンチトーストを器に盛り、表面に砂糖をまぶす。好みがあるのでベリーソースは小皿に入れて持っていく。匂いにつられたのか、男性もキーを打つのをやめてこちらを見ている。
「お待たせしました、モカとフレンチトーストです。温かいうちにどうぞ~。」
机の上はノートパソコン以外にもノートを開いていたりと作業場と化しているので、隣のテーブルをくっつけてそちらに置く。作業途中の事はそのままで再開できると嬉しいからね。こんな状態だからできるサービスって所かな。
男性は私の言った言葉を気にしたのか、直ぐに食べ始めてくれた。美味しそうに眼を細めながら食べている。自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるのはやっぱり嬉しい。私はカウンターからその様子を見ていた。本当はどこかの席でだらけながら見たい所だけど、さすがにお客がいる前でそのような事はできない。…入店時に見られているから既に今更感はあるけど。
食べ終わった時に閉店時間を聞かれたからもしかしてと思ったけれど、閉店まで居座っていた。ワンドリンクで粘るという事でなくて途中で何度か追加注文してくれたし、喫茶店ってそういう居心地の良さを求めてくるところだと思っているから長時間いてくれるのは嬉しい。食事するならレストラン、飲み物を飲むなら自宅できる、後は待ち合わせまでの時間つぶしというのもあるけどそれなら1時間位出ていくだろう。長時間いてくれるというのは私のお店を気に入ってくれたという事だろう。近くに住んでいるなら常連になってくれないかなというやらしい気持ちが出てしまった。
そういえば追加注文でカフェラテを注文した時に豆をどうするか聞いたら驚いていたし、漆塗りのコーヒーカップをしげしげと見ていたのでもしかしたら喫茶店にコーヒーを楽しむ以外の価値を持ってる人かもしれない。
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