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「御臨終です」
瀬戸内海に有る島の、一番大きな家の奥の部屋で医者が集まって居る家族へと向けて伝える。
その家族の面々はかなり高齢な者が多いが、今死を告げられた兄弟ではなく子供達。
宣告を受けたのは、百六歳になるこの家の当主篠崎優一郎。
この家は歴史も有り、当主は十代目でも有った。
「しかし、突然で参ったな……通夜や葬式の日取りはどうする? それと身内への連絡はお前達で頼むぞ」
まだ朝早い時間で、白々と明けているお日様が渡る静かな廊下に本家の者達が出て歩く。
優一郎の長男章一は困った様子で頭を抱えながら言う。その表情に故人を悲しむ姿はない。
「はい。わかりました」
最後尾にはその章一の妻の幸子付いて行く。
幸子は当然の事の様に慌てることも無く落ち着いて答える。
「章太郎は幸子を手伝いつつワシと日取りを決めるぞ」
「私の仕事多いですね」
章一は自分の長男の章太郎に言うと、直ぐに文句が返って来る。
「仕事を休めばそのくらいは出来るだろう、それとあいつも呼んでおけよ」
「もちろん仕事は私から言わなくても休めますが、あいつとはもしかして……」
「優斗に決まっとるだろうが! あいつは一応長子直系の篠崎家の十三代目なのだからな」
自分の孫の事をあいつ呼ばわりをして章一は語る。名前を呼ばない程中が悪いのか今の章一の顔もかなり渋い。
「しかしお父さんあいつは、この家を飛び出して以来連絡もよこさずに……」
そしてずっと冷静だった章太郎は慌てながらもそんな呼び方をしていた。
「ワシも気は進まないがしょうがなかろう、呼ばなければ世間からなんと言われるか……」
二人とも廊下の途中で立ち止まり黙り込む。
章太郎の長男の優斗とは二人は仲が悪く話もしたくない。
しょうがいないとばかりに時折連絡を取っている幸子が、業を煮やして言い立ち止まってしまっている二人の間を呆れたように追い越して行く。
「連絡先は解っているので私が連絡します。章太郎は自分の姉さんと弟の方を頼みます」
「お母さんすみません」
そんな会話がされている頃、東京の隣の県の夢の国の有る市内の旧市街の、古い小さな一軒家で優斗が起きる。
目覚まし時計が止められているのに気付き驚いた。
もう出掛けなくては会社に間に合わない様な時間になっている。
そして隣でゆっくりと寝ている優斗の妻の茉由奈の顔を見て和まされながらも、肩を持って揺すり。
「マユ! おい寝坊助、目覚まし止めたろ」
「あれっ? ゴメン気付かないうちに……」
まだ目の開かない茉由奈起き上がりながら答えるが、笑いながらこれぽっちも悪い思っている顔では無い。
「勘弁してくれよぉ、遅刻するじゃんか……」
優斗はもう既に慌て顔を洗い、スーツに着替え始めている。
愚痴を言っているが、怒った様子でも無く若干はにかんでさえいる。
「何か体調が悪くて……」
「大丈夫か? 今日は仕事休みだったよな。家の事何にもしなくて良いから病院言って来いよ」
優斗はネクタイを結びながら、茉由奈のじっと顔を見ると心配そうな表情を作る。
「いやこれくらいなら平気だよ!」
「ダメ! 命令!」
茉由奈は元気そうにガッツポーズをしたが優斗は、即答し全く聞かなかった。
「ユウちゃんは直ぐ病院行けっていうんだから」
「……何か有ってからじゃ遅いだろ。じゃ行って来るよ」
優斗は一瞬何か考えてから答え玄関に向かう。
「ユウちゃん忘れ物!」
茉由奈が棚の写真と花瓶の前の、高級ペアウォッチの片方を持って追い掛ける。
写真は二人の結婚式と一周年を記念に撮ったもので花束もその時優斗が買って来た物でごく最近らしくまだ枯れる事無く咲いている。
しかし写真は結婚式でさえ二人だけだった
「悪い本当だ。忘れる所だった」
優斗はその身分不相応な腕時計を付けて出掛けて行った。
茉由奈は優斗が安い自転車で駅まで全力で掛けて行くのを見えなくなるまで見送ると、部屋に入り自分のおデコに手を当て熱を診る。
結構自分の平熱よりは高いような気がする。
「う~ん、これは確かに病院行っとこうか……」
お昼前だと混むから開く時間に着く様に出ておこうと準備を始める。
朝から近所の内科に行って医者に「おめでとうございます」と言われて茉由奈が自宅に帰ると電話がなって居るので、走り出そうと思ったが、一度足を止め歩いて行き出る。
「はい。篠崎です」
十分程話し電話を切ると、茉由奈は一瞬呆然と考えて信じられないという表情を作り、自分の左腕に付けている優斗とお揃いのペアウォッチを見て直ぐに携帯を取り出し電話を掛け始める。
『もし? マユ? なにこれから先輩と営業に出掛けるから急いでるんだけど』
『ユウちゃん帰って来て』
この時には既に茉由奈は少々泣き声交じりだった。
『どうかしたのか? 大丈夫か?』
その声に優斗が何か有ったのかと思い慌て聞く。
『今ユウちゃんの実家からおおおじいちゃんが亡くなったって電話があったの』
『え? 嘘だー。だってこの前だよ。時計送ってくれて電話で話したの。元気そうだったじゃん』
二人の付けている腕時計は、優一朗から結婚時祝えなかったので一周年を記念して送られたものだった。
そしてその時二人が電話で話した優一朗は歳をごまかしているんじゃ無いかと思えるほど元気で、日課の散歩も一人で毎日欠かしていないとも聞いていた。
『嘘じゃない。おばあちゃんが急な事だけど、今朝起きて来なくてお医者さん読んだらもう亡くなってたって』
『……ガタン』
携帯から強烈な衝撃音がして茉由奈は驚き耳から一度放す。
『ユウちゃん! 大丈夫?』
『ゴメン手が滑って携帯落としちゃった……うん。解った。社長に言って帰らせれもらうよ』
『本当に大丈夫?』
『うん平気だよ……』
優斗の声は先程までの様子とは違い落ち込み、全く平気そうではない。
『じゃあ用意して待ってるから』
『体調悪いんだろ休んでても良いよ』
『私は大丈夫だから……』
茉由奈が即答するので優斗は時間も惜しいので、その言葉に甘える。
『じゃ……お願い』
一時間後通勤時間も同じ位掛かるのに優斗は、急いで帰って来た。
茉由奈はキャリーバック一つと喪服を二つ用意して、自分もよそ行きを着て腕時計を付け待って居た。
「体調大丈夫か? 何だったら居ても良いんだぞ。実家はあれだし……」
優斗は父親達の事を考えて最後までは言わなかった。
「病院行ったし! 大丈夫! 病気じゃなかった! ユウちゃんのおおおじいちゃんに会いたいから」
茉由奈は拳を握り、元気さを強調する。
その姿と言葉で優斗は安堵と感謝に包まれる。
「そうか……ありがとう」
二人はそれだけ言葉をかわして足速に出掛ける。
予約もしていないので飛行機は諦め、新幹線で尾道まで行き駅からは茉由奈の体調を気付かい、贅沢にタクシーで橋を渡る事にした。
優斗は移動中言葉数が少なく、もちろん眠る事も無く何かを考えてるかの様に前の席を睨み続けていた。
一方の茉由奈は都会育ちで旅行も余り行かなかったので、段々と田舎になって行く景色を楽しそうにも優一朗の事を考えると切なくもなりながら眺める。
一見全く会話も無く喧嘩でもしているようにも見える二人だったが、終始優斗は強く茉由奈の手を握っていた。
昼前に出たが優斗の実家に着いたのは夕方になっていた。
優斗は高校を中退して飛び出してきり八年振り、茉由奈もちろんはじめて来る家だった。
その家は門から見ても奥の方が見えない程広い平屋建てだった。
「話には聞いてたけど、広い家だね……」
茉由奈が夕日に照らされて瓦が輝く外観だけを見て驚き言う。
「中は合宿所かと思うかもよ……めちゃ古いし」
「ユウちゃん本当にお坊ちゃんだったんだね」
「昔はね……今は勘当同然だから入らせてくれないかも」
優斗の事を見直している茉由奈を反対するような事を門の前で話していると、後ろから数人が近付いて来た一人が声を掛けてきた。
「あれ? 優斗? 久し振りじゃないか!」
その声のした方からは若干メタボ気味な見た目もおじさんな人物が近づく。
「陽次朗おじさん? ……歳取ったね」
優斗の父章太郎の弟陽次朗だった。
「うるさいわ! お前も十分おっさん化してきとるやないか」
陽次郎は優斗の頭を掴み言葉とは逆に、嬉しそうな表情。
「流石に出て行った本家の跡取りさんも葬式には来るんやねぇ」
陽次朗の後ろに居た父章太郎の姉博子が言う、それはどう考えても嫌味だった。
「……博子おばさんもお久し振りです」
そんな言葉に対して優斗は若干気分は良くないが戦争回避の為に柔らかな言葉を帰していた。
「まあ姉さんも優斗も落ち着いて……でそちらのお嬢さんは? 彼女?」
陽次朗がとっさに危険を察知して、落ち着いている優斗も制して後ろの方で戸惑って居る茉由奈の事を聞いてきた。
「嫁です。もう結婚して一年になります」
優斗は茉由奈を隣へと手だけで呼び紹介する。
「ん? 聞いてなかったなぁ、おめでとう!」
「何故知らせて来なかったのかしらね?」
二人はそれぞれ全く逆の事を述べる。
「さあ? 一応うちの者には伝えたんですけどね。茉由奈こちら俺の父親の弟の陽次朗さんと姉の博子さんとその二女の彩華さん」
博子の後ろには娘の優斗からは、いとこになる彩華が黙っていた。
「はじめて、茉由奈と申します」
「一人ずつ挨拶してたら疲れるぞ。これからもっと増えてゆくんだから」
茉由奈が丁寧に挨拶すると、優斗は軽く蚊を払うように手を振りながら言った。
「そんなゴキブリみたいに言うなよ。確かに次々親族集まって三十人以上になるからまとめて挨拶しないと本当に疲れるよ。茉由奈ちゃん。よろしくね」
陽次郎は楽しそうに、優斗に八年会ってなかっと思わせないような話し方で、気楽に言い茉由奈にもにこやかに挨拶を交わす。
「こんな所で話してもなんだから、主屋に行きましょ」
一方の博子が挨拶も無しに茉由奈の横を通り過ぎる。博子からはは冷たそうな視線しか茉由奈に返してない。
「気が進まないなぁ」
優斗がこれから起きる事柄を予想すると、胃の辺りに痛みを覚え押さえる。
「あんたの家でしょ」
スタスタと歩いて近づいた彩華が隣で隣で停まると冷たくボソリと言い、優斗の通り過ぎる。どう考えても優斗の事を良く思っている様には思えない。
「気にするな。じいさんの為に来たんだろ」
そんな二人とは対照的ににこやかな顔をしている陽次郎が優斗の両肩を掴み押して行く。
「そうだなぁ。しょうがないか……おじさんでも何してたん? おじさん今治で、おばさん尾道やろ反対方向やんか。一緒に来たにしては、おかしくない?」
がっくりと肩を落としながらも優斗はため息を付き渋々歩みを進める。
「だから三十人も来たら、隣にも泊まらないかんから簡単に掃除して風通して来たんよ」
隣の家も篠崎家の物で客や親戚が泊まる時に使ってる。
「そうなんや」
優斗は普段はもう全く使うことの無くなっているふ方言をふいに言う。
三人は既に博子達に置いて行かれ、夕日の中の門からも結構な距離の有る玄関へと向って行く。
「あのー三十人以上も本当に集まるんですか?」
二人の会話を聞いて気になっていた事を茉由奈が歩きながら陽次郎に聞く。
「来るんじゃないかな? 流石に百六歳だと親族だけでそんなになるから。ちなみに通夜葬式合わせたら何百人になるんか、解らんな」
「まだ敵は増えるのか……おじさん助けてよ……」
「親族だけで三十人かぁー」
優斗の悲痛な言葉を無視して、茉由奈が驚きの声を上げる。
「マユ勘違いしてると思うから言っておくけど、一応みんなじいちゃんの子、孫、曽孫、玄孫、とその配偶者だけの人数だからな」
「えぇ! そうなの」
「まあ、それ以上は流石に家に入らんからなぁ。でも不思議な事でも無いんじゃない? 歳がアレだからだけど普通の所でも、十何人にはなるんじゃない?」
優斗の説明に驚く茉由奈に陽次朗が聞く。
「私の所は親戚が少なくて……」
茉由奈は顔を伏せる、その行動は辛そうにも見える。
そう言って居る内に、玄関に到着する。
玄関には博子から聞いてきたのか幸子が座って待っていた。
「優斗久しぶりね。そちらが茉由奈さん?」
「うん。ばあちゃん久し振り。おおじいちゃんは奥の部屋?」
「こんばんは、どうぞよろしくお願いします」
優斗は軽く言うと普段から帰っているかのように気を使う事もなく家に上がる。しかし茉由奈の方は深くお辞儀をしていた。
「そうよ。顔見に行く? 茉由奈ちゃん、こちらこそよろしく」
優斗は返事も言わずに二人が挨拶しているのもほっといて、家の中を行き茉由奈と幸子がついて行く。
陽次朗はもう次の用事が有るのか別の部屋に行っていた。
流石に自分の実家なのでかってを知る優斗は廊下を進み、奥の部屋の襖を開けると、そこには優一郎が布を顔に掛けられ寝ていた。
優斗がその傍らまで言葉もなく歩み寄ると布を取ると、そこにはいつもと変わらない静かで優しい優一郎の顔だった。
「おおじいちゃん……」
優斗はそれだけ言うと後は言葉が出ず、ただ顔を見つめて泣いていた。
茉由奈は知り合ってからの六年で、数回しか無い優斗の泣く姿を見て驚いている。
部屋の中に優斗の小さな泣き声だけが響く。
「優斗とお父様は、仲が良かったからねぇ」
暫く黙って優斗の泣き声だけが響く部屋で幸子が茉由奈に小さな声で話しかける。
「そうですね。手紙も電話も良く下さって私にもいつも優しい声で話してくれて……」
茉由奈も少しのみだが優一郎との思い出を話している間に、涙が浮かんできた。
そんな二人を見て幸子が席を外そうと襖を開けると、優斗の父の章太郎が入ってくる所だった。
「何だ、男の癖にメソメソして」
開口一番章太郎の攻撃。
「はじめまして、茉由奈と申します。御挨拶が遅くなりまして、申し訳ありません」
茉由奈が一応聞いていた人物像で優斗の父親と判別した章太郎の方に向き直り、深く頭を下げる。
章太郎はそれを無視して茉由奈を通り過ぎ優斗に近付く。
「あんたは挨拶してる相手を、無視するのか?」
そんな章太郎行動に優斗が一瞬で腹を立て相手を見もせずに言う。章太郎は、優斗の真横に腕を組んで見下ろす。
「知らない人間に挨拶する程、暇じゃない」
章太郎の言葉を聞き、優斗は急に立ち上がり睨みつける。そして視線を茉由奈の方に向き直すが、表情は直ぐには変わらない。
「マユ、こんな奴ほっといて良いよ」
怒った優斗が茉由奈の手を引き、部屋を出て行こうとする。しかし茉由奈は部屋を出る際もう一度章太郎に頭を下げてから、優斗について行く。
「ごめんなさいね。二人共頑固で……」
そして幸子がすれ違いざまに茉由奈に謝る。
優斗はそのまま廊下を歩き、一つの部屋に向かう。そこはここに住んでいた頃の優斗の部屋としていた所。とはいえ高校が寮だったので中学までの話だ。
「変わってないなぁ」
さっきまで怒っていた優斗は自分で気分を直すように部屋を見回し言った。その部屋は殺風景だが学習机にオーディオが置かれ、その反対側には本棚が置かれていた。その光景は昔と何一つ全く変わっていなかった。
優斗が椅子に座り、茉由奈が部屋を見ている。
「じいさんが何も動すなって言ってたらしいよ」
陽次朗が自分の妻の好美を連れて部屋に来た。
「好美おばさん元気?」
その懐かしい姿に優斗が先程の怖い顔から一転笑顔で言う。
「ユウ君程じゃ無いけど元気よ! この子が茉由奈ちゃん? うーん、こんなんで本当にいいの? 後悔してない?」
「えっ? はい。もちろん」
どこまでも明るい、好美の言葉に茉由奈は若干戸惑う。
「わお! 良い子じゃないか! ユウ君どこで見つけたの?」
好美は茉由奈の抱き付きながら聞く。
「ある日、河に拾ってくださいって紙と一緒に段ボールに入って流れて来た……」
そんな昔と全く一緒な好美に優斗は呆れたように冗談で答える。
「そうかい、なんでも良いよ!」
陽次朗と好美の所には子供が居ないので、優斗を自分の子の様に接していて、茉由奈の事も気に入ったようだった。
「優斗ゴメンよ。二人きりでゆっくりしてたろうに、うるさいの連れて来ちゃって……」
申し訳無さそうに陽次郎は語っていた。確かに好美はうるさいが優斗はそんな事は気にしていない。
「おじさん達が逃げて来たって事は、居間の方は大変なの?」
「うーん。ピリッとして今にも爆発しそう……今頃文句ばっかり言ってんじゃないかな?」
陽次朗と優斗の会話に好美が近付いて、
「あんたが原因でしょ! 何とかして来なさい」
ビシッと優斗の鼻先に指をさして言う。
「知らねえよ」
優斗は指から視線を外しながら、面白くなさそうな顔になる。
「全くもう、何の為に帰えって来たのよ」
好美は腕を組みため息交じりに言う。
「おおじいちゃんの為に決まってんじゃん。それ以外、こんな家俺に関係ないよ」
