金星に、願いを

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金星に、願いを

これほど空が澄みきっているのは、何ヶ月ぶりだろう。三等星でさえ、肉眼で見える。 夕食を済ませ、皿洗い後に洗濯、洋服を干しにベランダに出てみると、西の空に北斗七星が見えた。しかも、ハッキリと。この家に引っ越してから、それが見えたのは多分、初めてだろう。 下弦の月が、彼方に沈みかけていた。そうだ。一昨日、娘に質問されたの、ちゃんと答えられなかったな。 リビングに、小物干しを取りに行くと、娘が冷蔵庫を開け、何かを取り出した。その缶のプルトップを開けた、と同時に私と目が合った。 「…ごめんなさい」割と直ぐに謝ってきた。シュワシュワと、心地よい音が微かに聞こえる。何故こんなことをしたんだろう。 「…早く大人になりたい、とか?」質問してみた。 「…だって、友達とか、もう飲んでるし」 「…じゃあ、子どもビーr…」 「もう飲んだ」 「それなら、ノンアルb…」 「みんなそれじゃない。本物、飲んでる」 「仕方がないな」私は少し考えて、 「じゃあ、ちょっとだけ、飲んでみる?」と提案してみた。 「…いいの?」 「大丈夫。ちょっとぐらいなら、身体は悪くはならない」そして、 「大人の階段ぐらい、何歩登っても良いさ」と続けた。『君は四、五歩は先に進んでいるさ。少なくとも、同い年の人よりは』と、心の中で呟いた。 「一昨日さ、質問したじゃん」私の分と娘の分、二本が潰れて、テーブルに転がっている。 「『満ち欠けするのって、月だけなの』って」 「…そういえばそう、だったっけ?」 「他にも満ち欠けする星があるけど、見てみる?」 「いいけど…」急に俯き、モジモジ、としだした。 「大丈夫、日が昇る前に終わるし」 「…わかった」そう言って彼女は立ち上がったが、ふらついて、私に向かってよろけた。 「外では座っていいからね」 「大丈夫、ちゃんと見る」 時刻は午前三時前、あと二時間もすれば太陽は昇り、目的の星も見えなくなるだろう。さっきは強がっていた娘だが、道路に出るなり、路肩に座り、数分もしないうちに寝息を立てていた。 私も、あまり酒が強くないので、かなりの眠気が襲ってくる。なので、毛布を持ってきたが、どうやら娘に取られそうだ。というか、自ら渡した。 日の出の時刻は五時頃、スマートフォンのアラームを四時にセットし、イヤホンをかけながら、娘の隣で仮眠を取ろう。 別に寝なくても、六時ぐらいまでなら粘れそうだが、あと約六時間後に一仕事、仕上げなけれはいけないので、少しの間、休憩だ。 「…君と二人、追いかけていた」アラームの『天体観測』が流れて、瞼を開いた。辺りはまだ暗く、電灯が、寂しい光を放っていた。 「もうそろそろ起きて」と肩を揺すったら、直ぐに目を覚ました。 娘が欠伸をしたり、「…寒い」とぼやきながら辺りをウロウロしている間に、天体望遠鏡を組み立てている。私は学生の頃、天文学を専攻していて、大学院まで行った。人生の伴侶とも、そこで出会った。 東の空を見つめると、空から黒が減っていた。私は直ぐに、一際明るい星を見つけ、望遠鏡をセットした。 「見て。これが、満ち欠けする星。金星だよ」 「金星って、水金地火木、の?」 「そうだよ」彼女はそれだけ聞いて、そっと覗き込んだ。かなり寡黙な娘だが、「…おお」と声を漏らした。 「どう?結構欠けてるでしょ」 「…まあね」そして、しばらくして、娘は、 「…金星って、可哀想」と話した。 「どうしてそう思うの?」 「だって、こんなに細いし、多分見えないよね?満月みたいな金星」 「その通り。ついでに言うと、大きさも似てるし、空気だってある」 「金星って、生活できる?」 「それは難しいな。金星の空気は殆どが二酸化炭素で、直ぐに死んじゃう」そして、私は続ける。 「金星は『地球の姉妹惑星』って呼ばれてて、さっきも言ったけど、色んなところが似ているんだ。でも、一日が、とても長いんだよ」 「どうして?」 「地球は、回っているから、朝が来て、夜がやってくる。だけど、金星は、すごく遅く回るから、ずっと朝で、ずっと昼で、ずっと夜になる。そしたら、日が出ているととても暑くて、逆に夜は寒い」そして、娘は、私を見上げて、声を出した。「私って、そうなるのかな…」 「金星みたいに?」 「うん。大丈夫?」 「大丈夫さ」私はそう声をかけた。 「金星って、悲しいんでしょ?」 「それでも実は、太陽、月の次に明るい星だし、この金星は『明けの明星』って言う別名があるんだ。つまり…」 「つまり…」 「今、何かでくじけたり、困ったりしても、別の何かで輝けばいいんだ」その言葉を、自分にも、言い聞かせていた。
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