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薄汚れたマントを被った男が一人、砂漠の真っただ中を歩いていた。
砂が風で舞い上がり、目や口に砂が入ってくるのを手で防ぎながら、男はポケットから金色の鍵を取り出した。
「おい、鍵野郎。本当にお宝があるんだろうな?」
『本当ですよ』
金色の鍵は、男の質問に静かに答えた。
だがいまいち信用できず、男は胡乱な目で鍵を睨んだ。
この喋る鍵の言うことを聞いてのこのこと砂漠くんだりまでやって来ておいて、今更といえば今更ではあるが。
「嘘吐いてたら、テメェの体を真っ二つにしてやるからな」
『滅相もない。ボクは嘘は吐けないんです。ご安心を』
「……フン。とっとと案内しやがれ」
『ええ。もうすぐですよ』
男とこの喋る金色の鍵との出会いは、数日前にさかのぼる。
男は素行の悪さから鍛冶の職をクビになり、町をブラブラ歩くか、酒場で呑んだくれるかどちらかという生活を送っていた。
無職になってから、昼間っから酒を呑むことだけが生き甲斐だった男は、その日も酒場へ繰り出していた。
酒がいい感じに体に回ってきた頃、男はやけに装飾の豪華な金色の鍵が床に落ちているのを見つけた。
これでも鍛冶をしていた男にはわかった。──これはどこぞの貴族の屋敷や王城の蔵の類なんかに使われる、一級の業物だ。
金の匂いを瞬時に嗅ぎ分けた男は、その鍵をこっそり懐に入れ、持って帰った。
ボロボロの自宅へ帰り、懐から鍵を取り出して眺めていたら、なんと鍵がひとりでに喋りだしたのだ。
『アナタがボクを拾ってくれたのですか?』
「お、おう」
『ボクはとある場所の鍵なのです。何者かに盗まれ、こんな遠いところまで来てしまいました。……お願いです。どうかボクを元あった場所まで戻してもらえませんか?』
「はあ? 何で俺がそんな金にもならねぇことをしなきゃいけねぇんだよ」
『……。ここだけの話、アナタだけに特別にお教えしますが、その場所には宝箱が隠されているんです』
「テメェをそこへ持って行けば、それを俺が自由にしていいと?」
『ご想像にお任せします』
「……いいだろう。取引成立だ。しっかり案内しろよ」
『もちろんです』
こうして男は、金色の鍵の言に従い、旅に出た。
やがて男がたどり着いたのは、砂漠を越えた先にある、自分の身長をゆうに超えた大きさをもつ岩の前だった。
「この岩がなんだってんだ」
『岩を動かしてください。地下へと降りる階段があるはずです』
「こ、こいつを動かす……!? 無理に決まってんだろ」
『ああ、残念です。お宝は諦めるのですね』
「……チッ、せっかくここまで来て誰が諦めるか! 見てやがれ鍵野郎!」
男は口汚く金色の鍵を罵ると、歯を食いしばって大岩に両手をつき、全体重を込めて大岩を押した。
もちろんすぐに動くわけはなく、その挑戦は何十回にも及んだ。
それでも少しずつ岩が動いている手応えを感じた男は、ついに大岩を動かしきることに成功したのである。
男が乱れた息を整えながら、大岩があった場所に現れた隠し扉を開けると、地下へと続く石造りの階段が見えた。
「ハァッ、ハァッ……。こ、これが階段ってやつか」
『はい。そのまま階段を降りた先にある宝箱に、ボクを差し込んでください』
「……にしてもよぉ、こう暗いと進めねぇぞ」
『ご心配には及びません。侵入者を感知して明るくなりますので』
男が半信半疑で階段を降りだすと、壁に設置された燭台に火が灯った。
何段か降りてわかったが、燭台は定期的な間隔で設置されていて、燭台に近づくと灯りが点く仕組みらしい。
「なかなか気が利く場所じゃねぇか」
『そうですね』
進路が見えるのであればさっさと進むだけだ。
長い長い階段を全て降りた男は、狭い階段から一転してとても広い洞窟のような空間に出た。
「……なんだ、ここは」
『宝の間とでも。奥にあなたの求めるものがあります』
「奥……あった! 宝箱!」