「全くもう親子三代頑固な所が良く似てるんだから……」
好美の素直で本当の言葉に、本人も解っている優斗があからさまに嫌そうな顔になる。
しばしの無言の空間が訪れる。
篠崎家は高台に位置しているので窓の外、庭の向こうは瀬戸内海の島々が望めていた。今はそんな海が夕日に照らされて赤く閃いていた。
「皆さん夕食ですよ」
幸子が四人を呼びに来た。
「さあ総攻撃の時間かな?」
好美が面白そうに言い、皆は居間の方へと移動する。
居間には主に年寄りで優斗達と同じくらいの歳の者は少ない、そして実に静かだった。
「それじゃあ新しい家族も増えたから、紹介からね! こちらは優斗の奥さんの茉由奈ちゃん! 良い子だよ!」
何故か好美が代表して、立ち上がり楽しそうに紹介を始める。
「宜しくお願いします」
茉由奈が一年遅れの挨拶をする。
「では……まず優一郎さんの長男章一さんと奥さんの幸子さん、長女文子さん、二男賢治さんと奥さんの香奈恵さん、亡くなった三男幸三さんの奥さんの美洋子さん」
まずは優一郎の子供達から紹介。
「そして章一さん所の長女博子さんと旦那さんの越知通彦さん、その長女の弓華ちゃんと旦那さんの隅田浩成君と次女の彩華ちゃんで、長男章一さんで優斗のお父さんね、で三男陽次朗と良妻の好美!」
自分の事を褒めつつ章一の子供達を紹介。
「文子さんの所の、長男信康さんと奥さんの由佳さんでその子供達は明日の登場予定だからその時ね」
文子の子供達を言ったが、もう亡くなっている物と今居ない者は言わなかった。
「賢治さんの所の長女志織さんと婿養子の太一さんその長男の啓伍君と奥さんの実咲ちゃんその長女の野愛ちゃんと長男の礼央くん」
賢治の子供達を言ってこれまでも頭を下げたり手を降る者は居たがはじめて小さな子が出て来て、野愛と礼央が一生懸命手を上げた。
「美洋子さんの所の二男公洋君と奥さんの千歳ちゃんその長男基紀君と長女の美結ちゃんと二女の亜結ちゃんと三女の咲結ちゃん取り敢えずこれでみんなかな?」
総勢三十一人の紹介が終わった。その全員が続き間にされた所にテーブルを並べて囲んで座っていた。かなり迫力の有る眺め。
「茉由奈ちゃん解った? まだ少し増えるけど……」
好美が一仕事終わったとばかりに座ると、陽次朗が固まってる茉由奈に言った。
「何とか顔と名前だけは……関係まではちょっと難しいです」
呆然としながらも茉由奈はコクリと頷いて答えていた。
「後であなたが、簡単な家系図書いてあげれば」
好美が陽次朗に注文する。
「全員は覚えなくても良いよ。下手したらもう来ないかも知れないから」
優斗が一言付け加えると周りから睨みつける視線が来る。
「まあご飯にしましょう」
幸子がその殺気にも似た気配を察知して言った。
「いただきます!」
皆が一斉に言い食べ始める。
食卓には刺身や煮物やフライやその他沢山有り、年寄りも子供達も好き嫌い無く食べれるようになっていた。
優斗は箸も持たずに、ビールを注ぎ一気に飲み干すどう見ても機嫌が悪そうだった。しかしそんな事にはお構いなしに野愛と礼央が楽しそうに走って来る。
「おっちゃん誰ー?」
四歳の野愛が生まれる前に出て行って知るはずの無い優斗に向かって聞いて来る。良く見ると啓伍が笑顔でその様子を見てる。
「おっちゃんはないやろ。パパより歳下なんぞ!」
優斗は笑顔になり、野愛を左膝の上に座らせて言う。礼央が羨ましそうに見て居たので、茉由奈が手を差し出してみるとチョコンと膝の上に座る。
「じゃあなんてゆうの?」
「うーんユウ君で良いよ。野愛ちゃん何食べる?」
「おさしみー!」
「お魚が良いの? とんかつも有るよ~?」
優斗はさっきまでの怖い顔が嘘のように野愛と楽しく食事をはじめる、茉由奈も礼央に何が言いか聞いて食べさせて行く。
章一や章太郎と優斗の席は長い座卓の端同士なので、ケンカにはならないがあちらは空気が重い。
野愛と礼央が食べ終わった頃、啓伍と実咲がビールを持って来た。
「優斗悪いなぁ。子供達の面倒見させちゃって。茉由奈ちゃんも、ありがとうね」
「啓伍兄が何か言って、コッチに来らせたの見てたし……」
そんな事を確認していた優斗だったがちゃんとその作戦には答えていた。
「バレてたか……久々だから先行部隊送ってみたんよ」
おどけた顔で啓吾は後ろに座り優斗もそちらの方を向く。
「久し振り啓伍兄! 実咲さんはじめまして! 結婚してたとは聞いてたけど、美人だし子供二人とはね……」
啓吾が結婚したのは、優斗が飛び出してからだった。
子供達は母親の実咲所へ行き、優斗と啓伍は互いにビールを注ぎ合って飲む。
「八年以上だとそうなるだろ。お前もビールとか飲むようになってるし、知らない間に結婚もしてるし……はとことして知らせもないのは悲しいぞ」
啓吾はわざとらしい泣き真似をしながら語る。
「はとこって結構遠い親戚だよ……普通の家庭なら知らないのは、普通とも言えるよ」
その姿に優斗は少し呆れる。
「茉由奈ちゃんはビール飲まないの?」
実咲が気を使って、男二人のビール瓶を取り上げて茉由奈へと言う。
「私は大丈夫です」
軽く手を振って茉由奈はそれを断っていた。
「飲めないの?」
「実咲さんマユは俺よりも強いです。気にしないで良いよ。飲めば?」
普段は優斗よりも酒が好きで倍ほど飲む。そんな風なのに茉由奈は断り優斗も勧めるが拒否した。
「じゃあ、あっち行ってデザートでも食べましょう。お互いの旦那の愚痴を言いながら」
ならばとばかりに、実咲が違うものを進める。
「そう言う事なら私も行くよん!」
デザートに釣られたのか、愚痴の方かは分からないが、好美が声を上げる。
実咲に連れられ、野愛と礼央と茉由奈と好美まで付いて幸子が持って来た果物の有る方へ移動する。
「優斗さんちょっといらっしゃい。話が有ります」
茉由奈達がデザートの方へと和気藹々と移動すると、その時を待っていたかの様に食卓の反対側から声が掛かる。声の主は文子で章一達は既に夕食をさっさと終えて、優斗達が楽しそうにしているのが気に食わないのかもう別の部屋に移動している。
優斗は正直無視したい気持ちだったが、流石にそんな事をすればどうなるかは大体検討は付くので、深いため息と共に立ち上がる。
「優斗大丈夫か? 落ち着いて話せよ……」
若干焦りながら啓吾が昔の優斗が章太郎を殴った事を思い出し、心配して声を掛けた。
「啓吾兄、あの時程子供じゃないよ」
今は酔ってはいるが冷静そうな顔をした優斗が歩いて行くと、残っている人間の視線が集中しているのが解る。
「優斗さんお久し振りね。聞こえない振りをして来ないかと思ったけど意外と素直ね」
嫌味たっぷりに文子がお茶を一口啜り落ち着いた口調で言った。
「そうですね。聞こえなければ良かったんですけどね。話とは何でしょうか?」
文子の向かいに座ってビールを注ぎながら優斗が、まるで怒らせるかのようだった。
「優斗それは、失礼なんじゃないのちゃんと挨拶くらいしなさい!」
「まあ志織も落ち着いて」
「こんな言われようで落ち着いてられません。大体呼ばれたら妻も連れて挨拶するのが当然じゃない?」
しかし怒ったのは文子ではなく優斗が座った所の横に居た志織で、机を強く叩いきそれを太一が落ち着かせようとするが効果は無い。その声はかなりの音量だったので、茉由奈の所まで届き優斗が見ると、近寄って来るので手を出して止めようとするが聞かずに隣に座る。優斗は正直来ないでくれた方が有難いと思ったが、茉由奈も助けようと来たのだった。
「文子さん、志織さん、太一さん、皆さん私が気が利かないばかりに申し訳有りません」
三人と周りの者に向けて、茉由奈が四度深々と頭を下げる。
「マユが謝る事は何にもしていないだろう」
優斗はどこまでも気分が悪そうに言う。
「良いの。ユウちゃん。志織さんが言ってるのも間違ってないんだから」
優斗はその姿を見て悔しくなり、茉由奈の肩を持ち頭を上げさせる。しかし茉由奈は優斗の顔をしっかりと見て、志織の言う事を肯定した。
「ちょっと待ちなさいよ、あなた……自分の夫の事をちゃん付けで呼んでるの? どういう教育を受けて来たの!」
素直に頭を下げられたのが癇に障ったので、志織は激怒した表情で更に机を何度も叩く。
夫である太一も婿養子という事も有り、こうなってしまうと止めるすべも無い。
そう言われた茉由奈は何かを考えてうつむく。
「志織おばさん俺の事はどう言ってけなしてくれても構わないけど、マユの事を言うなら許さないよ。何よりそう呼ばせているのは俺自身だ! あなたに言われる様な事では無い」
ビールを飲み干し強く机に置き、優斗が志織の方を鋭く睨む。
「優斗! 私は茉由奈さんの親のしつけの事を言ってるの。篠崎家の嫁がちゃんとして居ないと、ご近所さんになんて言われるか解っているの?」
志織は優斗の迫力に少し落ち着き口調は言い争いから、説教調になったが嫌味は変わっていない。
「近所からどう思われ様とほっとけば良いさ! それよりマユはちゃんと失礼の無い様にこっちが来なくても良いと言ったのに皆に頭を下げたじゃないか! 俺なんかよりしっかりとしつけられているんだよ!」
茉由奈の親の事を言われて、本人は更に顔を伏せ優斗の方が更に怒りを表情にも出す。
「志織お待ちなさい! あなたも言葉が過ぎます。優斗、茉由奈さん悪かったわね、母親の私から謝るわごめんなさい。でも二人共ちょっと落ち着きなさい」
文子の隣でずっと聞いていただけの香奈恵が優しくも、しっかりと言い二人は言葉も無くなる。
「まあ何よりも優斗さん意地を張ってないで、ちゃんと章一郎達に謝ってお許しを貰いなさい。私達も何も好きであなたに小言を行ってるんじゃないのだから……」
志織の言う事に何も文句も無く黙っていた文子が解決案を出すが、それは優斗が一方的に悪いと言わんばかりだった。
「文子おばあさん謝って貰いたいのはこちらの方ですから……お話がそれだけなら失礼します」
優斗は文子達の返答も聞かずに、茉由奈の手を引き元の席へと戻って行く。
それを見て志織は何かを言いたそうだったが、言葉が出る前に二人は去っていた。
戸惑っていた茉由奈は好美に呼ばれて戻り、優斗は自分の席に座り又ビールを飲む。すると茉由奈のいた所に啓伍が座り、好美のいた所に陽次朗が移動しようとすると賢治が来て座り込む。既に出来上がっていて啓伍越しに優斗を睨む。
「賢治じいちゃんどしたん?」
「優斗ー。やっと帰って来たのかぁ」
『はじまった』
三人が同時に思った。
賢治は啓伍の肩にすがり泣いている。
「ウザい! じいちゃんは昔っから泣き上戸なんだからあんまり飲むなよ!」
啓吾は自分の肩を揺すり賢治を払う。
「啓伍そんな事を言うなよー。優斗が帰って来て嬉しいんだから……」
賢治は寂しそうにビールを飲み干す。
「賢治じいちゃん変わんないねぇ」
孫に怒られて居る賢治を懐かしそうに優斗がビールを注ぐ。
「陽次朗もそう思うだろ」
啓伍に怒られ今度は陽次朗にすがり、賢治は泣いていた。
そんなこんなで何とか優斗と章太郎の全面戦争を回避した居間では、片付けが始まり茉由奈が手伝うと言ったが幸子に手は足りてるからと言って止められ好美に連れて行かれた。
優斗も人数が少なくなり、敵の顔が良く見えるようになったので部屋に戻ろうとすると、
「奴らも連れてってくれ。優斗が来るって喜んでたんだぞ」
公洋が背中を叩き、指を指しながら言う。そう言われた優斗は公洋の子供達が座ってる方に向かう。
「おいで! 美結と亜結も。咲結は……付いて来れないか」
嬉しそうに優斗は黙って本を読んでいる基紀の所に行き、ヘッドロックをして連れて行く。
「なに……なに……なに……?」
急なことに驚いた基紀は手足をバタバタさせながら意味が解らず呟いていた。
「まあ良いからこっち来いって」
「優斗兄ーゴメンナサイ!」
基紀は意味が解らず謝って居たが優斗は聞かずに連れて行く、そんな兄の様子を見て美結と亜結も心配そうに付いて行く。
優斗が基紀を連れて廊下を歩いて行くと、途中玄関の前を通ると急に扉が開き四人が少し驚き足を止める。
「こんばんはー西森商店でーす。おばさーん配達に来ましたよ……って優斗か?」
田舎では良く有る、当然の様にノックもチャイムも鳴らさずにビールを持って西森が家に入って来る。
「何だ毅か……酒ならその辺に置いといてくれ……じゃあな……」
「ちょい待て! 中学時代の親友で最強バッテリーの西森毅様だぞ! 覚えてないのか?」
西森は始め少し怒った様に見え、優斗の足を挟むかと思える勢いでにビールの箱を置く。
「今、俺も名前言ったやんか。忘れてないって冗談だって。当時は中の上くらいの腕でプロに行くって言ってたのに結局は実家継いだのか」
優斗はわざと知らんぷりをして、おちょくって楽しそうに答える。
「まあそれはその……一応独立リーグに少し所属してたんだけど……それよりお前何してんだよ」
痛い所を言われた西森は話を変える。
「知ってるだろ。おおじいちゃんが死んだから他の奴だったらともかく恩が有るから帰って来たんだよ」
当然の事とばかりに優斗は西森を馬鹿にする。
「そういう事では無くて首……結構しっかり締まってるみたいだけど大丈夫か?」
西森が話を止めるが優斗は勘違いの後自分の腕の所を見ると、さっきまで冗談だった基紀の首はきっちり締まっていた。
「優斗兄本当に殺すきなの?」
基紀が首に手を当てながら答える。
「ごめん基紀、でも俺がわるいんじゃない! 毅が悪いんだよ。だから死んで化けてもこいつの所に出てくれよ」
「運良くまだ死んで無いから……」
もちろん基紀は生きている。優斗は手を合わせ謝ってるいるが、それも冗談を交えてるので基紀は、本当に信用して良いものかと思い横目で睨む。
「おっこいつが篠崎基紀か……優斗知ってるか、今治では中学野球の中では結構有名なんだぞしかもお前に良く似てるぞ!」
西森が基紀を知っている様で、捕まえ肩を組み優斗の方に向かって言う。
「毅。変な所詳しいな……そうか基紀も野球してるのか、そのうちキャッチボールでもしようか俺が直々に教えて進ぜよう!」
優斗は偉そうに腕を組む。
「元々は優斗兄が俺に野球教えたんじゃないか……覚えてないの?」
「そういえばそんな事も遥か昔に有った様な……」
優斗が出て行く前の事を思い出してみると、まだ小さい頃の基紀とが遊ぶと言えばいつも野球だった。
「よしっ! 今から暇か? ちょっと隣の島の高校まで行ってみよう!」
「確かにそれくらいの時間は有るが……そんな所そう簡単には入れてくれないだろうが」
「そこは大丈夫だ! 俺はそこのコーチしているからな! まだ練習中で、この後顔を出す予定なのだ! そこで昔と今の注目中学野球選手が来るって面白いだろうが!」
西森に言われている二人は正直面倒なのでいまいちな顔だったが、何故か隣に居た美結達の目が輝いていた。
「優斗兄? 駄目だ、こいつらも付いて行きたいオーラを放ってるよ……」
優斗が二人の方を見ると、その目の輝きに驚く。
「二人も野球好きなのか?」
「その通り。大好き……チームにも入ってるし、父さんと母さんも賛成してるし咲結にも教えようとしてる」
基紀は片手で頭を抱える。
西森は張り切って何とか全員車に乗れると言って荷物を下ろし始めたので、優斗達はしょうがないので動き易い格好に着替えに行く。
優斗はパジャマ変わりのジャージに、長袖のシャツに、頭にタオルを巻いた、若干くたびれた格好で玄関に戻った。
しかし対する基紀達三人は同じデザインの大手ブランドのジャージを着て、グローブ持参で待ち構えていた。
「どうしてお前らはそんなに服持って来てんだよ!」
自分との格好を見比べて明らかに差が付いて居て、悔しくなり優斗が言った。
「練習の為に決まってんじゃん優斗兄!」
出て行った時にはまだ喋れないくらい小さかった美結が嬉しそうに、基紀の使う呼び方で言う。
「それじゃあみんなで行くか!」
そう呼ばれて何故か嬉しくなった優斗が笑顔になり、西森商店のライトバンで高校の練習場に向う。
「ゆ……優斗兄は野球上手だったの?」
今まで一言も喋って無かった、亜結が照れながら真似て聞く。
「おうよ! 上手かったねぇ。優斗が居た時は島の中学が県大会の強豪に入ってたからな」
優斗では無く西森がまるで自分の事かの様に誇らしそうに答える。
「おじさんと優斗兄のポジションはどこだったの?」
「おじさ……優斗はエースで四番だよ。俺はその相方で打撃力なら負けてなかったんだけどなぁ」
「そうだっけ? 高校の試合見に行った時は、外野だった記憶が有るんだけど……」
基紀におじさん呼ばわりされて落ち込みながらも何とか受け入れてる西森を、優斗はその姿を見て声も出さずに膝を叩きながら笑う。良いだけ笑い終えると、優斗は基紀の方を向く。
「基紀。俺の試合なんか見に来たっけ?」
