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夏祭り。綿菓子。リンゴアメ。水風船。
あっ、金魚すくい。
『たくさんとれたね』
『いち、に、さん、し、ご……ろっぴきとれた。赤いのばっかり。金色のやつ取れへんかった』
『あぁ、一匹だけ金色のきれいなやつな。あれは、なかなか取れへんわ』
『金色の欲しいなぁ』
母さんと手を繋いで行った夏祭り。淡い、甘い思い出。
『夏祭り、行かない?花火もあるらしいよ』
『今日?今日は無理だな、仕事遅くなるから』
私は、無言で爪を切る。
パタンとマンションの戸を閉めて、亮二は出て行った。
「仕事」亮二の言葉を口の中で反芻する。
今日は夏祭り。金魚が欲しい。金色の金魚が欲しい。
夕方、港で海を見ていた。潮風が気持ち悪い。生臭い、生命の臭い。
海上では、数艘のボートが花火の準備をしている。祭りのトリは、岸壁から間近で見られる花火。
辺りが薄暗くなり。色とりどりの浴衣に身を包んだ家族連れや、男女、子供達が行き交う。
金魚すくいの屋台を探す。
『お兄さん、金色の金魚ある』
『あるよ。一匹だけ活きのいいやつが。なかなか取れないけどね』
と言うと若い男は、ガヤガカヤとやって来た小学生に向き直った。
『いらっしゃい。一回500円』
また、ふらふらと歩き出すと、さっきよりも人が増えていた。笑い声、子供の泣き声、屋台の呼び込みの声。
赤い金魚の浴衣を着た若い母親。
黄色い金魚の浴衣を着た女の子。
女の子と手を繋ぎ、歩みに合わせる亮二。
「金色の金魚が欲しい」
ドーン、パラパラバラ
ドーン、パラパラバラ
花火が始まった。遠くから、3人を追いかける。気付かない。私に気付かない。私はいない。あなた達の目に私は写らない。私は、私は……
ドン。
赤い金魚の背中を押した。
ドボン。鈍い音がした。
『海に落ちたぞ』
『誰か、海に落ちたぞ』
『消防呼べ』
走って、走って、走った。
三年前。亮二の左手の指輪を気にしないふりをした。
二年生前。一人で病院に行った。
『ごめん』と亮二は呟いた。
『欲しくないから』と私は言った。その時は、そう思った。
あの子が生まれるまでは。
金魚が欲しい。黄色の金魚が欲しい。あれが欲しい。
『ピンポーン』
亮二が来た。亮二が金魚を連れてきた。
私は、玄関の扉を開けた。
『警察です。昨日の祭りにいきましたよね。お話聞かせてください』
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