第二十四話  月の章④ / 異常者の正常な思考

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「会った」 「どこで?」 「駅前の……路地裏?」 「……思ったより、普通のところにいるな」  地元の友達に会ったくらいの感覚だ。不覚にも、もうちょっと雰囲気のある場所じゃないのかよ、と思ってしまったことは黙っておこう。 「大丈夫か? 何もされなかったか?」 「うん。ミチルちゃんが助けに来てくれたから」 「……何かされてたんじゃねぇか」  如月(きさらぎ)が「あ」と顔を上げる。つくづく自覚が無い。 「お前の基準、どうなってるんだよ……」 「でもあの、たいしたことじゃないから。本当に。ちょっとだけ」 「ちょっとって?」 「……首を、ちょっと、こう」 「急所じゃん」  夜崎(よざき)からツッコミが入る。……夜崎がツッコミ入れるって相当だな。 「だけど……」 「如月はどうしたい?」  夜崎がそう、端的に尋ねる。如月は落ち着いてきたのか、乾きかけの涙を拭いながら、 「どうしたい、って……」 「朽無(くちなし)のこと。俺たちはもう、本気で叩くつもりでいるんだけど……いや、聞かない方が良いかも。俺、戦ってる途中で気が緩んじゃいそう」  そう言うあたり、夜崎は如月の返事の予想がついているようだった。まぁ、如月は最初から、殺す方には賛成してなかったからな……。 「私よりも……朽無が、もう、そう決めてたみたい」 「へぇ」 「ねぇ、夜崎。どうしても死ななきゃいけない人って、いるの?」  如月が夜崎の顔を見る。 「私には、そうは思えないよ」 「まぁ、みんな死にたくはないと思うよ。だって生まれて来ちゃったんだから」 「…………」  俺は黙って、二人の会話に耳を傾けていた。 「でもさ。自分より大事なものは、できちゃったり見つけちゃったり、するじゃん。選択肢ができたら、仕方なく選ばなきゃいけないときもあるよね。誰かが、どれか一つ」 「どうしても選ばなきゃだめ?」 「ん……」  夜崎が一瞬、黙った。  そして答えを出そうとした瞬間、廊下をコツコツと歩く音が聞こえてきた。俺たちはそれぞれ顔を上げて教室の入り口の方を振り返り、ちょうど顔をひょこっと出してきた(みなみ)先生と視線が合う。 「どうかしら? 落ち着いた?」 「もう大丈夫です」と如月。「ごめんなさい」 「いいのよ。ふふ、こんな遅くまで生徒がいるなんて。不思議な感じ」  南先生は楽しそうにクスクスと笑う。そして教室に踏み込むと、手際よく窓の施錠をチェックしていく。俺と如月は立ち上がって、通学鞄に目をやった。忘れ物は無いだろう。 「三人は、本当に仲がいいわね。いつも一緒にいるもの」 「はぁ。……そんなに目立ちますか?」 「きっと、高橋(たかはし)くんが思ってるよりはね」 「マジっすか……」 「恥ずかしがることじゃないわ。ところで告白はどうなったの?」  げっ。しれっとぶっ込んできた。  固まる俺をよそに、如月と夜崎はそれほど反応を示していない。まぁ夜崎は置いておいて、如月まで「そういえばそうだった」と言っている有様だ。……おい、お前な。 「え、告白……私、高橋に告白されたの?」 「いや、もう、いいから。その話題よそうぜ」 「結婚すんの?」  夜崎は夜崎で相槌がぶっ飛んでいる。俺はとっさに何も返せなかったし、如月もさすがに「結婚!?」と驚いている様子だ。そっちには反応するんだな、如月。 「けけけ、け、結婚!?」 「え。付き合うってそういうことじゃないの?」 「そうとは限らないのよ~。恋って一つじゃないのよ、夜崎くん。形も結末もね」  うふふふふ、と怪しげな笑みを浮かべながら南先生が変な指導を入れてくる。いや、なんでこの流れで会話が成立してるんだよ! 「そもそも結婚の意味わかってんのかよ!」 「夫婦になるんでしょ? お父さんとお母さんだ。うん、いいと思う」 「いや!! だぁーかぁーらぁ~……!!」  いろいろ文句が脳裏をよぎったが、これはいつものアレだ。夜崎特有の世間知らずというか、淡泊さというか。例えばそこに性的なアレコレや、恋愛にありがちな面倒くささとか、人間関係の変化やらがくっついていることを理解していないのだろう。だからそういうことがあっさり言えてしまう。読んでるの、少年漫画ばっかりなんだろうな。  ただ、俺自身もあまり人のことは言えなくて、両親の恋愛結婚のために、自分の人生が多かれ少なかれ不幸になったという思想があるから、率直に言って家庭や結婚にはあまり興味が無い。そもそも、自分で入っておいて言うのもアレだが、この学校を選んで入った時点で、俺の人生設計はめちゃくちゃなのだから。  だから、改めて如月とどうの、と言われると……それは、ちょっと。 「…………」 「あらぁ~。高橋くん、顔真っ赤よ~?」 「やめてください、マジで!!」 「えー。高橋と如月が一緒にいてくれたら、俺は嬉しいけどな。ああでも、俺が決めることじゃないよね。……俺また、なんか変なこと言った?」 「変なこと……いや」  多分、俺が変な気分になってるだけだ。 「全体的に変だけど……お前の言いたいことはわかるよ。けど、それとこれとは別だから。け、結婚とか恋愛とかしないと、俺と如月が絶交するわけでもないんだから」 「あ、そっか」 「そういうことだよ」  きょとんと納得する夜崎を見て、なんか俺も安心する。そうだよな。お前は、友達と恋人のボーダーラインがごちゃまぜになっているだけだ。……その後ろで南先生は、「あらぁ~」と、妙に残念そうな顔をしているけれど。そういえばあの人、結婚と離婚どっちも経験してるんだっけ。…………。 「わ、私も」  不意に、それまで黙っていた如月が、口を開いた。  顔は赤いけれど、表情はやけに真剣で。 「そういう感じじゃないよ、別に。高橋にはもっと良い人がいるよ。ほら、それに私ってアレだから。恋愛よりも仕事に生きるタイプだからさ、ね?」 「まぁ……それはそうだろうな」  ありありと目に浮かぶ。というか、現時点でその通りだ。 「でしょ? ほら、もう学校出ようよ。外、真っ暗だよ。街に行くまで街灯少ないし、この時間だと〈悪鬼(あっき)〉も出るかもだから」 「ああ、うん……」 「気をつけて帰るのよ~」  南先生に見送られながら、俺たちは教室を出る。本当に、歳のわりに恋愛とか興味ないよな、二人は。まぁ、いろいろ詮索し合う関係より、全然いいけど……などと、呑気なことを考えていた俺の目には、二人の表情は映っていなかった。  ――校舎を出たところで。 「夜崎」 「なに?」 「〈トパーズ〉くれる?」  ふと如月が足を止めたかと思うと、夜崎の方を振り返って手を差し出した。有無を言わせない、“渡しなさい”の手。だが夜崎は、 「ううん。嫌だよ」
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