なかば、ゴールドラッシュ

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「噂には聞いていたが、お前たちがここまでバカだとは……」 「翔川、お前にわかるか! 野球をやればエースで、女にもモテて、俺たちが知らないとでも思ってたのか⁉ お前とマネージャーの武村がデキてるって。知ってんだぞぉ!」 「それが……」翔川が呟いた。彼の体は小刻みに震えている。「それがどうした‼ 俺と優葉(ゆのは)は確かに付き合っている。だがそんなことは関係ない!」翔川は地面に投げ出されたスコップを拾い上げ、高々と宙に掲げる。「俺だって外の世界で遊びたいんだ‼」  きょとんとする一同。 「ほらお前たち、仲間を手にかけるのではなく、スコップを手に取れ! ここで諦めてどうする! 俺たちはそんなやわな集団だったか? 俺たちは全国を制するために集まり、厳しい練習にも耐えてきた。俺たちは強い! 全国制覇が俺たちの目標だが、目下の目標は金塊を見つけることだ」  すでに夜明けは近づいていた。それが彼らにとっての夜明けではないことは確かだったが、顔には心なしか輝きが戻った。それが翔川遙道の力だった。 「もう一度言う。俺たちは強い!」  翔川の後に続いて、他二十五名の部員たちは一斉に鬨の声を上げ、再び地面を掘り始めた。 「想像しろ、自由と解放を手にした明るい未来を!」  彼らは掘る。 『金塊を見つけて豪遊する』皆は口々にそう言い、一心不乱に掘り続けた。しかしどれだけ全力を注ごうとも、ない物は出てこない。太陽が地平線から顔を出した頃、彼らの中でなにかが壊れた。金塊を見つけ、豪遊するという幻が彼らを襲った。  スコップを放り出し、神の恵みを受け取る信者のような手つきで、見えない金塊を穴から拾い上げる者。数人で役にわかれ、おままごとのような買い物ごっこをする者。女役の部員をはべらせ、キャバクラのようなやり取りを始める者。それはそれは、見るも無残な光景だった。 翔川でさえも、例外ではなかった。彼は両手に花を抱える、プロ野球のスター選手を演じていた。 それは、朝になって、夜のうちに忽然と姿を消した部員たちを探しにきたコーチに見つかるまで続いた。 「そこでなにしてるんだ」コーチが言って、翔川に歩み寄った。しかし幻のせいか、翔川はその男のコーチを、自身の彼女である武村優葉だと勘違いしてしまった。別の女と遊んでいるところを見られたと思い込んでしまったのだ。 「ち、違うんだ優葉! これは……これは、違う違う、こんなのは俺の好みじゃない。こいつらが勝手についてきただけなんだ。俺が好きなのはお前だ」 「落ち着け翔川」と諭すコーチ。 「お前だけだ。優葉許してくれ。お前のためならなんでもするぞ」と相手の肩に手をかける翔川。「愛してるぜ、優葉!」
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