「うん。美冬おばさんに呼ばれて結構大人数で行ったよ。負けてたけど……」
「そうだ! それは一年の時だよ。でもあの試合も投げたぞしかも俺は点を取られていない」
優斗はさも負けたのは、自分の責任では無いとばかりだった。
「そう言えば優斗は今から行く高校では、裏切り者とされているぞ。なにせ島しょ部の期待の星が学力が良いだけで強くも無い所を選んだんだからな!」
西森はまるで悪役のように、優斗の事を言い脅す。
「そんな言われ方しているのか……やっぱ引き返さないか?」
優斗は気が重くなり今更な提案をする。
「残念ながらもうほとんど着いてしまっているよ。さあ俺もこの高校の卒業生だ! 恨みはこの機会に晴らさせてもらうぞ」
「そんな腹黒い考えを持って連れて来たのか迂闊だった……」
優斗は大げさに悔しがり、車はナイター設備が明るく照らす野球場に着いた。
中に入ると一斉に選手達から元気の良い挨拶の言葉が飛んで来る。その誰もがユニフォームが土に染まり厳しい練習を思わせるが顔には笑みも見える程で以外と楽しそうにも見えた。
「西森君お客さんかね?」
五人はまず礼儀として、監督の元へと行くと向こうから話し掛けて来た。
「監督あの篠崎基紀を連れて来ましたよ」
西森はまるでもう手に入れた様に言って、監督はゆったりと座って居た椅子から急に立ち上がり何の事か解らない基紀の元に近付く。
「うちに来てくれるのかい。島に所縁のある君だ一緒に甲子園目指さないか!」
「多くの高校からお話は貰って居ますが、僕はまだ決めかねていますので考えさせて下さい」
基紀は慣れた様子で丁重に、お断りとも思える言葉で返す。
「篠崎の家の子は少々説得しにくいなぁ」
監督は一度真剣な目になるが、又穏やかな表情に戻る。
「基紀、気にするなよ。その監督さんはいつもそう言ってるんだから」
昔基紀と同じ事を言われた事の有る優斗が伝える。
「そう言う君は篠崎優斗じゃないか、西森君風に言うと裏切り者だがどうしたんだい」
どうやら裏切り者と呼んでいるのは、監督の言葉からすると西森だけのようだった。
「お久し振りです。親戚の子供達とキャッチボール出来ると言って来たのですが、どうやら騙されて練習に参加させられるみたいです」
監督と話していると、西森は選手を集め四人の紹介をして練習に入る事を伝えている。
「まあちょっと頼むよ」
監督が優斗の肩を叩き気楽に言うのでしょうがなく、基紀達とキャッチボールをしてる肩を暖める。
「さあてと西森受けろ! 全員と勝負してやるよ! 順番に打席に立てよ! 亜結までちゃんと対戦するからな」
優斗は覚悟を決めてそう言うと西森を相手に座らせて綺麗なフォームで投げる。そんなにがたいの良いとは言えない体から放たれるボールは、指から背中更に足までの全身のバネを使い鋭い軌道で心地良い程の衝撃音と共にミットに収まる。とても酔っぱらいの投げるボールとは思えない。
「くそう! 相変わらず良いストレート投げやがるな」
言葉は悔しそうだが、西森の顔は笑みも含んでいた。
「お願いします!」
一人目の選手が大きな声で礼をして打席に入るが、優斗は三球で三振をとる。どうやら準備運動の段階でアルコールはかなり効果をなくしていた様子。
その後も変化球も交えて、ヒットを打たれる事は無い。
「さて優斗! うちの最強の打者だ! 覚悟しろよ」
一球目のストレートを打者は振るが軽く、良く見た様だった。
二球目はしっかりとタイミングを合わせて振るが、先程とは違い落ちて空を切る。
三球目も空振りで、周りからは普通のストレートで負けたと思ったが。
「今のボールもう一度見せてくれませんか?」
優斗は何も言わずに笑顔で頷く。
三振後の四球目は、又当てる事も出来ずに空振る。
「ジャイロボールだよ。あいつめまだ投げられたのか……」
西森が肩を落とす選手に向けて言った。その後の選手には惜しまず、ジャイロボールも投げて行くが段々と打たれる様になって来た。
「疲れたよ……もう年だ……駄目だねぇ……」
優斗が膝に手を着いて言うが、あと残りは基紀達のみ。まずは美結からでかなり良いスイングで、高校生からも褒め言葉が上がるが難なく三振する。
「優斗兄って結構良い選手っだったみたいやね」
美結悔しそうにも嬉しそうにも聞こえる口調で言った。
次の亜結には速度を落としているが、明らかに打てそうにも無いストレートで三振にする。
「基紀! お前で最後だぞ! デッドボールならごめん!」
一度優斗はお茶目に言うが、直ぐに真剣な顔に戻る。基紀に対してはジャイロボールの連投だったが三球目を捉えらた。
ボールは三遊間を真ん中を通り越し、周りから基紀は祝福を受ける。
「負けたー」
優斗は全く悔しそうにもなく、その場に倒れ込んだ。
「優斗兄最後のだったら、高校生はもちろん美結にも打たれたかもしれないよ」
「はい。もうあれが限界です……引退します」
「何で敬語? それにまだリベンジに燃えてる人達が居るよ」
「基紀が相手してくれるから……俺も打つぞ!」
そして手を借りて優斗は起き上がり、そう言って元気そうに走って行く。
優斗が走り去るのでマウンドに残された基紀は、ゆっくりと屈伸してロージンを手に付け息を吹き付け飛ばして足元を直してキャッチャーの方を向く。
まず一番に打席に入ったのは、高校生を押し退け亜結だった。
「よしっ! 基紀兄! 今日は勝つ!」
基紀又かと思いため息と共に投球し、いとも簡単に亜結は三振に終わる。
その後の高校生達もそれなりに打つ事は出来ても、どれも簡単にアウト出来る様なものでいわば基紀の思い通りにされているようだった。
結局基紀は美結さえもアウトにして、優斗以外の全員を抑えて見せた。
「それでは俺が皆さんの仇を討ってあげましょうか」
優斗が軽く素振りをしながら打席に向かい直前できちんと礼をして少し開きぎみに構える。
基紀はその姿に怖ささえも覚え、もう一度地面を慣らして投球する。まだ力のこもったボールを見て優斗が何かに気付いた様に見送り後ろに下がる。
「毅? 今のジャイロだったよな……」
「そうだな。お前に良く似てたから、投げられるかもとは思っていたが流石だな」
「はははっ面白くなって来たな」
キャッチャーをしている西森に優斗が聞いて、楽しそうに笑い真剣な目付きに変わり構え直す。基紀は優斗と良く似たフォームで投げる。
優斗は踏み込み上半身を深めにひねってから、振ると空を切る音がしてボールは通り過ぎる。
「優斗兄俺の完全勝利にしてくれるのかな?」
ボールを受け取りながら基紀が笑顔で言って、直ぐに真剣に戻り投げ優斗が振ると心地良い金属音が響く。
優斗が綺麗にとらえた打球は、基紀の頭の上を越えて遠くへと飛んで行く。
信じられない様な表情で優斗の顔と遥か後ろに転がっているボールを、交互に見る基紀は肩を落とす。
「まだ子供には負けられんよ」
格好を付けて優斗が言って、基紀の方に行き頭に手を置く。
「優斗兄又勝負してくれる?」
基紀は悔しそうに下をうつむきながら、小さく優斗に聞く。
「機会が有ればな……」
優斗はこのままの家族の状態では、その機会は無いとは思っていた。
「じゃあ次は美結も投げろよ」
流石に美結では高校生も打たれてしまうが、守備も付けて基紀と優斗もそこに入り実戦方式で行うと何とか点を取られる事も少なかった。
「毅! このチームは打撃力にちょっと問題が有るな、でも守備は良いぞ」
その後流石に亜結はピッチャーは出来なかったが、楽しく練習と遊び等をした。
そして優斗達は家に戻り、部屋の方に向かうと。
「おう! いつも通り基紀もきたのか、お前昔っから優斗にくっ付いてたからなぁ、その頃の写真も有るから、みんなおいで」
好美が言うと優斗の部屋では、茉由奈と野愛と礼央とまで居て勝手にアルバムを広げて笑顔で四人が見ていた。
「好美おばさん……」
優斗は誰がアルバムを出したのか直ぐに解り犯人を言う。
「なぁに? 旦那の昔の姿を知るのは嫁の権利だ!」
「どんな権利なんよ……」
訳の分からない権利を聞いて、優斗は縁側に出て座り込み一緒には見ない。すると陽次朗と啓伍と賢治も、やって来て皆で見始め昔の優斗の話まで語り出す。優斗はそのまま横に倒れ起き上がれなくなった。
「なんか楽しそうですね。優斗君どうしたの大丈夫?」
片付けが終わったのか実咲が来る。
「過去の出来事をバラされて死んでるだけだからほっといて大丈夫だろ。実咲も見てみる? 優斗の小さい頃のアルバム」
啓伍が状況の説明。
「ちょっと見てみたいけど、お風呂が湧いたから順番に入ってだって」
「じゃあ子供達から入れさせてもらえば?」
「ぼくお父さんとー」
啓伍が言うと礼央が走り寄り甘える。
「よしっ! 茉由奈ちゃん、実咲ちゃん、野愛ちゃん、美結ちゃん、亜結ちゃん、咲結ちゃん、も一緒に入ろう! ココのお風呂大きいからね」
「流石に狭くないか?」
「大丈夫でしょ!」
陽次朗が注意するが、好美が張り切って言うとみんなを連れて行く。茉由奈は戸惑っていたが、優斗が倒れたまま手を降り勧める。
「じゃあぼくゆうくんとお父さんとはいるー」
「礼央くんそうしよっかぁー」
そう言われながら玲央に飛び付かれて、優斗がやっと生き返った。
優斗と啓伍と陽次朗がゆっくりと近況を話しながら庭に出て、煙草を吸っていると以外と速く好美が出て来た。
「ココの風呂熱かったんだ忘れてた……」
若くもないのにゆでダコのようになっている好美がそこにはいた。
「好美おばさん忘れてたんだ。昔っからそれ言ってない? それに歳取ると熱い風呂が良いやないん?」
「ん? わたしぃーまだ若いしぃ」
「その言い方自体古いし……」
むかーし優斗の子供の頃に流行っていた言い方を好美は真似していた。そんな姿を見て優斗は呆れていた。
「それより優斗! 茉由奈ちゃんに家の事とかあんまり話して無いんだって?」
好美はそんな事を言われたのが気に召さなかったのか急に優斗を叱りつける様に話した。
「良いやんか細かい事やし……」
煙草の煙を吐きながら優斗はそっぽを向いて答えていた。
「良くない。後でちゃんと説明するからね!」
「まさかとは思うけど好美おばさんが説明するの……」
「もちろん!」
心底優斗が嫌そうな顔をしてると茉由奈が来る。
「ユウちゃんの熱いお風呂好きな理由が分かった気がする。どうしたのそんな顔して? 次お風呂空いたから入ってだって」
抹茶の様に渋い優斗の顔を見て、茉由奈が首をかしげる。
「やったーゆうくんいこう!」
どうとも言えない表情のまんま優斗は礼央に捕まえられて歩く。
「うん。そうだね……基紀来いよー」
「俺もなの?」
礼央に手を引かれながらも優斗は基紀捕まえ、風呂に向い最後尾に啓吾が付いて行く。
優斗達が風呂から出て啓伍が礼央にジュースでも飲ますと台所に向い、基紀と二人で部屋に戻った。
「賢治じいちゃんお風呂空いたよ」
「ういぃー」
賢治はフラつきながら立ち上がる。
「大丈夫かなぁ」
「俺が一緒に入るよ……」
優斗が心配そうに言うと陽次朗が支えながら風呂に向かう、好美と野愛はスイカに夢中だった。
「夏はヤッパリこれだねぇ優斗!」
好美が嬉しそうにスイカを掲げ言い、優斗が一切れ取り縁側に座る。
すっかり夜になると涼しい風が吹くようになり、真夏の名物のスイカは若干合わない。
「好美おばさんもう夏も終わりだよ、スイカ何て良く有ったな……茉由奈も食べた?」
「えっ? いや晩ご飯食べすぎちゃったから……」
「そんなに食べてたっけ? 体調悪いんだったら気にする事無く寝ちゃいな」
優斗は茉由奈の事を心配して指を差す。既に優斗の部屋は開け放たれ、隣の部屋と繋げられ布団がズラリと敷かれていた。
「大丈夫だから……」
茉由奈は又断る。それを実咲は何か思い当たるかのように見ていた。
「ゆーとーぉーそんな誤魔化し効かないぞ。あんた家を飛び出した事とか、ちゃんと茉由奈ちゃんにこれから説明するんだぞー」
スイカを食べていた好美は突然顔を上げて優斗の方を睨む。
「好美おばさん覚えてた……?」
その事は忘れて居ろと願っていた優斗だったが、そうは問屋がおろさない様子。
「まだ私は呆けてない」
好美が優斗に近寄り叩かれた。
「マユは知りたいの……?」
「ユウちゃんが言いたくなければ良いけど……」
優斗が聞くと、茉由奈がうつむきつつ答える。
「いやダメだ夫婦間で隠し事は駄目だ」
こんな時までおかしな正義心を掲げる好美は強い。
「優斗! 俺もそう思うぞ! それにあの後のお前の事も聞きたい」
ジュースを飲みながら礼央が走って来て、その後から啓伍が来て言う。
「という事でどこから話そうか……茉由奈ちゃんはどのくらい聞いてるの?」
「いや殆ど知りません。お父さんとケンカして飛び出したって事くらいですかね」
好美が聞き茉由奈が答える。子供達はスイカに夢中なので気にしないで話を進めた。
「じゃあまずそこからだね。つまり、はじめからそれ以前はみんなそれなりに仲良く暮らしてたんだよ。もちろん博子さんも……」
博子の事を聞き、今しか知らない茉由奈と実咲は少し驚いていた。
「優斗はこう見えても頭も良くて、松山の有名高校に受かって、章太郎もお父さん……章一さんも喜んでたんだよ。もちろんその他の親戚も、なんせ篠崎家の十三代目だからね」
「十三代目……」
茉由奈が指折り数えてその多さに驚く。
「優斗そんな事も言ってないのかい!」
好美は一度立ち上がり、一番遠い優斗を叱る。
「勘当同然だから関係ないじゃんか……俺は正直結婚する時も婿養子でも良いって言ったし」
優斗はもう既にスイカを食べる事も忘れている。
「全くこの子は……茉由奈ちゃん実は篠崎家は十三代続く島はもちろん今治や尾道くらいでは名家と言われる家で、各地に土地を持ち、特に造船所等に貸しているので財産も結構有るんだよね……」
茉由奈は目を丸くしていた。
「驚くわね……それはまあ。章太郎さんが造船所役員なのも、その関係で……でもそう言う人は親戚内には多いし置いといて、話を戻してケンカの原因を言うと、優斗のお母さんの美冬さんなんだよ」
「好美おばさんその言い方辞めてよ。母さんは悪く無いんだから」
優斗が外の方を向きながら即座に言う。
庭では秋の虫の声が既に響いていた。
「ゴメン。言い方が悪かったね。美冬さんはとても良い人で何も悪く無い……問題は優斗が高校三年の時突然亡くなっちゃったのよ」
好美はお茶目に自分の頭を叩き話した。部屋の中が静まり返る。礼央は既に眠って居たので、啓伍が布団に連れて行き野愛も寝かしつける。
「本当に突然だったのよ。脳出血で見付けた時には間に合わなかったそうよ」
「あいつらが悪いんだ!」
優斗が振り返らずに突然怒る。
「そう言ってるのよ。優斗は……確かに章太郎さんは、夫婦二人で公園に出掛けて途中で仕事が入って帰り美冬さんは残って散歩をしていてそのまま……」
はじめ呆れたように好美が言い、切なそうな口調に戻り続けた。
「親父がほっといたからなんだ、仕事なんて無視するか最低でも連れて帰るべきだったんだ。前の日から頭痛があったそうじゃないか!」
「そうね頭痛が有ったから、優斗は章一さんも許せないのよね」
「当たり前じゃないか! じいちゃん医者だぞ! 島民全員から信頼されてるのに家族の中に病人が居た事に気づかなかったなんて、とんだヤブだろ!」
優斗が縁側で立ち上り大き声を出す。
「バカ! 声が大きい子供も寝てるし、本人達も家にいるんだから」
優斗は野愛と礼央の方を見てから、申し訳なさそうな顔で庭に出て煙草に火を付ける。
空には雲一つ無い中に、輝く月が庭を明るく照らしている。
「まあそんなんで学校の寮から病院に着いた時には、さっきと同じような事をもっと酷く言って、章太郎さんを殴って、気付いたら寮には居なってました……ちなみに面白いのは、優斗は賢かったから住民票とか全部ちゃんと移したんだよね。あれはちょっと笑ったな! 普通家出でそこまで考えんのかって」
最後には好美は笑顔になっていた。
「お母さんが病気で……」
茉由奈がうつむきながら、小さく呟くとその姿を見て好美が気付く。
「もしかして美冬さんの事、なんにも聞いてない?」
「はい。お母さんが亡くなってる事は聞いてたんですがそれ以上は全くしゃべらなくなって、しつこくすると怒るから聞かない事にしてたんです。でも一つ納得した事が有るんです」
「ほう、なんだねそれは……」
好美は楽しそうに聞く。
「ユウちゃん私だけじゃ無く、知り合いでもちょっと調子が悪いって言うと、直ぐ病院に行けって結構うるさいんです。お母さんの事、思い出してたんですね」
今朝の事と言い、優斗は誰かが具合が悪そうにしていると直ぐに病院を進める。
「ふーん優斗やっぱ気にしてんだね。ところでさ、その後はどうしてたんだよ」
好美が声を掛けると優斗が煙草を、手に持っていた灰皿で消して戻って来る。