洞窟の奥には簡易的な神殿のような建物があり、祀られるようにその宝箱は鎮座していた。
男は宝箱に駆け寄って、ニヤリと笑う。
「これにお前を差せば、お宝は俺のもの……!」
『さあ、ボクを鍵穴へ』
「おう!」
財宝を手に入れたらどんなことをしようか……。
豪邸を建ててもいい、女を山ほど侍らすのもいい、俺をクビにしたアイツらに報いを受けさせるってのも捨てがたい……。
男はつかの間の妄想に浸ると、満を持して金色の鍵を宝箱の鍵穴に差し込んだ。
カチャ、と音がして鍵が回る。
すると、鍵穴が強烈な光を放ち始めた。
あまりの眩しさに男は視界を手で遮ったが、今度は妙な浮遊感に襲われる。
男の足が浮いて、体が金色の鍵に向かって、吸い込まれていく。
光が収まると、男のものではない、青年の歓喜に湧いた声が洞窟に響いた。
「ああ……! 人間の体、ボクの体だ! やっと戻れた!」
洞窟にいる人間は、青年ただ一人だ。
では、男はどうなったのか。
男の視界は宝箱の真横から見上げるかたちで固定され、自分の意志では動かせなくなった。
青年が宝箱から鍵を抜き手に取ると、男の視界も連動するように青年を捉えた。
『おい、テメェは誰だ!』
男は突如現れた青年に向かって怒鳴るが、自分の声なのにその響き方に違和感を覚えた。声帯が震えておらず、響き方もどこかこもった感じがする。
ならばどうやって声を発しているというのか?
その答えは、青年の次の言葉によって明らかになった。
「ボクは、先程までアナタに『鍵野郎』と呼ばれていた者です。……もっとも、今その名に相応しいのはアナタですけどね」
『なんだと……?』
「さようなら、ボクをここまで連れてきてくれた人。そしてこんにちは、新しい『鍵さん』。アナタはボクの代わりに、この宝箱の『鍵』になったんですよ」
男は混乱した。
俺があの金色の鍵になった?
しかし、視界が自分の意志で動かせないのも、声の響き方も、そう言われてみれば理解できる気もする。……納得はできないが。
青年は機嫌が良さそうにニコニコと微笑んで、鍵に話しかけた。
「本当に良かった。ボクを拾ってくれたのが、アナタのように単純な方で」
『ふざけんな! 俺を元に戻しやがれ!』
「残念ですが無理です。元に戻りたければ、ボクのように別の誰かを連れてくることですね」
『テメェ、最初からそのつもりで俺を騙しやがったな……!』
「騙したなんて人聞きが悪い。ボクは嘘は吐いていませんよ?」
そう言われて男が過去の会話を思い出すと、確かに青年──当時は鍵の姿だったが──は、宝箱があるとしか言っておらず、核心部分は曖昧に濁していた。
勘違いを誘発するような言動をしてはいたが、男にとって腹立たしいことに嘘は言っていないのだ。
「それに、ボクだって元はといえば被害者なんですからね。人間の姿を取り戻すには仕方なかったんです」
言葉だけは沈痛な面持ちだが、その実まったく罪悪感のなさそうな朗らかな顔で、青年は話を続けた。
「……とはいえ、ボクは優しいので、アナタにも元に戻れるチャンスをあげましょう」
『な、なに……?』
「アナタを最寄りの町まで連れて行ってあげます。そこで誰かに拾われたら、ボクと同じように口八丁で相手を騙してここまで連れてくるんです」
『そんなの、いつになるか分からねぇじゃねぇか……!』
「少なくとも、こんな場所に置きざりにするよりは機会もあると思いますけどね。ボクは別にどちらでもいいんですよ?」
『……分かった。連れてけ』
「おやおや、それが人に物を頼む態度ですか?」
『お、お願い、します……』
「分かりました。では町まではまた一緒に旅をしましょう。短い間ですが、よろしくお願いしますね、『鍵さん』」
──それからしばらくの後。
「お、なんだこの鍵。えらく豪華な鍵だな」
『アンタ、運が良いぜ。この俺を拾うなんてな。……宝の在り処を知りたくはないか? 教えてほしければ──』
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