2人が本棚に入れています
本棚に追加
午後になって、綾原はこれからの予定を変えることにした。なぜあんなしきたりができたのか、どうしても知りたくなったのだ。
そこで彼は寮内の各部屋を回り、誰か一人でも部屋に残っている部員がいないかと調べ始めた。思っていた通り、やはりどこを当たっても不在の連続だった。そろそろ違う方法を考えなければと悟った頃、ノックしたドアの向こうから返ってくる声があった。それは三年の現キャプテン、光塚正照の部屋だった。
「突然すみません。一年の綾原です」呼びかけると、光塚はドアを開け全く予想外の訪問者を、しかし快く迎えてくれた。彼は分厚い本とノートを広げ、はみ出さんばかりの大きな体を、弱弱しい(相対的にそう見える)デスクチェアに乗せていた。
「先輩、今日はまたどうしたんですか?」綾原が訊いた。
「どうしたもなにも」机の方を向いたまま、光塚は答えた。「たまには勉強もしとかないとな。そういうお前こそどうした?」
「同じですよ。どうしたもなにもないです」綾原の口調には、呆れたような、疲れたような響きがあった。「先輩、どうしてウチの野球部はいまみたいになったんですか?」
「いまって……ああ、日曜の休みのことか?」
「ずっとおかしいと思ってたんですよ。ただの休みならまだしも、監督が一人一人に千円あげるなんて。どう考えても異常です。
「あれ? そうか、一年にはまだ話してなかったっけ?」
「なにをです?」
「だから、日曜日を完全フリーにして、監督が千円をばらまき始めた理由」
「えっ⁉」綾原は驚きを持って、光塚にぐっと顔を寄せた。「あの、自分で言っといてなんですけど、あれに明確な由来があるんですか?」
「あるぞ」
「教えてください‼ そうでないと、僕はもうこの部ではやっていけません!」
「大げさだな……」苦笑する光塚。
「けど、本当に気になって仕方ないんですよ。監督にも変なこと言われるし」
「変なことって?」
「『自分で練習したいと言ったからには、後々金と遊びに飢えて、馬鹿な真似はしないように』って」
光塚は大きく笑った。「なるほど。確かにその通り。わかった、そこまで言うならお前にはいま話してやる」
そう言って、彼は語り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!