「どうって別に普通だよ。最初は住み込みで働いて、少し金が出来たらボロアパート借りて、何回か職替えてアルバイトで入った会社に、正社員として取ってもらった」
優斗は八年の事を、なんとも簡単に説明した。
「優斗? 好美おばさんが聞きたいのは、そんな事じゃ無いと思うぞ」
啓伍に言われ優斗が好美を見ると、これでもかという笑顔だった。
「その通り啓伍は解ってんね。出会いだよ。茉由奈ちゃんとの」
一同の間には数秒間の沈黙が訪れる。
「……しらん」
優斗はそっぽを向いて、好美を完全に無視する。
「では……もう一人の当事者に聞いて見ましょう! 茉由奈ちゃんどうなの?」
好美がバラエティー番組の司会者のように聞く。
「簡単でそんなにロマンス有りませんよ?」
照れながらも茉由奈は、好美の勢いに押されている。
「それでも良いよ!」
「私が派遣で勤めて居た所にアルバイトで来て出会ったんです」
「なるほど優斗? アルバイト続けたのは正社員になれそうだったから? 茉由奈ちゃんが居たから?」
好美がレポーターのように、左右を交互に見ながら聞くが優斗は答えない。
「素直に言ってしまった方が楽やぞ」
啓伍はベテラン刑事の取り調べの様に聞く。
「あのー私も聞きたいんですけど」
実咲だけは普通に同意する。
「……どっちも」
ボソリとだが優斗は答えた、顔が赤いが食事の時に飲んだビールでも風呂上がりの為では無い。
「では告白は?」
「何でそこまで聞くんだよ! 中学生かあんたらは」
優斗に言われ好美が攻撃目標を茉由奈に変えようと振り返ると、こちらもいつの間にか顔が赤くなってるが答え始める。
「残業終わりに飲みに行きましょうって言われて、その時ユウちゃんまだハタチになって無くてジンジャーエールしか飲めなかったのに……」
「あはははっ面白いわぁーでそれから付き合ってプロポーズは?」
好美は豪快に笑うと、更に質問をぶつける。
「好美おばさん流石に図々しいよ」
急に優斗が当時の事を思い出して、照れからでは無く茉由奈の事を考え言う。
「ユウちゃん私は大丈夫だから……」
茉由奈も真面目になり言った。
「なによぉー優斗! 照れてんじゃないよ」
「いえ照れてるんじゃないんです。私の過去から話さないと解らないんで」
「茉由奈ちゃん本当に言いたくなければ、聞きたがりおばさんは取り押さえるよ」
啓伍が好美をけなしながら優しく言う。
「大丈夫です。私は両親を小学校の時に、一編に亡くしておばあちゃんに育てられたんです」
その茉由奈の言葉に、一度皆が静かになる。
「えーっとゴメンなさい茉由奈ちゃん。私が悪かった……」
珍しく好美が真剣な顔をして、謝っているのを見て優斗と啓伍と実咲とが驚いている。
「好美さん謝らなくても良いですよ。それでそのおばあちゃんも一年半前に亡くなって、それでもう殆ど天涯孤独となってしまった時に、ユウちゃんに家族になって欲しいって言われたんです」
「優斗! 良く言った! 感動した!」
好美が飛び付いたが、優斗が直ぐに振りほどく。
「後悔してるんだ、マユのおばあちゃんが生きてるうちに言ってればって」
優斗は茉由奈の祖母からしても、たった一人の肉親の孫の彼氏を喜んでくれたその人の笑顔を思い出していた。
「又言ってる。気にしないでよ。おばあちゃんもユウちゃんの事気に入ってくれてたんだから、きっと喜んでくれてるっていつも言ってるのに……」
茉由奈が笑顔でため息交じりに言うと。
「良い話じゃないか……」
突然陽次朗が廊下から現れ泣いていた。
「コワッ! 陽次朗おじさんいつから居たの?」
「ん? 今さっきから、もう寝ようかなと思って。でも泣いてるの、俺だけじゃないよ」
直ぐ前の啓伍が驚き、聞くと陽次朗が指差し答え、見ると実咲が大粒の涙を流していた。
「だって二人共辛かったんだろうなって思って……決めた! 私は誰が何と言おうと味方する」
実咲が拳を握りながら言うと一同が黙り込む。
「それはやめておいた方が良いと思う……」
「え? 何でなの」
優斗が答えると実咲が聞く。
「この家は男が強いように見えて、実際は女の人には頭が上がらないんですよ。その上敵ばっかりで味方は変人の好美おばさんくらいだからばあちゃんと同じく中立を保ってった方が良いですよ」
「正直な所ウチの親父は婿養子だからあれだけど、母さんは敵対してるからなぁ」
優斗が説明して啓伍も補足する。
「だからマユも気を付けておいてね。特に博子さんかな?」
「そうだな姉さんは頭が硬くてなぁ。誰かみたいに柔らかくなってくれればな」
「……陽次朗おじさん? その本人の好美おばさんもう寝てるよ……それと家系図書いてくれた?」
「は? ほ? へ? ……家系図ね今からと思ってたんだよ。紙とペン持って来るの忘れてた」
明らかに忘れて居た陽次朗は部屋を出て行く。
「明日でも良いんだけどな……しかし相変わらず面白い夫婦だな、なんかホッとしたよ。さあて寝ましょうかね」
優斗がそういうと、皆が自分に割り当てられた布団向かう
「え? ユウちゃん? 陽次朗おじさん待ってなくて良いの?」
「良いの! これもいつもの事なんだから気にしない」
陽次朗をほったらかして眠りに付く。
「やっぱりみんな待ってくれてないよね」
十分程で書き上げて、戻って来たが皆疲れていたので直ぐに眠りについていた。
さっきまで賑やかだった部屋も、今は静まり帰っている。
「ありがとうね」
実は起きていた優斗が小さく言うが、陽次朗は布団に入るなり高いびきで寝ていた。
そして優斗は起き上がり皆が寝ている事を見て、部屋を出て行く。
向ったのは優一郎の部屋、一度様子を伺い誰も居ない事を確かめてから入る中は線香をたやさない様にしている為香りが立ち込めている。長時間持つように巻き線香になって居るがそれも、既に無くなりそうだったので優斗は用意されて居た新しい物を付けた。
「おおじいちゃん……ゴメン……ありがとう……本当は生きてるうちに言いたかったんだけど、急なんだもんな……本当に」
優斗が壁にもたれかかり答えない相手に話し掛けるがその後は言葉も出ずに、じっと優一郎の顔を見つめていた。
二人はまだ一緒に住んでいた頃、特に話さず外を眺めていた事が有った事を優斗は思い出す。
仲の良かった二人が静かな部屋の中で黙って過ごす。
三十分程何も話さずに居てつい眠りそうになったので、部屋に戻って寝ようと障子を開けるとそこには章太郎が居た。
「線香は変えておいたからあんたの用事はないよ」
優斗が棘の有る口調で、章太郎の前を通り過ぎるが反論は無かった。
「どこ行ってたの?」
部屋に戻ると茉由奈が声を掛けて来て、あくびをして居た優斗が驚いた。
「起きてたのか?」
「一度寝たんだけど気が付いたらユウちゃんがいないなぁと思ってね……そうかおおおじいちゃんの所に行ってたのか」
「何で解ったの……?」
優斗が更に驚き聞く。
「お線香の香りがしたからね」
「そっか……名探偵だな。でももう本当に寝るよ今日は疲れたから」
優斗は布団に潜り込むと直ぐに寝てしまい、次に気が付いたらもう朝で周りを見るとまだみんな良く寝ているが茉由奈が居ない。
「マユもう起きてんのかな?」
優斗が時計を見ると、まだ六時前だったが台所の方へ行って見る。
外では虫達の声がやみ、鳥達が騒ぎ始めていた。
「おはよう!」
「おはよう。昔と変わらず、こういう時だけ目覚めが良いんだから」
優斗は確かに何か用事の有る時なんかは、普段日とは違い寝起きが良いが数日は特にである。
茉由奈と幸子は仲良さそうにテーブルに向かい合って座ってお茶を飲んでいた。
「おはよー、いやマユが居ないからどっかで脅されてないかと思ってさ……」
優斗は冗談にならない事を半分真剣に言う。
「朝っぱらからそんな事する者は居ないわよ。優斗も何か飲む?」
そう言って幸子が立ち上がろうとする。
「それはどうかな……博子おばさん辺りなら有り得るかも。良いよ勝手にコーヒーでも入れるから」
優斗は制する。
「あの子はいつも起きて来るのは最後よ。歳を取ったら治るかと思ったけど変わらないわね」
二人とも博子の小言を言って、優斗はコーヒーを入れ茉由奈の隣に座る。
「んでっ? ばあちゃん今日の予定……特に俺の用事は何をすれば良いの」
「そうねえ、正直みんなと仲直りしてくれるのが一番優斗にお願いしたい用事なんだけどねぇ」
「そりゃあ俺には無理だな」
「まあそうだろうね」
良く言っている事なので、二人は笑うが茉由奈が固まる。
「茉由奈ちゃん? 半分冗談で言ってるんだから笑っても良いのよ。優斗にはそれこそ何回も言ってて挨拶みたいになってるんだから」
「そっかおばあちゃんとは前から連絡は取ってたんですね」
「そうよ。でもおおじいちゃんの方が先に連絡取ってたから私悔しくってねぇ」
幸子が今度は明らかに冗談と解るような悔しがり方なので茉由奈が笑う。
優斗は家には優一朗と幸子だけには連絡を取っていて、茉由奈も何度も電話で話している。
「おばあちゃんって楽しい方なんですね」
茉由奈がクスリと笑い話す。
「普段はあんまりそうでも無いんやけどね。やっぱり孫が良いお嫁さんを連れて来たから嬉しくって」
幸子は小躍りしながら答えた。
「じゃあ俺は今日は用事無しって事で良いんだな!」
何故か優斗が照れて話を戻す。
「そうだ優斗あんた免許は有るかい?」
島しょ部では運転免許は必須とされている。
「一応持ってるし時々会社の営業車も運転するけど」
もしかしたら就職の役に立つと思って、優斗は免許を取っていたが結構活躍していた。
「じゃあ今治でも行って買い出しして来てよ。通夜の時にちょっと食べる物とかそれと子供達のオヤツ! これは沢山ね。三時くらいまでは用も無いから昼御飯も食べてゆっくりして来なさい」
つまりは適当に遊んで来いと言う事だった。
「それは良いけど俺、免許は有っても車は無いよ」
もちろん生活には特に必要は無いので車は持っていない。
「陽次朗のが有るじゃない。ねえ!」
そう幸子が言うと優斗と茉由奈の後ろには、陽次朗と好美が起きて来ていた。
「そうだな! 優斗にだったら貸してあげよう!」
「まさか陽次朗おじさんの車って……」
眠そうだった陽次朗だったが一瞬でテンションを上げて言うと優斗は何かを思い出し呟く。その後しばらく話をして、啓吾と美咲も起きて来たので女達が大量の朝食を作り食べた。
そして優斗がうるさいのが来ないうちに、茉由奈を連れ部屋に戻り着替え等をする。
二人が着替え終わる頃、庭から爆音程では無いが低く唸る決して静かでは無いエンジン音がした。
その音でまだ寝ていた野愛と礼央が起きて外を見て、飛び出して行く優斗が少々気の進まない顔をして庭に出て行く。
そこには陽次朗がガレージから出して来た当人ご自慢のオープンカーが有った。
「陽次朗おじさんその車まだ乗ってたんだ……」
「もちろんだよ! TVRタモーラこいつだけは手放せないよー」
それは優斗が出て行く前に陽次朗が自分で買った車で、普段軽を乗っているがとっておきの一台だった。
「かっこ良いだろー?」
陽次朗が野愛と礼央に車を見せながら言っていた。
「っていうかこんな高級外車運転したく無いんだけど」
「いやそんなに高級じゃないよ。兄さんが乗ってる国産車の半額以下だよ」
章一は国内最大手の高級車ブランドの一番高い車に乗っている。
「そう言う意味じゃなくて……」
優斗が頭を抱えると茉由奈と好美が来る。
「陽次朗おじさんかっこいい車に乗ってるんですね」
「あららら」
「マユそれはお世辞でも陽次朗おじさんの前で言っちゃダメだ!」
茉由奈の言葉に好美と優斗が慌て、陽次朗に聞こえていなくてホッとする。
「どうしたのユウちゃん?」
何だか分からない茉由奈は首を傾げながら聞く。
「俺が昔かっこいいって言ったら説明が数時間続いたんだよ……」
優斗は小声で昔の事を思い出しながら天を見上げ答える。
「あの人ご自慢の車だからねー」
腕を組みながら好美は、嬉しそうな陽次郎を見つめ微笑む。陽次朗は嬉しそうに野愛と礼央に、車のあちこちを見せて説明している。
「本当にアレで買い出ししないと駄目なの? 好美おばさんの軽貸してよ」
陽次郎夫妻は普段は軽四で行動していて今もそっちで来ていてこの車は基本このガレージの住人であった。
「駄目、軽は私んだ! 貸さない。良いじゃんアレ。普段誰にも運転させないんだから」
そんな会話をしているうちに陽次朗は幌を開けて行く。
「陽次朗おじさんなにも、幌開けなくっても良いんじゃない?」
「アホかこんな天気が良いのに何で幌閉めたままなんだよ!」
普通の人間には解らないオープンカー所有者の通説を、陽次郎は優斗にぶつける。
「ユウ君聞かないって……晴れてたらいつも開けるんだからっていうか雨の日はあんまり乗らないけど」
結局優斗が何を言っても陽次朗も好美も譲らず、そのオープンカーで出掛ける事になった。
「じゃあ行って来るから……陽次朗おじさんゴメン。ぶつける前に詫びとくよ」
「冗談でもそんな事言うなよ。心配になってきた」
「じゃあ他ので出掛けようか?」
優斗が最後の抵抗とばかりに、陽次郎に脅しをかける。
「ユウ君コレ以外無いんだ! 諦めなよ」
結局は好美に言われて無駄だったの事に気付き、ゆっくりと安全に走り始めるが店が開くにはまだ時間が有る。
「マユどうしようか? どっか行きたい所が有れば寄ってからでも良いけど……知らないよな」
優斗は一応要望を聞いてみる。
「うん。知らない! だから島の中適当に回って案内してよ。昨日は夕方だったから解らなかったけど綺麗な所だね」
はじめて島に来た茉由奈に行きたい所なんて有るはずもない。
「何にも無い所だから案内はできないな……」
車は店一つも無い緑の山の中を走る。
「じゃあ、あれは? みかん? やっぱりこの辺は多いんだね」
茉由奈はオープンカーから身を乗り出すように、青い実の付いた木を指を挿し言う。
「残念。あれはレモンだよ。この辺の島では結構有名なんだ」
瀬戸内の島では良く有るレモン畑の横を通り過ぎる。
「へー美味しいの?」
「どうなのかな? でも、国産なんて普通食べられないんだよ。食べてみたい?」
優斗はそう言うと道端の広い所を選び、車を止めてレモン山へと歩いて入って行く。
「え? 勝手に取っちゃ駄目でしょ」
そう言いながらも茉由奈は付いて行く。
「うん! 普通ならね」
二人が進むと収穫作業をしていた者が居て、高い所から見もせずに声を掛けて来る。
「陽ちゃんか?」
それはとても気軽で畑に勝手に入ってきた者への言葉ではなかった。
「ちゃいます。美味いレモンもちょっと盗んでみようかと思って」
優斗が堂々と泥棒宣言。
「優斗か!」
その男が振り返り言うと、バランスを崩し落ちそうになる。
「危ないよ」
それを見て優斗が脚立を支える。
「なんて事ないよ。いつもの事だ心配すんな! お前帰って来てたのか」
「岩城さんいつもそんなんじゃ駄目でしょ……うん用事が有ってさ、知ってるでしょ?」
岩城は梯子から降りて来て言い、優斗は呆れたように返す。
「そうだな俺も通夜には行くから……で? 後ろの美人さんは?」
優斗の後ろに居る茉由奈の姿を見つけ岩城は聞く。
「美人かどうかはさておき俺の嫁の茉由奈」
優斗は茉由奈の事を褒められて照れていたが、それを隠すように冗談を言った。
「はじめまして」
茉由奈は優斗の背中を強く叩き挨拶した。
「そうなのか。俺は岩城拓馬です。こいつのおじさんの陽次朗と同い年で幼馴染なんだよ。あんな車で来たからてっきり奴かと思ったら優斗だったか」
少なくとも島なんかであんな車に持っているのは陽次郎くらいのもの。
「うん。あんなので買い出し頼まれちゃって……」
優斗は困った様な顔をして述べる。
「レモンだな。これからが時期だからな。これ食ってみろ」
岩城は今採ったばかりの物をナイフを取り出して切り、二人に渡す優斗は食べずに茉由奈の方を見ていた。見ているだけでも口の中が酸っぱくなりそうなレモンを茉由奈が食べる。
一瞬酸っぱい顔になり、優斗がニコッと楽しそうにも笑うが茉由奈は直ぐに目を輝かせる。
「美味しい! 何か酸っぱいだけじゃなくて甘みもあるような……」
「おう! 良く解ってるじゃないか! 良い子だ! 優斗には勿体無い!」
優斗の予想は外れ茉由奈が美味いと、言うので自分も食べてみる。
「酸っぱー! なんでこんなの平気なんだよ!」
その強烈な酸味に優斗は負ける。
「へ? 普通に美味しいよ」
しかし茉由奈は平然としていた。
「優斗は昔っから酸っぱいの駄目なんよな。でも嫁さんは気に入った! 持って帰れ」
岩城は袋を取り出し山盛りにレモンを入れ優斗に持たせた。
「参った……マユ……嘘ついたろ……」
二人は岩城と別れ、もう店も開くので橋を渡ってる。ラジオを付けると、地方局が近くの島出身の歌手のドライブに丁度良いロックを流していた。
