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 身体測定を終えてケイが部屋に戻ると、すぐにジェイが寄ってきて、 「見慣れない奴が部屋に居たけど、あいつ、誰だ?」  と尋ねてきた。  ここでの生活が長い、というだけで、ケイの持っている情報量などジェイのそれと変わりなく、ケイは「さぁ?」と首を傾げる。  ジェイはまじまじとケイの顔を見て、不意に目元を険しくした。 「おまえ、なんかあったか?」  問われて、ケイはドキリとした。  あの正方形の白い部屋で、黒服に嬲られて白濁を漏らしてしまったことを、勘付かれたのだろうか。  『あれ』はきっと恥ずかしいことで、ジェイに知られたらきっと、『B』が巣立ったときのように、軽蔑の眼差しで見られてしまうのではないか。  ケイはそう考えて、にっこりといつもの笑顔を浮かべると、 「べつになにも。いつも通りだったよ」  と答えた。  ジェイが言葉に潜んだ嘘を探るように、細めた目でケイを見つめていた。  ケイの処遇が劇的に変化したのは、その翌日であった。  朝の掃除の時間、ケイは再び身体測定の行われる部屋に呼び出された。  ケイが部屋の中に入ると、黒服と、昨日のスーツの男(たしか、ジョッシュと呼ばれていた)、それから、部屋の中央に渋い顔をして座っている、顎髭を生やした見知らぬ男が居た。  顎髭の男の横で、ジョッシュが身を縮めるようにして立っていた。 「困ったことをしてくれたな、ジョッシュ」  顎髭の男が、葉巻をくゆらせながら低い声で言った。  男の言葉に、ジョッシュがビクリと跳ね上がった。 「も、申し訳……」  ジョッシュが詫びの言葉を口にすると、男がひらりと手を振ってそれをやめさせた。  そして、ポカンとした表情で立っているケイを見て、「こいつか……」と呟いた。  ケイは男の不躾な視線に体を緊張させた。 「なるほどなぁ……。おまえ、名前は?」  不意にそう尋ねられ、ケイは、声を裏返らせて、「け、『K』です」と答えた。  男は顎髭を指先で撫でながら、 「K? そういや居たな。抗争のときに拾った赤ん坊。『揺り籠』に入れるって聞いてたが、ありゃおまえのことか」  軽く頷いて、ひとり納得の風情を見せた。 「日本人(ジャッポネーセ)は童顔が多いが、これで12歳? 小学生(スクオーラ・エレメンターレ)の低学年に見えるな」  時折英語ではない言葉が混じり、男の言っている言葉の意味がわからず、ケイは目を瞬かせた。 「ヘイ、ジョッシュ」 「は、はいっ」 「こいつをさっさとサド侯爵に売ろうとしたおまえの気持ちはわかる。だがなぁ、精通が自然に来るまで待つ、と言われていた商品に、おまえは手を付けたんだ。そのお蔭で今回の契約は白紙に戻った。日本人(ジャッポネーセ)奴隷(スキャーヴォ)は貴重だからと、こいつには10万ドルの値が付いていたんだ。このガキを養うために使ってきた金も無駄になった。侯爵がキャンセルした商品を他の客に売るわけにもいかない。狭い業界だ。これ以上侯爵の機嫌を損ねるわけにはいかねぇ。つまり、こいつはもう金にならないお荷物になったってわけだ」  葉巻の煙を口から吐きながら、男がひと息に語った。  ジョッシュがますます身を縮めて、深く頭を下げた。  男が口元にしわを刻んで、苦笑いを浮かべる。 「だがまぁ、このガキの顔を見ただけで、よくわかったもんだよな。自然精通かひとの手によるものかなんて、ふつうわかりゃしないよな。大した変態(ペルベルティート)だぜ、あのサド侯爵は」  男は苦笑したまま腕を伸ばして、頭を下げていたジョッシュの肩をポンポンと気安い仕草で叩いた。  ジョッシュが恐る恐るといった態で顔を上げる。  男はシガーケースから葉巻を一本つまみあげると、吸い口をカットしたそれをジョッシュへ差し出した。ジョッシュは恭しくそれを受け取り、唇に挟む。  男がソファから立ち上がり、自らガスライターの火を点けてジョッシュのくわえる葉巻の先端を炙った。  男は直立不動のジョッシュの肩を片手で抱き、ライターを持った手をじわじわとジョッシュの顔の方へ近づけてゆく。 「なぁ、ジョッシュ。俺はおまえを弟のように思ってる。だが、このまま不問にするわけにもいかねぇ。わかるだろ?」  ライターの火が、外側のラッパーを焦がしてゆく。本来、断面を均等に炙らなければならない葉巻だが、ジョッシュは体を硬くしたまま、それを手で持つこともできずに、焦げてゆく葉と、近づいて来る火を息を止めて凝視していた。  男がライターを持つ手を大きく動かし、一瞬、葉巻をくわえたジョッシュの唇が炙られた。  