第一話  さらば皆勤賞! こんな学校辞めてやる!

1/4
85人が本棚に入れています
本棚に追加
/277ページ

第一話  さらば皆勤賞! こんな学校辞めてやる!

 目の前に(ドラゴン)がいる。  さて、こいつをどうすればいいのか。あまりの事態に俺の思考はパニックを通り過ぎて、目の前の状況をただただ冷静に俯瞰し、解決策を練り、しかし何も思いつかないという、大変生産性のない時間をひたすら浪費するだけの疑似プータローと化していた。ちなみに、頭だけでも俺の背丈ほどある、和風っぽさ丸出しの四足歩行の真っ黒な龍は、俺のことをジロジロと赤い目で見て観察、この状況が二分弱続いていた。縄のような長い身体がぬるぬると動く。犬であればくんくんと鼻を拡縮させながら、相手の様子を伺っているところであるが、この龍は明らかに「気に入らねぇ」の表情をしていた。  え、どうすればいいの。  思考を三周ほどして、ようやくそこに思い至る。  言っておくが俺は普通の高校生で、ここは俺が通う高校の入り口だ。二年生用の昇降口へ向かおうとしたところ、先日“事故”があったため昇降口の窓数枚と下駄箱、ついでに傘立てが破損してしまい、業者が入って修理と新たな下駄箱の設置を行っている。ともかくそんなわけで、今日は俺が所属する一組は、一年生用の昇降口から出入りするようにとお達しがあったのだが。  昇降口へ向かったら、この龍が目の前にドスンと降りてきて。 「は?」  ちなみに俺以外の生徒はナッシンだ。出席率が極端に低いこの学校で、こんな朝早くから登校する生徒は俺くらいなもので――って、 「え?」  ブンッ――と龍が長い首と腕を振り上げた。どうやら俺を敵か餌と認識したらしいそいつは、その巨大な腕で俺を潰そうと考えたようで。 「ちょ、待て待て待て待て!」  俺はぐるりと龍に背を向けて走り出した! ないないないない! あいつに潰されるとかマジで無い!! うなれ俺の両足、ここから逃げて生き延びろ!! 振り下ろされた龍の腕は、アスファルトに振り下ろされてドカンと轟音をたて、振り返れば龍がなにか吐き出そうと、口を大きく膨らませていて……  死ぬ! 「〈ミラクルスマッシュ〉!」  俺が人生の終わりを覚悟した刹那、響いた少女の声。頭上から光弾が、右へ左へ揺れながらも、おおよそまっすぐ龍に向かって飛んでいく。光弾は見事大型爬虫類の頭部に着弾、俺に向かって炎を吐き出そうとしていた龍は、顔にチョップを食らったプロレスラーのように、頭部をグワンと弾かれる。口にため込んでいた炎がボフッと溢れる。  スタッ、と、目の前に少女が降り立った。  風になびくサイドテールの長い金髪と、豪華だがどこか幼稚な髪飾り。イエローを基調とした、後ろ姿からでも、フリルたっぷりとわかる派手な衣装。子供のドレスのような、変わり種のメイド服のような、普段の日常生活ではお目にかかれないような形状のその服は、世間一般から見れば、「少女戦隊モノの変身衣装のコスプレ」にしか見えなくて。  というか、実際そうだ。 「高橋! ちょっと、大丈夫!?」  ぱっと振り返った少女は、その綺麗な顔立ちで俺に問いかける。 「俺は大丈夫、だけど、それっ、お前の世界観のかよ!」 「私のとこじゃないわよ! こんなリアル調なのいるわけないでしょ!」 「じゃあアレか! こんな朝っぱらなら、赤坂のとこのか!?」 「最近のレンジャーモノって、こんなに和風なの!?」 「! 如月(きさらぎ)、後ろ!」  龍がもう一度口を膨らませ、炎を放とうと俺たちの方に狙いを定めていた。俺の注意に戦隊少女・如月はすぐさま反応。一瞬で判断を下すと―― 「高橋、逃げるわよ!」 「んっ!? ちょ、おまっ――」  如月は流れるように俺のことをお姫様だっこして、トンッと地面を蹴る! ふわっと浮き上がった彼女の身体と、抱っこされた俺は空中を舞い上がり…… 「恥ずかしい!!」 