「酸っぱかったけど本当に美味しかったよ? 香りも良いし」
その後まずは島の中に有る休憩所に寄り自販機で飲み物を買い、橋を渡り今治市内に入りわざと並木道で葉の隙間から照らされる太陽の光の中を走り。まるで海の上に浮かんでいるような城の横を通り過ぎて行く。
優斗は茉由奈に手振りを加えて、楽しそうに、街を説明して、地元企業のショッピングセンターに到着する。
店舗に入ると平日の朝という事も有り、買い物客も少なく、二人は取り敢えずぐるりと、一周回って見る事にする。途中本屋で優斗が足を止め立ち読みを始めて、茉由奈も付き合い適当に暇を潰したが、長いので腕時計を指してから腕を引き連れて行く。
流石に都会のものとは違い、店の数も少なく二人はそれ以降何処かで、長い間足を止める事も無く、食品売り場の方へ。そこでは軽食用の具材等を買って、お菓子売り場に行くと、優斗は山という程積み上げ茉由奈に怒られる。
会計を済ませて慣れた様子で袋詰めを優斗も手伝い、じゃんけんをして荷物山盛りのカートを、茉由奈が押して行く。しかし出口では優斗が負けて両手で持ち、茉由奈はのんびりとアイスを食べて歩く。
帰り道は少し違う道で片側に少し懐かしく思える店が並び、反対側に官公庁が連なる所を走る。
途中の高架下の結構綺麗な、優斗が子供の頃から良く来ていたラーメン屋で昼を食べる。
島に戻り家路の途中、砂浜の駐車場で優斗は車を止める。
「ちょっと散歩しよっか……」
優斗は少し声のトーンを落として言った。
「綺麗な所だねーもう水が冷たくなり始めてるけど」
茉由奈は波打ち際に手をつける。
「真夏時期は結構こむんだよ。施設充実してるから……これもおおじいちゃんが寄付したんだよなぁ」
田舎の何にもない砂浜には、駐車場の他にも水道等のそれなりに施設が有る。
「おおおじいちゃんって島の為にこんな事もしてたんだ。尊敬するなー」
「そんなんじゃないよ。自分達が使う為! ここは家からも近いしこっちに居た頃は何もなくても取り敢えず暇な時は海水浴! まあウチらはなにかと年中来てたけどそれこそ散歩にも……母さんも好きだったし」
優斗は砂浜に座る。涼しい海風と暖かい砂浜で横に茉由奈が並んで座り話す。
「思い出の所なんだね」
静かに二人で座って居たが、後ろの駐車場からクラクションが鳴らされ運転手が降りて来る。
何事かと思い二人は立ち上がり振り返る。
「なんだ? 陽次朗おじさんじゃなかったのか……って優斗かよー! お前久し振りだな! 隣の人は? まさか結婚したのか? おめでとう!」
車から一人の男が走って来て、二人に喋る暇も与えずに語る。
「嘉樹兄は相変わらず元気そうだね……」
優斗がなんとか嘉樹にそれだけを返す。
「俺さっき尾道で帆乃花達を拾って今来たばっかなんだよ! 優斗来てんだったら速く来れば良かった! そうだみんな呼ぶわ!」
嘉樹はそう言って、走って車に戻って行く。
「ユウちゃん……元気……な人だね……」
驚きながら、茉由奈が呟くように言う。
「話聞かない人だろ……」
同じように優斗も返す。
「うん。挨拶する暇も無かった……」
茉由奈が呆れぎみに言い、優斗も否定しなかった。
戻ってくる時は走って来るのは嘉樹だけでなく、子供を含め六人が走って来た。
「ユートー!」
「帆乃花姉! 子供転けてる!」
全力で走る帆乃花の後を付けて来た子供が途中で転んだので、優斗が叫ぶと後ろを走ってた旦那が抱っこする。
「元気だったか、コノヤロー」
嘉樹と帆乃花の兄妹息の合ったラリアットっで、優斗が吹っ飛ぶ。
「イッテェー何の意味があんだよ!」
砂浜に背中から着地した優斗が怒りながらも、笑顔で言う。
「あはははっ、何と無くだよ!」
心底楽しそうに帆乃花が腹を抱えて笑う。
「あんたら兄妹は何と無くで人を殺す気か! ぐえっ」
更に子供が優斗に飛び付いた
「ナイスだ! 総馬!」
更なる自らの子の優斗への攻撃を嘉樹が褒めていた。
「なんなんだ……嘉樹兄の子供だな!」
優斗は反撃とばかりに、総馬をくすぐり始める。
先程まで落ち着いた雰囲気だった砂浜がまるで真夏の海の様に賑やかになる。
「ホラみんな優斗くんの奥さん怯えちゃってるよ。総馬、ちゃんと挨拶して」
「おう! むらかみそうまだ。誰だおまえは?」
「飛びついて来て誰だとは何だ! 昔の嘉樹兄そのまんまじゃないか!」
総馬のその姿や言動その他までも、優斗の小さな時の記憶の中に居る嘉樹とそっくりだった。優斗は総馬を抱っこして立ち上がり、逆さまにするが本人は楽しそうに笑ってる。
「優斗ウチの子とも、遊んでくれ!」
帆乃花が元気に言ったが、優斗が慌てるなとばかりに制する。
「待って紹介が先やない? こっち嫁の茉由奈、あんまりビビらさないで。あっちが信康おじさんとこの嘉樹兄と奥さんの亜依さんと子供は総馬だな!」
手で一人ずつ示しながら優斗は丁寧に説明し、最後の総馬だけビシッと指を差して楽しそうに言った。
「よく知ってんな!」
自分から名前を言った事を、総馬はすっかり忘れている。
「さっき自分で言ったろ! それと帆乃花姉の旦那さんと子供は名前知らない……はじめましてー」
優斗が居ないうちに現れた二人、正確には総馬も入るのだが、それは別として気さくに挨拶する。
「どーも、帆乃花の旦那してます。田原本篤ですぅ。ほんでこの子は紗羅ちゃんやでー」
篤が抱っこしながら紗羅の手を振って、挨拶したが本人は一瞬優斗達を見るが照れて顔を隠す。
「帆乃花姉の旦那さん関西の人なんだ……それと紗羅ちゃんは本当に実の子……? 顔そっくりだけど、照れ屋は有り得ん用な気がすんだけど……」
こちらも帆乃花の小さい頃の面影が沢山有るのだが、確実に違う照れ屋の紗羅を見て優斗が失礼とも思える事を言う。
「いや慣れたら総馬と変わらんよ。茉由奈ちゃんも遊んであげてねー……子供はニガテ? そうやったらごめん!」
優斗の言ってる事が冗談と解ってので、帆乃花も気にしない様子で、茉由奈にも気楽に話しかける。
「いえ。子供大好きですよ、宜しくお願いします。紗羅ちゃんも総馬くんも遊ぼうね」
茉由奈が子供達の顔を見て、にこやかに手を振る。
「女なんかとあそべるか!」
総馬は遊びたそうだったが、格好付けて言い、紗羅は又顔を隠し片目で見て、頷いた。
「でもまあ一回家行って、おおじいちゃんの顔見とこうか……」
嘉樹がやっと落ち着いた口調で、本来の目的を言い家に戻る。
優斗は思い出の沢山詰まった、砂浜を最後まで眺めて後にする。
子供達は優一郎の事も適当に、美結達と合流して遊び始め、一番年上の基紀が読書しながら、監視役となってた。
「ういーす。買い出物資だよー」
優斗と茉由奈が荷物を持って、台所に行くと千歳と実咲が大忙しで働き、そして好美が仕事を増やしてた。
「ユウ君帰って来たか! いやぁ私は料理駄目だね。二人の仕事増やしってばっかりで」
それは好美自身も了解済みだった。
「解ってるんだったら、手伝わなきゃ良いのに……好美おばさんが料理出来ないのみんな知ってるんだから」
優斗が荷物を置きながら、ため息と共に好美に文句を付ける。
「いやでもさ……二人に全部任せるのはいくらなんでも……でしょ?……」
「二人って、他の人達は?」
「博子さんに睨まれてそんなのは任せておいて良いって、優一郎おじいさんの所に行ってる……葬儀屋さんも来て、うちの人と啓吾と公洋君と賢治おじさん達と話してるけど、イマイチ準備が進まない」
好美が両手を上げて答える。
「本家の二人は何してんの! ?」
その言葉に優斗の顔が一瞬で怒りの表情に変わり、好美へと強い口調になる。
「いやーあんたのお父さんとお爺さんの悪口は言いたくないんだけど……」
これを言うと優斗が怒ることは好美には想像は付いていた。
「何もして無いんだな!」
優斗は怒って、今にも飛び出して行きそうな勢いだった。
「実咲さん途中でレモン沢山貰ったんですけど……」
さっきまで忙しそうだった、優斗の怒りが伝わって二人も手が止まり、茉由奈が大量のレモンを抱えて、丁度目の合った実咲に、少しでも空気を変えようと話し掛ける。
「良いじゃないハチミツ漬けにしたら茉由奈ちゃん食べるでしょ? 子供達のジュースにも良いし。それよりそんな重いもの持っちゃ駄目だから! 優斗君も持ってあげなさい!」
「へ? ごめんなさい」
急に実咲に怒られて、優斗は意味も解らず謝り、冷静になり少し場の空気が直る。
「悪いんだけど、茉由奈ちゃんも二人手伝ってあげてくれない?」
このチャンスを逃さない様に好美がベストなパスを送る。
「もちろん良いですよ!」
もちろんそれを、腕まくりをしながら、茉由奈も承諾する。
「じゃあ俺も手伝うから、好美おばさんは嘉樹兄達に言って女の人達はここに、男は葬儀屋の方に向かわせて! 敵は手伝う気無いんだろ!」
優斗の方も拳を鳴らしながら、料理の方に向かう。
「敵ってあんたねぇ……でもそれは多分……で私は、その後なにすれば良いの?」
「好美おばさん邪魔だから、適当にあっちこっち口出しをして来て」
「邪魔とは何だ! でも口出しは得意だから良いよ!」
扱い方も良く心得ている優斗が言うと、好美は表情を何度も変えて答える。
「優斗料理なんて出来たの?」
「こう見えても飲食店の厨房でバイトもしたし、一人暮らしも長かったしね」
「ユウちゃん結構、家でも料理してくれるんですよ」
千歳が優斗の手際良くこなしてる姿を見て言い、茉由奈も嬉しそうに付け加えた。
「悪いけど、お茶欲しいんだけど……」
暫くすると彩華が来て、台所に入らずに言うが、口調は全く悪く思ってなさそうだった。
「まだ暑いので、冷たいお茶が良いですよね」
今日もまだ、残暑が続いている。
「それはもちろんだけど、あなたの入れたお茶は誰も飲まないんじゃない?」
茉由奈が気を利かせて用意を始めると、彩華が言い切りその場が固まるが、優斗がそれを聞いて、直ぐに変わりお茶を入れる。
「篠崎家の十三代目が、台所仕事とはね……」
彩華は明らかにこの場の全員に聞こえるような、ため息と共に嫌味を吐く。
「台所にも入って来ない人間が、うるさい事を言うなよ。十三代目が入れた有難いお茶だから味わって飲め」
嫌味を優斗に返され、彩華は怒ってお茶を持って行く。
「彩華ちゃんめっちゃ怒ってたけどどうしたの?」
好美に声を掛けられて、加勢の主婦二人が来ると丁度台所を出た所で、その気迫により道を譲った帆乃花が驚きながら何よりも先に聞いた。
「何にもないよ。帆乃花姉! 亜依さんも二人共悪いけど、こっち手伝ってくれない? 唐揚げと煮物とサラダは出来たから後は、オニギリとサンドイッチくらいだから。こっちは任せて通夜の準備の方に行って来るから、終わったらゆっくりしてよ」
はじめの優斗の言葉は、まだ怒りが残っていて二人共原因が誰か大体予想できた。
「オッケー! 準備の方は、好美おばさんと兄貴とウチの旦那も行ってるから」
新勢力の二人は、快く料理の方に加わる。
優斗は台所を主婦軍団に任せて、門の近くで受付の準備をしている方へ、駆け足で向かう。
すると陽次郎が、まず優斗の目に入ったので声を掛ける。
「陽次朗おじさん、状況どんな?」
「イマイチ進まない。何とかこっちは今からテント建てて部屋の方は好美と啓吾と賢治おじさんが鯨幕張りに行ったけど……」
「何か葬儀屋さん少なくない?」
葬式の規模に対して、葬儀屋の従業員の数が明らかに不足していた。
「いや家族が多いんだから、手分けしたら良いって姉さんが言って、最低限の人間しか呼ばなかったんだよ……」
言葉は穏やかだが、明らかに機嫌の悪そうな優斗に、陽次郎は伝えるのを迷いながらも答える。
「それなのに自分達は何もしてないやん! 嫌がらせ? 嘉樹兄も篤さんも着いたばかりなのにごめんね」
優斗は完全に怒りながらも、嘉樹達に申し訳なさそうに謝る。
「いや俺達は大丈夫だけど、このままじゃ通夜に間に合わないんじゃないか? 急がんと」
その後何とか少ない葬儀屋スタッフと男達で、準備を終わらせ優斗が着替える頃には、もう通夜に来た人間が集まって来ていたので、茉由奈と門の方に行ってみると、陽次朗と幸子が葬儀屋の一人と受付をしていた。
「何で二人が受付なんかしてるの? 案内とかしてよ」
結構重要な立場で偉いはずの二人に対して、優斗が疑問をぶつける。
「博子達が何もしないから、一応案内は好美さんがしてくれてるんだけど……」
幸子の言葉に、優斗は自分達が来た勝手口の方ではなく、玄関を見ると流石にこの家に住んだ事が無く、近所の人の顔も解らない好美が場に合わないにこやかな顔で案内をしていて、確実に人選を間違っている事に気付く。
「じゃあ俺達と葬儀屋の人と、三人で受付するから陽次朗おじさんは案内係して。おばあちゃんは挨拶回りして来てよ。その他の人は手分けして、通夜振る舞いを……」
通夜は近所の人ばかりで、どうやら会社関係その他の者は恩を売りたいので、葬儀の方に参加予定になっていた。
そのおかげで受付では古くから知っている顔ばかりで、優斗に気付き次々と声を掛けられた。
結局優斗の味方チームと言われる者達が働き、敵チームは何も動かず、中立派チームは蛇に睨まれた蛙の様に手伝おうとすると、主に博子の視線に怯え動けなかった。
しかしその割に通夜が終わると、いわゆる敵がゆったりとくつろぎビールを飲み、味方は後片付けに追われた。
やっとの事で片付けも終えると、幸子が皆に声を掛けて行き居間に集めた。
篠崎家三十六人が集まる。
全員が集まると空気が重くなる。
「えーみんなに集まって貰ったのはこれの為だ。さっきの通夜の時に本家の弁護士持って来た。遺言書という程の物ではないらしいので、読んでどうするかを決めようと思うのだが……」
章一が一見普通の手紙の様な物を、取り出して言った。
「ちょっとお父さん待ってよ。もしそれに優斗なんかに相続させると、有ったら守るつもりなの」
博子が急に立ち上がり叫ぶ。
「お姉さん! それが優一郎さんの気持ちなら、尊重すべきじゃないんですか?」
対抗したのは好美で、こちらも立ち上がっている。
「博子も好美さんも落ち着きなさい。そのために皆を集めて決めようと言うのだ!」
章一が火花を飛ばし始める二人に向い怒鳴る。
博子と好美がヒートアップするが、優斗は気にしていないように近くに居た礼央と遊んでいる。
「大体お父さんと章太郎は優斗の事どう思ってるのよ? 勘当したんじゃないの?」
核心に近い博子の言葉に、その部屋の空気が一瞬でピリッとする。
「それは姉さんの考える事じゃない!」
章太郎が大声で言うので、子供達が少し怯えている。
「篠崎家の十三代目の話なのよ。いわばここに居る人間には関係の有る事よ!」
子供達の怖がる様な言葉にも、博子は引かずにまだ食い下がる。
「俺は勘当でも構わなし、相続の事なんてどうでも良いよ。博子おばさん本家になりたいのならどうぞ、のし付けて差し上げますよ」
突然優斗が穏やかな口調では有るが、内容は恐ろしい喧嘩を売っているように誰もが思う言葉を放つ。
「みんな辞めなさい!」
博子とその他の者の言い合いを、普段温厚な幸子が制する。
「取り敢えずは、これを読んでからの話だ」
章一が幸子の言葉に冷静さを取り戻し、手紙を開け一見すると少し驚き直ぐに幸子に渡す。
「読み上げますよ。章一、幸子、文子、賢治、香奈恵、三代子、博子、通彦、章太郎、陽次朗、好美、信康、由佳、志織、太一、公洋、千歳、弓華、浩成、彩華、優斗、茉由奈、嘉樹、亜依、帆乃花、篤、啓吾、実咲、基紀、美結、亜結、咲結、総馬、紗羅、野愛、礼央、みんなちゃんと集まってるか? ならそれで良い! 泣くな! 笑え! それだけだ!」
基本的に手紙の多くの部分は、子孫一同の名前ばかりだった。
「ちょ……っと何?それで終わりなの?」
幸子が読み終えて、博子が呆気に取られて聞く。
「これだけよ博子。何ともお父さんらしいじゃないですか」
感心した様に、幸子がゆったりと言う。
「これじゃ遺産相続とか問題にならないの?」
こういう手紙にありがちな遺産についての事が無く、博子が心配するがその声は明らかにトーンダウンしている。
「ならないだろ、法律に従った様に配分すれば良い」
章一郎の言葉で用事が終わったとばかりに、集まったみんなが帰って行く。
「おうよ! ゆうじいちゃん! 俺は笑うぞ! わっははは!」
総馬が大声で笑い、子供達に伝染しその後大人達も笑い始めたが、博子達は笑ってなかった。
笑い終えると、順番に子供達をお風呂に入れている間に優斗、茉由奈、好美、陽次朗、公洋、千歳、嘉樹、亜依、が隣家の居間に、ビールやジュースと軽食を持ち集まった。
「さっきの手紙は良かったけど、なんなんだよ今日のは! こう言っちゃ悪いけど、優斗に文句が有る奴が全然働いて無かったじゃないか! 嫌がらせか?」