ジョッシュはビクっと体を揺らしたが、逃げることはせず、不動の姿勢を貫いた。  男が満足げに笑って、ジョッシュから火を遠ざけ、ついでのような仕草で葉巻を取り上げると、そのまま床に捨てた。 「従順なおまえは、嫌いじゃないぜ、兄弟(ミオ・フラテッロ)。このガキは『仕置き部屋』の担当にしろ。『試供品』としてパーティーで使う。ジョッシュ、おまえが責任を持って躾けるんだ。いいな」  男の言葉に、ジョッシュが頭を下げた。  ケイは、大人たちの間で交わされた言葉の意味がわからず、結局自分の処遇がどうなったのかも把握していなかった。  顎髭の男がケイを見下ろして、 「おまえはもう『商品』じゃない。俺たちファミリーの奴隷だ」  と宣告した。  ケイはその意味がよくわからなかったので、いつものように、にこりと笑ってみせた。  男が妙なものを飲み込んだような顔になり、チラとジョッシュへ視線をやると、 「こいつはオツムが弱いのか?」  と真顔で尋ねた。  呆れられたのだとわかったが、ケイは笑みを浮かべ続けた。  笑え、笑えと自分に言い聞かせる。  笑ってさえいれば。  最悪なことには、ならないだろう……。  ケイはそれから、服を脱がされ、首輪を嵌められた。首輪の先には、じゃらりとした鎖がついている。  そして、全裸のままで鎖を引っ張られ、白い部屋から出され、廊下の一番奥にある『仕置き部屋』へと連れて行かれた。  廊下には誰もいなかったので、全裸のみっともない姿を他の子どもに目撃されることもなく、そのことにケイは少し安堵した。  初めて入る『仕置き部屋』は、そのドアが開かれるときは恐々としたケイだったが、部屋の内部はごくふつうの寝室になっており、ケイは詰めていた息をほっと吐き出した。  鎖の端は、ベッドの足にくくりつけられた。 「いいか。その首輪は俺がいいと言ったときにしかはずせない。おまえは今日からこの部屋で生活する。食事はここで摂れ。風呂は適宜入れてやる。そこにベルがあるのが見えるな?」  そこ、と示されたベッドのサイドテーブルの上に、クラシカルな呼び鈴が置いてあった。 「排泄がしたくなったら、そのベルを鳴らせ。おまえのすべては、俺が管理する。いいな」  ジョッシュの言葉に、ケイは戸惑い、ベルとジョッシュを忙しなく見比べた。 「か、管理……?」 「そうだ。聞いていただろう。おまえは奴隷だ。おまえはここで、『試供品』として使えるように俺が躾ける。ファミリーの役に立つよう、心がけろ」  ケイは曖昧に頷いた。  すると男の手が伸びてきて、ケイの肩を突き飛ばし、ベッドに仰向けに寝かせられた。  じゃら、と鎖がこすれて音が鳴った。 「おまえが妙に色気のある顔をするから、サド侯爵にバレたんだよ。くそっ。おまえのせいで俺の地位が危ないんだ。せいぜいパーティーで役に立って、俺の名誉を回復させてくれ」  言いながら、ジョッシュが右手でケイの胸の小さな粒をつまみ、思いきり引っ張ってきた。 「痛いっ」  思わず悲鳴を上げて、ケイが暴れた。  男が唇の端に不穏な笑みを浮かべてケイを見下ろした。 「痛みも苦しみも、どんな刺激も快楽として感じる、そんな人形に仕上げてやるよ。いいな。俺の役に立つ人形になれ」  つねりあげた乳首を、今度は指の腹でやさしく撫でて、男が囁いた。  ケイは男の命令に、条件反射のように笑みを浮かべた。  大人の命令には従う。『揺り籠』でそう教育を受けてきたケイは、このときも、従順に頷いた。 「はい。頑張ります」  ジョッシュがケイの目元のホクロを、べろりと舐めた。 「おまえを抱く大人は、皆おまえのご主人様だ。いいな」 「はい、ご主人様」 「いい子だ」  ジョッシュが口にした「いい子」という言葉は、ケイに浮き足立つような喜びを与えた。  いい子。ケイは、いい子だ。  いい子になれば、素敵な家族が迎えに来てくれて、幸せになれる……。  幸せに、なれるのだ。  ケイはいい子になる。  いい子に、なる……。  ケイはこの日、幼い体を無理やり開かれた。  いい子になる、と自分に言い聞かせたケイだったが、痛みと恐怖に途中で我を忘れ、暴れた。  ジョッシュが体を動かすたび、ケイが抵抗するたびに、首の鎖がじゃらじゃらと鳴り、その音が耳の奥にこびりついて、離れなくなった。  涙は途中で枯れた。  すべてが終わったとき、ケイの口元にはいつもの笑みが浮かんでいた。  ケイの頬の筋肉は、笑みの形で固定されてしまったかのようになっていた。         
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