「文句言うな! 丸焦げにされたいの!?」  彼女は文句を言いつつも、学校の屋上に優しい手つきで俺を下ろす。見れば、龍の吐き出した炎は昇降口前のアスファルトを焼き、近くのフェンスが高温にさらされてへにょんと溶けている。俺が立っていた場所は……。 「……ありがとうございます、如月さん」 「わかればよろしい」  俺のクラスメイト――如月キララは腕を組んで、妙にオッサンくさい言い方で頷くと、「とにかく!」と、ハキハキとした声で切り替えて、 「あれをどうにかするわ。本当は、誰が相手しなきゃいけない奴なのかは置いといて!」 「どうにかできるのか? あれ、けっこう強そうだぞ」 「まあ……動き遅いし、どうにかなるでしょ。やらないわけにはいかないし」 「おお、今のセリフ。主人公っぽい」 「バカ言わないで」  如月はキッパリと返す。しかしその直後、それまできりりと引き締めていた顔を、気まずそうに、恥ずかしそうに歪ませると、俺から視線を外して、言った。 「だから……その。あんたはあっち向いてなさい」 「え?」 「前も言ったでしょ! 戦うとこ見られるの恥ずかしいから……あっち向け!」 「あ、そ、そうだったな。お、おう」  ドラゴンもじりじりとこちらに近付いてきているようだったので、大人しくくるりと背を向ける。ついでにやれることもなさそうなので、地面に座ってあぐらの休憩モードだ。女の子一人にあの巨大なモンスターを任せるのは気が引けたが、彼女の責任感ないし物理的な強さは重々承知していたし、“そういう学校”だったから。 「くらいなさい、〈アンバージュエル〉!」  ちゅどーん、と背後から爆発音が響く。バトルの合いの手や必殺技名を聞かれるのを如月が嫌がるので、ポーズだけでも耳を塞いで構える。塞いだところで丸聞こえなのだが、俺が彼女にできる最低限の礼儀だった。  爆発音がドゴンドゴン、哀れ爬虫類がギューッギューッと鳴く声を聞きながら、俺は目を閉じ、放せない手の代わりに心の中で、死にゆく魔物に合掌したところで―― 「あっ、あーっ!!」 「あっ?」  間抜けな叫び声に目を開けてみれば、目の前には学校指定の男子ズボンが。見上げると、よく見知った顔がそこにはあった。 「よ、夜崎(よざき)?」 「た、高橋! あのドラゴン、どこに!?」  そう問いかける、クラスメイトその二。夜崎零、と書いてヨザキレイ。名字の暗さに反して喋り方はバカっぽいが、顔立ちはそこそこ整っていて、右手には通学鞄の代わりに、一メートル程度の長い包みを提げている。 「朝来たら降ってきたんだよ! お前のとこのか?」 「や、俺が召喚したやつだわ! やっべ、こんなとこに逃げてたのか!」 「はあ!? あれお前が出したのかよ!」 「あそこで戦ってるの如月だよな!? 止めねーと!」  夜崎はわたわたと慌てつつ、ポケットからタロットカード程度のサイズの紙片を出して屋上からぴょんと飛び降りる。普通人間の俺が屋上からぬっと首を突き出すと、あっという間に小さくなった夜崎は、植え込みにスタッと無傷で着地した。 「おーい! 如月! それ俺の! 俺のーっ!!」 「はあーっ!?」  遠くで龍をボコボコにする如月の叫び声が響いた。  登校時刻間際になった昇降口にはまばらに生徒と教師が現れ始め、遠くの方からその様子を眺めたり、何人かの大人は龍が破損させた建築物や植え込みの確認と調査を行っているらしい。夜崎は後でしこたま怒られることだろう。  ちなみにこの話には、俺のことは如月にも夜崎にも忘れ去られ、朝のホームルームが終わるまで屋上に取り残され、皆勤賞を失うというオチが待っている。
/277ページ

最初のコメントを投稿しよう!