嘉樹が缶ビール片手にかなり怒っていた。
「嘉樹兄ゴメン」
「ユウ君が謝る事でも無いでしょ! 嘉樹もあんまり飲みなさんな!」
申し訳無さそうに、優斗が謝るのを好美が助ける。
「そうだよ嘉樹は元ヤンなんだから、みんなビビっちゃうじゃないか」
嘉樹はその昔、地元では伝説とも言われる事を残してる。
「いやそれは……もう昔の話だから、公洋おじさん勘弁してよ」
怒っていた嘉樹も親戚はみんな知っている弱点を言われて急に小さくなる。
「まあでも今日の兄さんと姉さんのアレは、どうかとはみんな思ってるはずだよ。更に言えば優斗が一番怒ってるんじゃないのか」
縁側に座り月を眺めながら、煙草を吸っていた陽次朗が言った。
「そうね、でも殴りに行かなかっただけでも優斗君も昔とは違うね」
「亜依ちゃんそれはフォローになってないと思うわよ」
優斗が章太郎を殴った現場にも居た亜依が言い千歳が注意する。
「いやでも……俺が優斗の立場だったら、殴ってたかもなぁ」
「なんだ? おやじ! 誰かとケンカすんのか! 俺もたたかうぞ!」
子供達が風呂から上がり、面倒を見ていた味方メンバーが集まり、総馬が嘉樹の話を聞いて言った。
「みんな集まったし、ちょっと俺の話……お願いを聞いてくれないかな?」
優斗は座って動かずに、みんなに聞こえる程度の音量で話し始める。
「おしっ! ユウ君何でも言ってしまえ! ここに居るのは皆戦友さ!」
「やっぱたたかうのか!」
真剣な優斗の顔に、いつでも楽しそうな好美、そして戦闘状態の総馬を、亜依が押さえて皆で聞く。
「今日も大変だったと思うけど、明日もたとえ奴らが何もしなくても、準備その他を、お願いします」
「何でなの?」
優斗が皆に向かって頭を下げると、嘉樹は何かを言いたそうに立ち上がろうとしたが、幸子の一言に誰も何も言えないで座り直す。
部屋の中は静まりかえり、入り込んだ蛾が電灯に当たる音だけが聞こえる。
「おおじいちゃんの為に……俺何にもしてあげらなかったから……せめてこんな時くらいは……」
優斗はうつむいて居るので、泣いている様にも見える。
「そうだな……っていうか優斗? お前だけのおおじいちゃんじゃないんだぞ、俺達もひ孫なんだから気持ちは同じだよ!」
啓吾が優斗の背中を、バシンと叩く。
「うん! あたしも啓吾兄……じゃなくて優斗に賛成! 反対の者が居るなら、手を挙げてみなよ!」
優斗の言葉に直ぐに啓吾と帆乃花が賛同し、皆も反対しないかと思っていたら賢治が手を挙げていた。
「じいちゃん……良い話の時に水指すなよ! なんだ? 又酔ってんのか?」
啓吾にバッチリ怒られたが、賢治は真剣な目で優斗を見ていた。
「優斗? 本当にそれで良いのか? お前の大好きなおおじいちゃんの最後に嘘を付いて送るのか?」
「そうだよユウちゃん……お父さん達と仲直りして最後は、笑って送ってあげようよ」
茉由奈も賢治の意見に賛成する。
「でもそれは……」
戸惑う優斗は言葉が出てこない。
「ユウちゃん私嬉しいんだよ。おおおじいちゃんの手紙にも、名前が有って皆さんも優しくしてくれて、本当に家族が増えたって、なのに仲直りしないと家族が減っちゃうよ……」
茉由奈は泣きながら言った。
「ゆうちゃん! まゆちゃんなかしちゃダメ!」
怒ったのは野愛だった。昨日から優斗と茉由奈らと良く遊び、二人の呼び方を真似て説教をする。
「そうだな野愛ちゃん。マユ……ごめん」
優斗は野愛を抱っこして、茉由奈も抱きしめた。
「まあ今日はもう遅いし、子供も年寄りももう寝る時間だから、ユウ君今晩でちゃんと仲直り出来るように考えなさい」
「俺はこどもじゃないぞ!」
「ワシは年寄りじゃないぞ!」
好美の言葉に中でも眠そうな、総馬と賢治がほぼ同時に言った。
「おやすみー」
みんながそれぞれの場所に別れて、残りの人間も風呂に入り、みんな良く動いていたので直ぐに寝て行く。
優斗が風呂に入っている時、茉由奈が縁側で涼んでいると、野愛と礼央を寝かしつけた実咲が来る。啓吾は子供よりも前に、爆睡してしまっていた。
「茉由奈ちゃん! レモンのハチミツ漬け作っといたよ食べて。先に子供にジュースとして飲まれたけど……」
風呂上がりに子供達は、それを氷水で薄めてレモンジュースとして飲んでいた。
「ありがとうございます!……美味しいですね!」
茉由奈は礼を良い直ぐに食べる。
レモンの酸味とハチミツの甘さが、お互いを引き立て合う。
「でしょ! 私も酸っぱいのが欲しかった時期があった……なぜかアジの南蛮漬けだったけど……」
茉由奈が隠している事に、実咲が昔の自分の偏食ぶりを伝えた。
「やっぱり実咲さん解ってるんですね。んーそれも美味しそうですね」
茉由奈もそれを解っていたかの様に返す。
「でも優斗君はまだ知らないの?」
「ちょっと発覚がここに来る直前だったんもので……それにユウちゃん今考える事よ沢山有るから……」
「ふーん。でも言ったら、優斗君は超喜ぶと思うけどなぁ、それで仲直りも出来ちゃったりして」
「そうだと、良いんですけどね」
茉由奈と実咲は楽しそうに笑う。
「何がそんなに面白いの?」
優斗が風呂から上がって来て、二人を見て聞いた。
「ん? ユウちゃんの事笑ってた」
嘘では無いことを、茉由奈が言って微笑む。
「人の悪口笑うとは女は怖い! ……すっぺえぇー」
優斗はそう言いながら、茉由奈の横に座り、レモンを一切れ取り食べた。
「そうよ! 優斗君。奥様は怖いんだから茉由奈ちゃん大事にしなよ」
「それは大丈夫! マユの事は大事にするから」
実咲がビシッと指差すと、優斗は拳を握り自身有りげに、笑顔で即答する。
「あの子供を寝かしつけると、一番に撃沈するバカにも見習って欲しいもんだ……じゃあ私もお二人のお邪魔にならないように消えましょう。おやすみー」
最後に自分の旦那の啓吾を馬鹿にする。
「おやすみなさい」
「啓吾兄も美咲さんの事を、大事に思ってるよ! おやすみ」
実咲が手を振りながら離れ、啓吾と子供の寝ている方へ向かう。
「ユウちゃん大丈夫?」
遠くを見ている優斗の顔を見て、茉由奈が不意に聞く。
「ん? 平気だよ! そう見えない?」
優斗は作り笑顔で、答えるが直ぐにばれる。
「はっきり言って見えない! 明るい顔しようと、頑張ってるように見える」
はっきりと茉由奈に言われて、優斗の顔が一瞬にして変わる。
「……まあ八年こじらせまくったのを、仲直りするのはなぁ……ちょっと考えるよ」
「んーまあどうしてもって時には、助けてあげるよ!」
軽く茉由奈はそう言って、隣の優斗に肩をぶつける。
「……? どうやって……まあ良いか! 何か少し気が楽になったし!」
その言葉に優斗は疑問符を浮かべるが、直ぐに切り替える。
「なら良かった!」
二人共自然と笑顔になった。
「それよりも……レモン食べ過ぎじゃねぇ? 太るよ」
茉由奈は話を続けている時も、幾つかのレモンを食べていた。
「美味しくってつい……もう寝ようかな? 明日も朝から朝食作るの手伝おう!」
名残惜しそうに、ハチミツレモンの蓋を茉由奈は閉める。
「気にしないで良いから遅寝すれば? おやすみー」
優斗は立ち上がろうともせずに言った。
「ユウちゃんまだ寝ないの? 疲れてるでしょ」
茉由奈は一度布団の方に向かうが、付いて来ない優斗に振り返り聞く。
「うん! もうちょっと涼んでからにするわ!」
優斗はそう言って庭に出て煙草に火を付けて、月を見上げる。
茉由奈は台所に向かい、ハチミツレモンをしまい、一口水を飲み戻って来て庭を見ると、優斗はまだそこに居るので先に布団に入るが、寝入るまで隣の布団に人が来る事は無かった。
数時間たち啓吾が不意に目を覚ますと、庭にアウトドアチェアに座って居る優斗を見つけ静かに近付き、軽く頭を叩く。
「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ!」
「寝てないよ……啓吾兄いきなり叩かなくても良いやん」
叩かれたのより啓吾が近付いて来た事に気付かなかった優斗が驚き軽く文句を吐く。
「こんなもんどっから出して来た?」
優斗が座っている椅子を見て啓吾が聞く。
「うん? そこに有った。多分おおじいちゃんのじゃないかな? 庭で日向ぼっこが好きだったから。葬式だから言っちゃ悪いけど、こうやって親戚が一同に集まるのは案外楽しいね。もうこんな事もないのかな?」
優一朗は昔から庭に座って、のんびりとするのが好きで、それは親戚みんなが知っている。
「そうだなぁお前次第じゃないのか? ……まだ悩んでんのか?」
「うーんそう言う訳でも無いんだけどなーイマイチ寝る気にもなれなくて……布団に入れば直ぐ眠れるんだろうけどね」
「明日も忙しいんだから、悩んで無いなら寝とけ!」
啓吾はそう言って、優斗を引っ張り部屋に入れて、自分も野愛と礼央に布団を掛けて、直ぐに眠りに付く。
優斗も言われた通り横になると直ぐに眠った。
次の日も優斗が目を覚ますと、朝日が昇ったばかりでまだセミも鳴いていない。
「ユウちゃん昨日も遅かったのにもう起きたの?」
優斗が起き上がると、茉由奈が直ぐに声を掛けた。
「うん、目が覚めちゃって。ごめん起こした?」
まだ寝ていると思っていた、茉由奈が声を掛けて来たので、優斗は自分が起き上がった事が原因と思い申し訳なさそうに言う。
「いやちょっと前に起きてたから……」
「まあコーヒーでも飲む?」
「そうだね。でも私はお茶だな……」
二人はそう言って台所に向かう、そこにはもう帆乃花と亜依がコーヒーを飲んでいた。
「おはよー帆乃花姉、昔は朝弱くなかったけ?」
「人は変わるもんなんだ! 優斗も今日変わるんでしょ?」
帆乃花は昨日の夜の賢治の提案を言ってるのだろうと、優斗は直ぐに解る。
「へーそうでございますかな」
しかし帆乃花の言葉を優斗は適当に流す。
「優斗君と茉由奈ちゃんは何飲む?」
「私入れますから大丈夫ですよ」
「家族なんだから遠慮しないの座って」
「じゃあお言葉に甘えて、俺はコーヒーでマユはお茶らしいからお願いしまーす」
亜依が流しに移動して聞き、優斗は任せて椅子に座る。茉由奈は遠慮して手伝いハチミツレモンを出して座る。
「又それ食べるの?」
「美味しいじゃん!」
「酸っぱいじゃん!」
優斗は美味しそうにハチミツレモンを食べる茉由奈を見ながらも、酸っぱそうな顔をする。
「所で優斗今どこ住んでんの? 正直私はあんたが出て行ってから、全くどこに居るのかも知らんかったんだけど。近く?」
優斗は幸子達には、連絡先を一応伝えていたのだが流石に、はとこの所までは情報は通じてないらしい。
「うん? 全然遠くだよ。東京! って言っても嘘じゃない所」
実際は東京は隣町までなのだが、東京と付く施設は結構有り、東京在住と言うことの方が多い。
「マジで! 今度子供連れて、遊びに行って良い茉由奈ちゃん?」
帆乃花は優斗には許可を求めない。
「もちろんですよ!」
茉由奈は嬉しそうに即答する。
「俺には聞かないのか……」
優斗そう言いながらも、近くに有ったメモ帳に住所と電話番号を書いて、帆乃花に渡す。
「うおぅ! 亜依さん見て! この住所!」
隣の亜衣にも帆乃花がメモを見せる。
「茉由奈ちゃんもしかしてあのテーマパーク近い?」
亜依が帆乃花にメモを見せられ聞く。
「はい。車だったら十分ちょっとくらいですね」
家は旧市街の方だが、地元ならではの渋滞しない道を知っているし、自転車でも行けない程ではない。
「ひゃっほう! これは是非行かなければ! 兄貴に運転させてみんなでね! 寝る所位有るんでしょ? 優斗!」
ダイニングの椅子に座りながら帆乃花は小躍りしながら言う。
「まあ、一軒家だから嘉樹兄と帆乃花姉の家族くらいなら、広くはないけど何とかなるよ」
「ほおぅ! 一軒家とは優斗も頑張ったねぇ」
帆乃花は関心しながらも茶化していた。
「いや俺が買った訳じゃないんだマユの実家だよ」
二人の住んでいる家は、元々茉由奈の父と祖父が共同で建てた家で、優斗は固定資産税くらいしか負担していない。
「そうなんだ……茉由奈ちゃんに謝っとかないと、昔の事聞いちゃった! ゴメン」
聞きたがりの帆乃花が、口の軽い好美から簡単に個人情報を仕入れてしまった事を謝る。
「良いですよ。気にしませんから」
茉由奈は笑顔で手を振り気にしない様子。
「犯人は好美おばさん辺りか!」
頬杖をつきながらまるでドラマの犯人を確信した探偵の様に優斗は情報源を一瞬で言い当てる。
「そうだい私だよ。文句有るかい優斗!」
そんな言葉を言いていたのか若干怒り気味に急に後ろから言われ、優斗が振り向くと好美と幸子が居た。
「さて朝食作るけど、手伝ってくれる人は居るかしら」
そんな幸子の言葉に皆がテーブルから立ち上がり、テキパキと働き出すが好美は、逆に座りコーヒーを飲み始めた。良く自分の立場が解っている。
途中千歳と実咲が起きて来て、手伝うと言ったが昨日も二人で食事を作っていたので、好美が捕まえ一緒にコーヒーを飲み始めたが、もちろん文句を言うものは居なかった。
朝食が出来ると起きて居る者から順番に食べて行く。
優斗と茉由奈はさっさと食べ、一度流しが食器で埋まる前に洗い物もしておいた。
その後は子供達と庭で遊び、一度優斗が居間に向かう。そこには朝食最後組となっていた、敵主力達が居たが優斗は何も言わず、近い縁側に座る。
既に太陽は強く照り、今日も残暑が続く事を知らせている。
「優斗珍しいわね。帰るまで近寄って来ないのかと思ってたのよ」
朝ごはんの会話にはそぐわないが、博子が明らかに嫌味を交えながら話し掛けて来た。
「別に避けてた訳じゃ無いからね。ちょっとこの後用があるし……」
そんな博子の顔を見る事も無く、優斗は縁側から夏の海を眺めながら答える。
「二人共昨日の様な言い合いはするなよ」
章一が主に博子向かって言った。それ以外は実に静かな風景だった。
「解っています。所で優斗今あなたは、どんな仕事をしているの?」
口調は冷たいが今度は、いつもの嫌味はない。
「別に普通の仕事ですよ。小さな会社で主には営業ですかね。まあ何でもしますけど」
対する優斗も穏やかだが、今だに視線は外を見ている。
「篠崎家の十三代目が、頭を下げる仕事とはね……ごちそうさま」
最後に捨て台詞を言ったのは、彩香だったがそのまま部屋を出て行ったので、章一郎すら注意する暇は無かった。
「彩香ちゃんは、何かあったのかしら? 来た日から、機嫌が悪いんだけど……」
幸子が食事の終わった章一郎達にお茶を注ぎながら言ったが、親二人は返事もしない。
「飯食ったんなら、じいさんと親父に話が有るんだけど」
優斗の言葉に一瞬周りが凍り付くが、本人達は気にしない。
「なんだ? っと聞いても良いが、ここでは周りがうるさそうだから、場所を変えるか」
章一が言って三人で移動するが、どの部屋も子供が遊んでいたり、掃除していたり、朝寝をしていたり、して結局人の居ない所は庭ぐらいだった。
「何か周りの思い通りと言った所かな……」
章太郎が周りを見渡しながら言うと、あちこちガサゴソと人の気配がする上、更に縁側に幸子が茉由奈を連れて来て座る。
「私達はその話聞く権利有りますよね」
堂々と幸子が茉由奈と並び座り三人に向けて語る。
「ばあちゃん……まあ良いよ。みんなから和解しろって言われた……あんた達はどう……思うんだ?」
話し始めた優斗は一瞬渋そうな顔をしたが、幸子には反論も出来ずに話を進める。
「元々優斗、お前の方が私達を嫌って出て行ったんじゃ無いのか?」
章太郎も気にしない様子で答える。
「それはその通りだけど、あんた達も俺の事は良くは思って無いだろ?」
「それはまあその通りだな、あれだけ文句を言われてその上消えた奴を嫌うな、という事は中々出来ないものだからな」
「じゃあ和解は無しと言う事になるのか?」
ぐうの音も出ない事を言われ、優斗が苦し紛れに言う。
「それはお前の出方次第じゃないのか。それよりも自分はどうなんだ? 和解をするつもりは有るのか? それとも周りが言うから仕方がなくか?」
この言葉は心に痛みを覚えるほどの衝撃が優斗には有った。
「どちらともと言えるかな……マユもそうして欲しいって言うし……その方が良い事も解ってる……」
優斗は囁く様な小さな声で呟く様に答える。
「すまなかった許してくれないか」
章太郎達二人は頭を下げていた。
「なんなんだ! いつもそうやって、自分達だけが罪を負って」
優斗は章太郎を掴み、今にも殴り飛ばしそうな勢いだった。
「お前が望んでたんじゃ無いのか? 私達が頭を下げるのを」
章太郎が優斗の手を優しく放しながら言う。
「そんなんじゃない……何でいつも言い訳一つ言わないんだよ……あの時だって……母さんが死んだ時も何も言わずに……」
優斗は泣きながら、章太郎の足元に崩れ落ちる。
