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何度も言うようだが、この日は日曜日なので、部の寮を含めた学園一帯は奇妙なほど静かだった。綾原にとって、彼が一人投げ込みを行っている屋内施設は、溌剌とした外の空気とは対照的に、座布団の上でくつろいでいるような安心感があった。
そのとき、突然誰かの呼び掛ける声が聞こえた。「なにやっとんだ、綾原」
監督だった。
「おはようございます!」脱帽し、礼をする綾原。
「なぜ練習なんかしとるんだ?」と怪訝そうに訊ねてくる監督。さらに、「俺は遊びに行けと言ったはずだぞ!」と、険しい表情を浮かべる。監督は怒っているようだ。少し理不尽な感じさえするが、それがいかにもこの学校らしい。全国からあらゆる分野の突き抜けた才能が集うこの明上学園に、やはり普通の人間はいない。
「監督、そのことですけど……これ、やっぱり受け取れません。お返しします。」綾原は壁際に置いていた鞄から千円札を持ってきて、監督に差し出した。
「お前は外には行かんのか?」
「必要ありません。僕は練習がしたいんです」
「出れるのは今日だけだぞ?」
「関係ありませんよ。僕にとっては」言って、綾原は地面のピッチャーズプレートに目を遣った。彼は投げ込みを再開したくてうずうずしていた。なのに、監督はなかなか受け取ってくれない。おかしな我慢比べが続いた後、監督は一つ溜息をついて言った。
「まあ、好きにすればいい。だがそれはまだ受け取れんな。せめてジュースの一本でも買ってこい」
「いや、でも……」
「それがウチのルールだ。ほとんどのところは破ってるんだから、ちょっとぐらいは妥協しろ。だがこれだけは言っとくぞ。自分で練習したいと言ったからには、後々金と遊びに飢えて、馬鹿な真似はしないようにな」
「え……」
それはどういう意味だ? と、投げ込みを再開した後も、綾原の頭には霧のようなもやもやがまとわりついた。
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