金魚

1/1
前へ
/1ページ
次へ
夏祭り。綿菓子。リンゴアメ。水風船。 あっ、金魚すくい。 『たくさんとれたね』 『いち、に、さん、し、ご……ろっぴきとれた。赤いのばっかり。金色のやつ取れへんかった』 『あぁ、一匹だけ金色のきれいなやつな。あれは、なかなか取れへんわ』 『金色の欲しいなぁ』 母さんと手を繋いで行った夏祭り。淡い、甘い思い出。 『夏祭り、行かない?花火もあるらしいよ』 『今日?今日は無理だな、仕事遅くなるから』 私は、無言で爪を切る。 パタンとマンションの戸を閉めて、亮二は出て行った。 「仕事」亮二の言葉を口の中で反芻する。 今日は夏祭り。金魚が欲しい。金色の金魚が欲しい。 夕方、港で海を見ていた。潮風が気持ち悪い。生臭い、生命の臭い。 海上では、数艘のボートが花火の準備をしている。祭りのトリは、岸壁から間近で見られる花火。 辺りが薄暗くなり。色とりどりの浴衣に身を包んだ家族連れや、男女、子供達が行き交う。 金魚すくいの屋台を探す。 『お兄さん、金色の金魚ある』 『あるよ。一匹だけ活きのいいやつが。なかなか取れないけどね』 と言うと若い男は、ガヤガカヤとやって来た小学生に向き直った。 『いらっしゃい。一回500円』 また、ふらふらと歩き出すと、さっきよりも人が増えていた。笑い声、子供の泣き声、屋台の呼び込みの声。 赤い金魚の浴衣を着た若い母親。 黄色い金魚の浴衣を着た女の子。 女の子と手を繋ぎ、歩みに合わせる亮二。 「金色の金魚が欲しい」 ドーン、パラパラバラ ドーン、パラパラバラ 花火が始まった。遠くから、3人を追いかける。気付かない。私に気付かない。私はいない。あなた達の目に私は写らない。私は、私は…… ドン。 赤い金魚の背中を押した。 ドボン。鈍い音がした。 『海に落ちたぞ』 『誰か、海に落ちたぞ』 『消防呼べ』 走って、走って、走った。 三年前。亮二の左手の指輪を気にしないふりをした。 二年生前。一人で病院に行った。 『ごめん』と亮二は呟いた。 『欲しくないから』と私は言った。その時は、そう思った。 あの子が生まれるまでは。 金魚が欲しい。黄色の金魚が欲しい。あれが欲しい。 『ピンポーン』 亮二が来た。亮二が金魚を連れてきた。 私は、玄関の扉を開けた。 『警察です。昨日の祭りにいきましたよね。お話聞かせてください』
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加