「優斗何か知ってるのか?」
「もちろんだよ! 父さんがあの時仕事に戻ったのは、造船所で事故が有って重体の人間が出たからなんだろ! じいちゃんはちゃんと直ぐに総合病院に検査の予約をしてたんだろ! そんなの後からちょっと調べれば直ぐに解ったよ! なのにあの時は、そんな事一つも言わないから腹立って……」
跪いている優斗は庭の芝に涙を落としながら語っていた。
「そう……だったのか子供扱いしたのが悪かったのか……ちゃんと言ってやれば……良かったんだな」
章一も涙を流し、しゃがみ込み優斗の顔の高さで言った。
「すまない優斗。ワシも予約だけでなくその時に検査に連れて行けば……」
黙っていた章太郎が涙ながらに言って。
「いや俺もあの時公園に残して行かなければ……スマン」
章一も擁護した。
「謝っても死んだ人は帰って来ない。そんなのはあの時から解ってた。でもその本当の言葉が聞きたかったんだよ。それにどっちも母さんが断ったんだろ? そういう人だったし、父さん、じいちゃんごめんなさい」
優斗が話し終えると、後ろから声がする。
「じゃあなんだい、私達はそんな事で八年間もあんたらのご機嫌に付き合わされてたのかい?」
声の主は幸子だった。
「ばあちゃん?」
三人が振り返るとにこやかだが、恐怖を伺わせる表情の幸子が居た。
「そこに座りな! あんた達は前々から、家族なんだからちゃんと話し合いなさいって言ってるでしょ! 大体皆相手の事を思い合っての事じゃないかい!それで……仲直りはするのかい?」
篠崎家最強の人物が本当の姿を表した。そんな怖さを知っている三人は幸子の前に正座した。そして三人は互いの顔を見て。
「あのう……」
「まあその……」
「何と言いますか……」
誰もが蛇に睨まれた蛙のように三人共言葉を探すが誰も出てこない。これだけ騒ぎの原因となっていた筈の三人にはもう見えない。
「ハッキリしなさい!」
穏やかな幸子の口調だが三人は恐れる。
『はい。仲直りします!』
幸子が業を煮やし床を叩き、聞くと三人はまるで怒られた子供のように背筋を伸ばし、同時に同じ言葉を放った。
「じゃあ皆に謝りなさい」
幸子がそういうと、あちこちから皆が出て来てそれぞれが楽しそうな顔やつまらそうな顔や怒っている顔をして居る。
結局年寄りも子供も全員が隠れて居て、三人が正座して居る前に集まる。
三人は呆れながらも、もう反論は出来ないとばかりに深々と頭を下げる。
「皆様我々の事で八年間も」「ご迷惑をお掛けして」「申し訳ございません」
三人が決めてもいないのに順番に言い謝る。
「よしっゆるしてやろう!」
総馬が三人の前に、駆け出し偉そうに答えると、そこに集まった皆が一斉に笑い始めた。
「総馬グッジョブだぜ!」
「あやまってるんだから! しょうがないから、ゆるしてやんないとなぁー」
「あはははっ総馬最強! 嘉樹。あんたより上だよこりゃ」
嘉樹が褒めると、総馬は明らかに上から言い、好美が笑いで涙を流しながら讃えた。
「めでたいなーめでたいなーめでたいなー」
賢治が酔っているかのように、泣き上戸になっていた。
「じいちゃん何泣いてんだよ。朝っぱらから酔ってんのか!」
「啓吾! 飲んでねよ! めでたいじゃないか!」
仲良く孫と祖父が喧嘩をしている。しかしそんなのも名物となっているのでみんなが笑っている。
「じゃあ、めでたいついでに、茉由奈ちゃん発表しちゃえば!」
実咲が茉由奈の隣に来て、立ち上がらせて楽しそうに言った。
「ちょっと待って下さいよ実咲さん……それは落ち着いてからでも良いんじゃないかと思ってるんですけど……」
急に茉由奈が声を出したので、周りは驚いて静かになる。もちろん注目は茉由奈の元に。
「どうしたのマユ何かあるの?」
やっと許されて立ち上がり、優斗が茉由奈に近付き聞いた。一番心配している優斗の表情。それが今は茉由奈のすぐ近くに有る。
「赤ちゃんが……」
「やったー孫だー!」
「違う俺の孫だ!」
「何より私のひ孫よ!」
茉由奈がお腹を抑えながら小さく言うと、まず喜んで叫んだのは好美だったが、直ぐに章太郎が訂正しながらも万歳していた。そして最後には幸子が飛び上がっていたが優斗は、時間が止まったように動かない。
「どうしたの? ユウちゃん? 嬉しく……無い?」
周りのことを聞かずに茉由奈は優斗の表情だけを見つめ続けている。意味の分からない恐怖が有る。
「ほ……ほ……ほ……本当に……」
「えっとこっちに来る日、朝から体調悪くて言われた通りに病院行ったら、そう言われて……でもそれから忙しくて伝える暇が無くて……」
茉由奈は説明している間に、優斗に抱き締められて居た。それだけで茉由奈はほっとしていた。
「という事は三十七人目の家族と言う事になるのかな?」
陽次朗が改めて、一人ずつ顔を指差して数える。
「許さない!」
遠くの方から見ていた、彩華が駆け寄って来て叫んだ。
「彩華ちゃんもさ、もうユウ君の事も茉由奈ちゃんの事も認めてあげなよ。何をそんなに意固地になってんのさ」
またかと一つため息を付いて、好美が諦めるように彩華に言う。
「好美おばさん違うそうじゃないの! 優斗! 茉由奈ちゃん! 何もかもまとめておめでとう。元々認めてる! 意地悪言ってゴメン! だけど三十七人目は譲れない!」
「取り敢えずありがとう。だけど彩華意味が解らないんだけど……?」
話し方は怒っているが素直に祝福する彩華に、優斗は礼を言いながらも疑問の表情で聞く。
「お母さん! 優斗達が章太郎おじさんに許されるなら、私も結婚するよ」
今度は振り返って博子の方を向いて彩華は語る。もう周りは意味の分からない事の境地に居る。
「ちょっと待ってよ! 彩華それはそれとして、別にしておいてよ」
「博子何がどうしたの? ちゃんと説明しなさい」
イマイチ全員が状況が掴めず、疑問符を浮かべている時に幸子が落ち着き聞き、居間で話す事になるがもちろん周りには家族中が注目している。
「ではまずは解りやすく説明しなさい」
今まで発言の少なかった章一がまず口を開いた。
「じいちゃん! 私結婚したいんです! でも相手が普通の家の人で、しかも中堅企業の営業職だからお母さんが篠崎家の人が許さないって言って反対するの! でも優斗が認められるんなら、もう篠崎でも無いウチは問題無いんでしょ?」
彩華が言うが章一は、元から聞いてもいないし反対すらしない。
「博子本当にそんな事言って反対してるの?」
相変わらず穏やかな口調だが、幸子の目つきは少し怖い。
「だってお母さん! ウチは女の子二人で、上の子は出てっちゃてるしそれに彩華は生まれた時未熟児で心配で……寂しくて」
博子はもう泣き始めている。
「それで優斗を悪役にして、彩華の結婚も阻止しようと思ったのかな?」
回りにいた者全員が理解出来ている事を、章一は確認の為に聞く。
「だって優斗には悪いとは思ったけど、お父さん達とケンカしてたから丁度良いかなと思って……」
博子の言葉に皆が呆れるが、こういう人だというのも解ってるので非難も無い。
「ワシが言うのもおかしいかもしれんが、まずは優斗と茉由奈さんに謝りなさい。博子と彩華の二人共だ」
章一が一応当主らしく、この場を治めようとする。
「優斗君茉由奈ちゃんごめんなさい。数々の失礼な事を言って……」
「優斗と茉由奈ちゃん本当にゴメン! 私も駆け落ちでもすれば良かったんだけど、相方が許してくれなくて……二人の事は元々羨ましい程祝福してるから」
博子と彩華が今までの優斗達を見る表情からガラリと変わり頭を下げる。
「ちょっと怖かったですけど大丈夫です。気にしないで下さい」
正直に思った事を、茉由奈は言いながらも安心する。
「まあ二人共あまりにキャラに無い事だから、何と無く変だと思って気にしてないよ。彩華おめでとう!」
この家に着いた時から疑問に思ってた優斗も二人を許す。
「流石! 優斗だね。誕生日が三日違いの仲だけは有る! ありがとう感謝するよ! でもちょっと、とはいえ私の方が年上なんだから彩華姉って呼びな!」
「彩華やっとそのセリフが出たな。なんか安心するよ。でも予定日から言うと一学年俺が年上になるはずだったんだ! これは譲れん!」
二人は同い年だがほんの少しだけしか変わらないので、こういった言い合いは昔から良く有る事である。
「そんな事はどうでも良いけど彩華! お母さんを捨てないでよー。結婚は許しませんからね。味方も誰か居るはず」
博子は泣きながらも周りを見回すが、旦那の通彦ですら味方はしない。どうやらこちらは認めてるようだ。
「博子残念だけど、諦めた方が良いんじゃないかしら?」
幸子が自分の娘に酷ながらも、しょうがない事をお茶をすすりながらゆったりと伝える。
「諦めません! 断然戦います」
博子は徹底抗戦の様子。
「お母さんなんて居なくても結婚するからね!」
対する彩華も引かない。
「あのうーお義母さんちょっと良いですか? 実は黙ってたんですけどウチの親が新しく建てた物件に俺達と隣同士で住んで貰おうって弓華と話してたんですけど……」
そこに正直居たのかと思う程印象の少なかった、浩成が出て来て一同が解決案と思える策を言った。
浩成の実家は篠崎家よりも金持ちで不動産業をしている。
「待ってヒロ君! それは今度でサプライズ発表するはずだったでしょ」
弓華が自分の旦那に向かって怒る。
「でもこれだと彩華ちゃんはわだかまりが残り、お義母さんは悲しむだけじゃないか」
気の弱そうな浩成だが今は負けていない。
「弓華それ本当? だったらそれは良いかもしれないわね」
「もう! 驚かせようと思ってたのに」
「よっしゃぁ! じゃあ私何にも気にしないで結婚するー」
弓華は少々腑に落ちない顔をしているが、博子はもうすがり付かれていて、彩華は相手のへと電話を掛けに飛び出して行った。
「じゃあまあ問題解決として、お葬式をみんなで頑張りましょう! 昨日みたいな事はもう無しですよ」
幸子の言葉に今日は皆がそれぞれ準備を始めて行く。
夏の終わりを惜しむかの様にセミが競って鳴いている。
「優斗! 今日はお前は俺と一緒にお偉いさんに挨拶回りをしろよ」
「えーそんなの面倒だから遠慮しとくよ。マユと一緒に裏方でゆっくりするからそっちは父さん達に頼むよ」
「駄目だ篠崎家の十三代目をちゃんと紹介しておかないとな」
章一郎は若干嬉しそうな顔をしている。
「ユウちゃん残念だけど逆らえないみたいだね。私もお義父さんに賛成です」
結局優斗の言い分は通らず、記帳を済ませた客達に挨拶をして回ってる。
「次々と良くもまあ偉いさんがご機嫌伺いに来るもんだねえ」
好美が手が空いたので遠くから様子を伺って居て、そこには引っ張てこられた茉由奈も一緒に居た。
「好美おばさん……私まだ用事有るんですけど……」
「良いじゃない一人で休憩するのも暇なのよ。うーんあの一団は所縁の有る政治家軍団か……知事まで居るよ……電報だけでも良いだろうに、票集めかい。日本も平和だねぇ。優斗も関係無いとばかりに近付こうとしないけど、あららら章太郎さんに引っ張られちゃってるよ」
「えー解説者の好美さん。もう戻っても宜しいでしょうか?」
好美は楽しそうに言っているが、茉由奈は優斗達の方を見ながらも、台所が気になる様子だった。
「ったく俺はここの選挙権無いんだから挨拶しても意味ねえだろうが……父さんいつまで挨拶してないといけないんだよ」
一応営業職の優斗はそんな風に思えないような表情をしているが、人が離れた瞬間にそんな文句を言う。
「アホか弔問客が来なくなるまでだ! これが今日のお前の仕事だ。観念しろ。ほら次は民間宇宙開発関係の小栗さんだ。俺の会社も協力してるんだ失礼の無いようにな」
次の挨拶相手を見つけた章太郎は軽く優斗を叩いてる。そして次なる相手の簡単な情報を話して近づいていた。
「これでも営業してんだぞ挨拶事は得意なんだよ。小さい頃からしつけもされてるしな、あれ? あの人は俺も知ってるぞ」
二人は記帳中の小栗の元へと近付き章太郎が声を掛ける。
「小栗さん遠路申し訳ありません」
「篠崎さんご丁寧にどうも、この度はご愁傷様です」
「小栗さんどうもいつもお世話になっております」
小栗が章太郎に気付き振り返りお決まりの挨拶を交わすと、優斗は横から声を加えた。
「あれぇ? 篠崎君? どうしてこんなところに? えっ同じ苗字……ご親戚だったんですか?」
小栗は振り向き優斗の方を向くと、親しそうに話し掛けたが、章太郎と一緒に居るので解らなくなり敬語になる。
「親戚っていうか一応父親なんです」
優斗はそれまでとは違い親しそうな話し方をしている。
「どういう挨拶の仕方だ! 小栗さんどうやら優斗と知り合いのようですが、どう言った……まさか何かご迷惑お掛けしていませんか?」
「いえ迷惑どころか今回の企画に欠かせない人ですよ。何せ今回の新型機のデザインの主要人物ですから。そうなんですか親子だったんですか……驚きました」
小栗の言葉に章太郎は少々驚き、その後口を挟むことが出来なくなっている。
「小栗さんそれは言い過ぎですよ。俺はデザイナーと技術者の間に立つだけで、営業が主な仕事なんですから……って当社の企画通ったんですか!」
話している途中で優斗は気付いて驚いていた。正直に言うと今回の優斗の仕事はあんまり順調とは言えなかったからである。
「まだ聞いて居ないのかい? 昨日私の一存で決めて、連絡したんだけど君は休暇という事だったので契約はまだなんだけど……」
「本当ですか! 他社は大企業ばかりで周りは諦めムードだったんですよ! この家携帯の電波が届か無い所が多くて……ありがとうございます」
優斗は飛び上がり、小栗と握手をして場所も考えずに、喜び周りから注目を集めた。
「まあ落ち着いて……とにかくこれからも期待しているから。まずは葬儀の方に向かわせて頂きますよ」
小栗は優斗を落ち着かせて、注目がまだ続く中二人の元から離れて行く。
「優斗、時と場所を考えて行動しろ。それとお前の会社は何をしている会社なんだ?」
腕を組みながら章太郎は渋そうな顔をしながら優斗に語った。
「それ程驚き喜ぶ事なんだよ。それより自分の子の勤めてる会社の事も知らないのか駄目な父親め!」
「八年も親を休まされてたんだ当たり前だろう、嫌味は良いから答えろ」
優斗が嫌味だらけに言うが、章太郎は怒る事も無く落ち着いた口調で聞いた。
「工業デザイン系の会社。外国、特に欧州に良く有るような何でもデザインする所。小さいけど結構名前が知られるようになって来てるよ。そこで俺はデザインする人間と構造上良い物考える者の調整をして企画をまとめて営業もする。そんな感じかな?」
「知らないうちに偉くなっていたのか……」
「はははっそうなのだよ……って言いたいけどこれは下っ端の仕事だよ」
章太郎が知った優斗の仕事を誇らしく思っていた。
「茉由奈ちゃんユウ君と章太郎さん仲良さそうよ。なんか昔の光景を見てるみたい」
庭からそんな風景を実に楽しそうに見ていた好美が言う。
「好美おばさん休暇長くないですか? 仲良さそうなのは良いんですけど、ユウちゃんの言葉使いが悪いのが気になります」
そう茉由奈は返しながらも自分もちゃんと優斗達のいる方向を見ていた。
「あの二人は元々あんな風なのよ」
相変わらずの監視と解説を楽しむ好美に、茉由奈は少し呆れていたが遠く入口の方から近付いてくる姿を見て急にそちらに向かう。
「社長お久しぶりです!」
茉由奈が声を掛けたのは優斗の会社の社長で、自分も働いていたのでお互い顔も知っている。
「水浦ちゃん……じゃなかった君も篠崎だったな、社内結婚はこれが困るな。久し振りだね」
これぞ日本の中年という雰囲気の社長は茉由奈の名前を間違えそうになりながらにこやかに話していた。
「社長も遠い所来て下さったんですか? ユウちゃん何も言ってなかったんだけど……ありがとうございます」
社長も参列するとの予定が無かったので茉由奈は首を傾げていた。
「まあ他に用事も有ったんだが、篠崎君の家には驚いたな。あいつは身内だけでも契約取れそうじゃないか」
篠崎家には有名企業から送られた花が並び、周りを見ると明らかに高貴な人物達が揃っている。
「多分今朝までは、それは両方が反対しますよ。でもこれからは商売のチャンスですよ!」
茉由奈の話に社長は少し変な顔をするが、思い出したかの様に周りを見回す。
「そう言えばその篠崎君はどこに居るんだ? 昨日から携帯に掛けてるのに繋がらないんだ」
「あれっさっきまでそこに居たんですけど……誰かと話してたからそのまま案内して行っちゃったのかな?」
そう言われて茉由奈も周りを見るとさっきまですぐ近くに居たはずの優斗の姿はもう無くなっていた。
「取り敢えず受付して来るから、見付けたら忙しいだろうけど声を掛ける様に言ってくれ」
