金曜日ごっこ

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 三十分後、退社した高柳と俺は昨日と同じ居酒屋で飲みはじめた。 「一週間おつかれ~。乾杯~!」 「‥‥乾杯」  俺はビールを一口だけ飲み、すぐに本題へと切り込む。 「なぁ高柳。昨日から金曜金曜ってどうしちゃったの」  高柳は問いかけを一旦無視して、中ジョッキのビールを一口で飲み干す。 「ぷはぁ」  空になったジョッキを見つめながら、高柳はとつとつと話し始めた。 「いいじゃん、金曜日で。明日は土曜日で、明後日は日曜日」   部署の人手が足りない中で高柳が過重なストレスに見舞われていることは間違いなかった。 「金曜日と土曜日と日曜日しか知らない。それ以外はイヤ」  たとえ金曜日と土曜日と日曜日しかなかったとしても、それが金金金金金土日では仕方がない。    しかも繁忙期は土曜日や日曜日も仕事に行かなくてはならない時だって割とある。    現実は厳しい。 「仕事したくない。漫画だけ描いて生きていたいよう」  高柳には漫画を描くという大切な趣味がある。    だが、ここ最近は仕事が忙しすぎて漫画を描く時間などまともにとれていないのだろう。    母子家庭で育った高柳は子供の頃から、仕事で手一杯の母親に構ってもらえない寂しさをお絵描きに夢中になることで紛らわしていたらしい。  今では描いた作品をインターネット上で公開したり、コミックマーケット等の即売会で売ったりしていて、高柳のファンも結構多いようだ。    俺も過去に高柳の作品を見せてもらったが、素人目にもとにかく上手いということが理解できた。   「お前もうこれで食っていけばいいんじゃねーの」とその時に俺は言ったが、 「そうできるなら一番良いけど‥‥。都内で一人暮らしする身としてはなかなか金銭的に厳しいの。安定もしないし。そんな冒険は大学まで通わせてくれたお母さんにも申し訳なくてできない」と高柳は否定した。 「あぁ~。まだ金曜日かぁ~」    薄暗いオレンジ色の照明を仰ぎ、高柳はぼやく。    もはや金曜日という概念が高柳の中では崩壊していた。 「じゃあ、高柳が会社で働かなくても済むように、好きなだけ漫画が描けるように、支えてくれる誰かがいれば‥‥いいのかもな」 「‥‥うん」  高柳はうつむいて小さくうなずいた。    沈黙が流れる。 「きん、きん、金曜日~、きんきん金曜日~」  少しの沈黙の後、半開きの瞳をジョッキに落としたまま、高柳はぼそぼそと歌い始めた。 「きん、きん、金曜日~、きんきん金曜日~」    何かに取り憑かれたかのように歌を口ずさむ高柳。    今日も金曜日ということにしておこう。    俺はメガハイボールを二つ注文した。
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