偕老堂書店の山田さん

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 いきなり告白、いや、せめて話しかけよう。やっぱり告白しようかな。ああ、迷ってしまう。僕は情けないくらい優柔不断なのだ。  もし山田さんへの告白が成功したらどうしよう。まずはデートに誘って水族館にでも一緒に行こうか。きっと僕は魚なんてみないで山田さんの顔ばかり見ているような気がする。そして一緒に食事をしたり、映画を観たり、パフェを食べたり、いろいろな話をしたりして仲良くなっていこう。なんて素敵なんだ。  まだ告白もしていないし、告白しても断られるかもしれないというのに僕はなにを先走って想像しているのだろう。自分でも顔が火照っているのがわかる。冷静にならなければならない。  僕はご想像の通りけっしてモテる男ではない。これまで誰とも付き合ったこともなければ、告白をしたこともない。だからフラれた経験もない。簡単に言ってしまえば臆病なのだ。友だちからは醜男でもないし陰気でもないのだから選り好みさえしなければ恋人くらいすぐにできるだろう、と言われたことはある。選り好みさえ、と言われても僕は選り好みなんてしているつもりはないし、ただ単に好きになった人に出会わなかっただけのつもりでいた。いいな、と思う人はいても付き合いたいとまで思うような人はこれまでなかなか現れなかっただけだ。  山田さんとの出会いは奇跡としか言いようがなかった。大げさかもしれないけど、僕は奇跡だって信じている。奇跡だからこそ、こんな僕にだって山田さんのハートを射止める可能性があるような気がするのだ。  とりあえずなにか本を買おう。レジに持っていったときに話しかければいい。まずは話しかけなければ何もはじまらない。 「こんにちは。よい天気ですね」  こんなことを言ったって仕方がない。 「はい、そうですね」 と、返されてそれで話は終わってしまう。それじゃ、なんて話しかければいいのか。 「彼氏はいますか」 なんていきなり聞けるわけがないし、「付き合ってください」というのも無謀すぎる。  僕はあさく呼吸を整えながら、話しかける前にまずは店内の様子を把握しようと思った。山田さんに話しかけるにしても客の誰かに聞かれるかもしれない。山田さんの迷惑になってもいけないので、慎重に行動するためには欠かせないことだ。それに聞かれでもしたら恥ずかしいではないか。そんなことになったら顔から火が噴き出してしまう。
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