社長は優斗を探していたが、本人は章太郎と共に他の客に挨拶しながら何処かに移動してしまっていたらしく見当たらなかったのでそう言い受付へと向かう。
「じゃあちょっと探してきますね」
茉由奈は社長に気軽に手を降り別れ、優斗を探しに葬儀の行われている方へと回り込むが、何処にも居らずに家の中に入って探すと、台所でゆっくりとオレンジジュースを飲んで居るのを見付けた。
「マユどこ行ってたんだよ。やっとお父上様から、休憩して良いって言われて探したのに……」
台所に茉由奈が居るはずと思っていた優斗がちょっと膨れながら文句を言う。
「門の所に社長見付けたから挨拶してたら、ユウちゃんが居なくなっちゃったんでしょ。話が有るから声掛けてくれってさ、残念ゆっくり休憩する暇もないねぇ」
「社長ってウチの? わざわざ来てくれたのか、忙しいな本当に……」
結局優斗はほとんど休憩無しに、台所を出て行く茉由奈は残っているのジュースを飲み干して、流しに山となっている湯呑と一緒に洗い始める。
「優斗? もう戻って来たのか……さっきまで休憩させてくれと、うるさかったのに」
再度近付いてきた優斗を章太郎が見つけた。しかし優斗は挨拶回りに戻った訳ではなさそうに辺りを見回していた。
「ウチの社長が来てくれて、俺を探してるみたいなんだよ。父さん見なかった?」
「残念ながらさっき子供の会社の事を知った駄目親は、その社長さんの顔を知らない。ちょっと考えたら解るだろ、それよりもう直ぐ時間だから急げよ」
「参ったな忙しくて嫌になるよ」
優斗は葬儀を行う部屋の方に向かうと、庭で偉いさん方が挨拶を交わしている中に社長を発見して近付くと、向こうも気付き近寄って来る。
「篠崎君探したよ。……この度はご愁傷様です。すまない順番を間違えたな。それよりもあの計画ウチが勝ち取ったぞ!」
「社長遠い所ありがとうございます。それはさっき聞きました。実は小栗さんが父の知り合いで来ています。探しますから挨拶して下さい」
「篠崎君僕がどうかしたのかな?」
優斗の後ろには丁度、小栗が居て自分の名前が出たので声を掛けて来た。
「小栗さん、タイミングが良くて驚きましたよ。ウチの社長が来ているので挨拶を……」
「あなたが小栗さんでしたか、お電話では何度かお話をしてます。こちらでお会いできるとは思っていませんした」
「そうですかお会いするのは、はじめてですね。宜しくお願いします。僕と社長さんと篠崎君が居て後は書類が有ればこの場でも契約出来ちゃいますね」
優斗が話している途中で社長は割り込み、握手をすると小栗は冗談で言ったようだが。
「書類なら有ります! 篠崎君に最終確認をして貰っておいて、戻ったら直ぐに小栗さんの所に行こうと思っていたので……」
社長は持っていた鞄から、ファイルを取り出して言った。
「でも社長さん今は篠崎君に悪いですよ」
「俺はまだ少し時間が有るので大丈夫ですよ。何なら静かな場所でお話し出来ますが……もちろん小栗さんが次の機会にと言えばちゃんとした時間を作ります」
「こちらとしては納得していて、周りも契約を急かされて居るので有難い話ですが……篠崎君良いのですか?」
「もちろんです。何か今日は良い事が続いて居るんですよ。故人が幸運をもたらしてくれているんですかね?」
優斗はそう言って、今日は使っていない章太郎の書斎に案内する。途中で章太郎に会ったので、部屋を使う事を伝えた。
その部屋は書斎と言うには広く、奥には重厚な机と椅子手前には、応接セットまで有り両側には、専門書の並ぶ本棚が連なる。
三人は手前のソファに向かい合って、座り社長が書類を出して確認する。
「何度も確認しているので間違いは無いと思いますが小栗さんいかがですか?」
優斗が元々自分が作成していた書類をざっくりと確認する。
「うん。こちらも同じく何度も確認していますので、良ければさっさと葬儀に間に合うように契約しちゃいましょう!」
小栗も何度も見ている書類なので細かい所を数箇所確認して伝える。
「ではこちらが契約書です」
社長がまるで部下のように、契約書を出してお互いにサイン捺印する。
「さて契約はこれでお終いですね。では本来の目的でも有る、この機会を与えてくれた方の葬儀に戻りましょうか」
小栗が言って三人は戻る社長は、スキップをしているように足取りが軽かった。
「ユウちゃんどこ行ってたのもう始まるじゃない!」
事情の知らない茉由奈が怒りながら来る。
「うんちょっと重要契約をね……」
「重要契約?」
二人が小さく会話する中、葬儀は始まりしめやかに終わりを迎えた。
出棺の時に優斗は、その重みに優一郎の存在の大きさを思い出し涙を浮かべた。
霊柩車の出発時には、近所の人も出て来て道に並び、親族がそれぞれの車で追うので車列を見送る。
島内をワザと一周してその時にも島民は皆寂しそうに見送り、火葬場へと到着して優一郎の手紙を守れずに家族全員が泣いている。
「おおじいちゃんさよなら」
優斗は最後に小さく呟くと火葬炉の扉が閉まる。
「ユウちゃん何見てるの?」
火葬場の裏の公園で遊ぶ子供達の監視役の、優斗がベンチに座って上を向いて居るので茉由奈が聞いた。
「もうおおじいちゃんの姿が見れないのかと思うと、急に寂しくなってきちゃって……」
優斗は又涙を流していた。この数日優斗は誰が見ても泣き虫だった。
火葬場の高い煙突からは煙さえも見えない。
「そうだね」
茉由奈は優斗を優しく抱き締める。
「ゆうちゃんないてるー男なのにかっこわる!」
「うるせい総馬ー!」
「ぷっあははは! ナイスだね! 総馬君!」
後ろで遊んでいた総馬が走り回り込んで、泣いているのを見て言い、優斗が怒ったふりをして涙を流しながら笑顔で追いかけ回し、他の子供達も全員逃げる姿を眺め、茉由奈は声を上げて笑う。
その後骨を拾い家に戻り片付け等を終わらせた頃には、夕食の時間になり皆が一同に集まる。
葬儀前までとはまるで違う、家族の様に笑顔が多い食卓となっている。
「さあてこれで全て終わったという事で、乾杯の挨拶は誰がしますかな?」
全員が集まると同時に、いつもの調子で好美が話し始める。
「好美おばさん元気やなぁ……乾杯と言うのもどうかと思うし……まあ何にしても挨拶は章一じいちゃんじゃないのか……?」
偶然好美の向かいに座った啓吾が、みんなの思いを言葉に出した。
「ワシはもう遠慮しておくよ。章太郎任せた」
「私も、もう挨拶疲れしたので誰か他の者に……優斗お前で良いんじゃないか?」
「それが良いかもな!」
二人が断って面倒な役回りが、優斗に回り嘉樹が賛同の声を上げ異論も無かった。
「えー俺なのかよ! 何でなん?」
「そりゃまあ十三代目だからねぇ」
「そうだ! ユウ君! 頑張れよ!」
本人だけが反対したが立場を一転させた彩華が言い、好美が楽しそうに優斗を掴み立ち上がらせる。
「じゃあまあ長いと飽きるから一言だけ。おおじいちゃんのおかげで、みんなが集まって楽しかったよ。ありがとう!」
優斗が手紙の約束通り笑いながら言った。
「ありがとう!」
そして皆も次々と笑いながら言う。
「ゆーとー良い乾杯の音頭だったぞー」
「賢治じいちゃん、もう酔ってんのかよ。勘弁してくれよ」
「優斗。ワシも賢治と同じ意見だ良く言った!」
賢治はいつもように泣きそうになっていたが、顔は笑っていて章一すら笑顔だった。
「もう一つ! 俺の子供に! 乾杯!」
「じゃあ私の結婚にもだよ優斗ー!」
今日の彩華はにこやかにビールを片手に笑っていた。
「こりや葬式の後とは解らんな……まあ良いだろう、楽しければな」
章太郎がボソリと楽しそうに愚痴た。
「じゃあついでにウチの会社の契約成立にも!」
「おうよ! もう何でも乾杯だねこれは」
「そうまにもだー!」
もうただ誰でも何でも乾杯をしている
「私も家族みんなに乾杯!」
茉由奈がその場の勢いで言うと皆が黙り注目し何かを間違えてしまったのかと思いうつむき静かに座る。
「良いわね。それ」
幸子がそう言うので茉由奈が顔を上げ順に見回すと皆笑顔で頷いている
「私にとっては茉由奈ちゃんはもう娘だよー! だからユウ君! ウチの子、幸せにしないと許さんからね!」
「はいよ。解りましたよ。好美お義母さん!」
「ありがとうございます。こんな嬉しい事有るんですね……」
隣から好美が抱き締めて優斗も否定しないと茉由奈は涙ぐみながら返した。
「でもね……遺言だから泣くのは無しよ。笑いましょ!」
好美が優しく言うと、涙を浮かべながらも茉由奈は笑顔になっていた。
「よっしゃぁー優斗! 良いぞ! 飲めー!」
嘉樹と帆乃花の兄弟が缶ビールを持って来て、優斗の目の前に山の様に積む。
「流石にこんなにアホみたいには、飲めんわい!」
二人共冗談で持って来ているのを優斗も承知しているが、構っておかないとうるさいので答えておく。この二人はいつどんな状況でも、楽しそうで何とも羨ましい。しかし困ったことに嘉樹の方は何も聞かずに缶を開けて行く。
「まあ篠崎家からビールをとったら、長ったらしい先祖くらいしか残らないんだからそう言うなよ!」
帆乃花も優斗に顔を近付け睨み付けながら、既に酒臭い息で失礼な事を伝えて来た。
「二人共子供の面倒も見ないで良いのかよ? 駄目親じゃないか!」
優斗も負けていない程失礼な事を言って、隣に座っている茉由奈が戸惑っている。
「大丈夫! 我が愛しの旦那様のあっ君は酒が飲めないので、いつも子供係なのだ! 今日はなんと強い味方の基紀もいるから安心! それにそのうち優斗も私達の仲間入りさね……」
それを聞いて優斗が子供達が集まっている方を見ると、何とも微笑ましい程楽しそうにそして上手に篤が遊んだりご飯を食べさせたりしていて基紀もそれを手伝っていた。
「どちらかと言うとあっちの仲間入りしたいもんだね……」
優斗がため息を付きながら気の毒そうに言う。
「そうしたらユウちゃん子供係で、私がそのうちこっちの仲間になりましょうか?」
戸惑っていた茉由奈も慣れて来て、両方を交互に見て言い放つ。
「もちろん茉由奈ちゃんでも大歓迎だ! 千歳さんも美咲さんも亜依でさえ付き合い程度しか飲まないから女が少なくてなぁ……」
直ぐさま嘉樹が賛成して愚痴を付け加える。
「お前ら良い加減にせんか! 幾つになったら大人しくなるのよ」
馬鹿兄弟の頭をがっちりと掴み、超恐い声で叱ってるのは二人の母親の由佳だった。二人はそれで急に静かになり、遠くへ連行され由佳のみ戻って来ない。優斗は昔っから良く見た光景を懐かしくも、笑いながら見ている。
「優斗君、毎度の事ながらうちの阿呆どもが失礼したね……茉由奈ちゃんもごめんね」
信康が二人を呆れながら見て優斗と茉由奈に謝る。
「そんな事は有りません。嘉樹さんと帆乃花さんは、話してると楽しくて好きです」
茉由奈が正直に即答する。
「今回は結構二人とその周りには助けられたしね」
同じく優斗も二人の事を褒める。
「優斗君それは中立にいた私達夫婦への嫌味なの? 二人が誰に似てあんなのなのかは解って言ってるんでしょうね」
言葉は優しいが由佳の目元は怒りによるものから優斗を凍りつかす。
「こらぁ! お前もあいつらより悪い事を言ってるじゃないか……優斗君その事については悪いと思ってる。すまない」
凍り付いた優斗を信康が暖かい言葉で救う。
「信康おじさんと由佳おばさんも今回の状況なら仕方が無いよ。俺も悪かったんだし……こちらこそ申し訳ありません」
優斗が素直に謝ると由佳が頭をポンポンポンと三回程叩く。
「あなたは相変わらず良い子なのね! うちの奴らにも少し分けて欲しい程だよ」
今度は優しい口調で由佳が褒める。
「まあ、あんな奴らとこんな中年と最強の孫を宜しく茉由奈さん」
最後に信康は孫の事だけは褒めて、妻を連れて行く。何か急いでいる様に見えた優斗が、その後ろに居た姿に気が付いた。
そこには今日の朝まで徹底的に攻撃して来て居た、彩華が順番待ちの様に並んで居た。
「優斗邪魔だ!」
一言だけ述べると彩華は優斗の答えも聞かずに、横に蹴り飛ばし空いた席に座る。
その光景に茉由奈は目を見開き固まっていた。
優斗の隣には元は敬吾が居たが丁度席を立っていたので転がって起き上がると自分のビールや食べ物が寄せられたのでそこに座る。
「あのう……彩華さん何でしょうか?」
茉由奈は少し怯えながらも自分の方を見つめている彩華に聞く。
「茉由奈ちゃん今朝も言ったけど沢山意地悪な事を言ってごめんね! 私達きっと仲良くなれるはずだから嫌わないで」
彩華が抱き付きながら言うが、茉由奈は急な事で言葉が出て来ない。
「驚いてるとは思うけどマユそれが彩華の本当の姿だよ」
呆れながらも優斗が目の前の煮物を食べながら伝える。
「そうなのよ……この子はこんなのなのよ。昨日までのは嘘だから忘れてね。ちなみに優斗とも超仲良しだったのよ。姉の私よりもね」
茉由奈の隣にはいつの間にか弓華まで来て居た。
「優斗は弟みたいなもんだからだよ! でもこいつなんかには茉由奈ちゃんは勿体無い。何か有ったら私に言ってね、きっちり説教してあげるから」
優斗の事を後ろ指で差しながら実に親しげに話す。
「茉由奈ちゃんこの二人は高校も同じ所で優斗の野球の試合ブラスバンド部にまで入ってを必死で応援するわ、仲良く話してから付き合ってるって噂も有ったのよ」
弓華が二人の全く思い出したく無い過去をざっくりと掘り下げた。
「二人付き合ってたの?」
茉由奈はやいてる訳では無く楽しそうにも見える顔できいた。
『ないないない』
優斗と彩華は一度顔を合わすと吹き出し、笑い終えると真剣な顔で否定の言葉を吐きそのどれもが見事な程に同時であった。
「あはははっ! 久し振りに同じ動きをしたね、そんな事だから噂が上がるんだって」
二人を見て弓華は腹を抱えて後ろに倒れ込む。
もちろん二人の付き合ってるのは全く真実では無い噂にしか過ぎない。
そして優斗と彩華は昔から良く行動又は言葉若しくは仕草なんかを、自然に合わせて周りを和ませていた。
「弓華姉それはしょうがないよ……子供の時は良く顔を合わせてたし、それこそ赤ん坊の時は大人達に面白がって双子みたいに育てられてたそうじゃないか!」
優斗は呆れた様にも怒ってる風にも、聞こえる言い方だった。
「全く面倒な話だよ!」
「それはこっちの台詞だよ!」
「私の方が年上なんだから優斗が悪い!」
二人は今にも噛み付きそうな勢いだが時に笑顔も見え、周りも微笑んでいる。
「ユウちゃんと彩華さんって本当に仲良しなんだね!」
その言い合いを見て茉由奈は笑いながら見つめている。
「茉由奈ちゃんこんなのほっといてもっと話そう……それと彩華さんは辞めて、家族だし優斗と違って年上でしょ」
彩華は優斗を軽く突き飛ばして、茉由奈の両手を握る。
「ありがとう! 良いわよ! 彩華ちゃん! よろしくね」
茉由奈は嬉しそうに元気良く握られた手を振り回し答える。
「私の事も弓華姉でお願い!」
弓華が茉由奈の後ろから顔を出して言うと、どこからともなく帆乃花が飛んで来て優斗を吹き飛ばす。
「そう言う事ならば! 私もそっちが良いよぉー」
帆乃花が言うと亜依と美咲や千歳まで同じ様に読んで貰いたいと寄って来る。
「仲良さそうだなぁ……何でか俺があぶれちゃってるけど」
順に席を移動させられ優斗が寂しそうに賢治にビールを注ぎながら愚痴る。
「茉由奈ちゃんでもね、私が優斗の応援してたのは甲子園でトランペットを吹きたかったからなの! なのにあいつは三年の夏を待たずに姿を隠しやがって……奴が居ないとうちの高校なんて一回戦負けが確実なのに、本当に帰って来たら切り刻んで鯛の餌にでもするつもりだったのに命拾いしたわね」
口の悪さは彩華は元々のようだと茉由奈は思っていた。
「せっかく応援してくれたのに駄目な夫でごめんなさい。しかしそれは良かった。餌にされなくて……でも何でなの?」
冗談だとは解りながらも、茉由奈は彩華の話に付き合う。
「そんなのは決まってるやん! 茉由奈ちゃん連れて来たから! 馬鹿優斗にしてはこんな事は二度と無いもんね! ありがとう」
彩華は優斗にでは無く茉由奈に礼を言っていた。
「ほんまにねぇ優斗には出来すぎた嫁だと思うよ。あんなの捨て去って基紀の方に来ない?」
柄に無い事を千歳が言うので、周りが少し驚き茉由奈が困る。
「千歳姉も冗談言う事有るんだね。びっくりしたよ……」
普段は冗談ばかり言う帆乃花が真面目な顔で答えて、やっと周りが笑い始めた。
女達の笑い声が響き、子供達は飲まない者達が風呂に入れ順番に寝かしつけて行く。
茉由奈の楽しそうな顔を眺めながら、優斗は微笑ましくも寂しそうに賢治達とビールを飲む。
「私から見てたら彩華は優斗にある意味で惚れてたね!」
又もや千歳が爆弾を落とし良く見ると、もう既にかなりの量を飲んでいる様子で上機嫌で語っていた。
「千歳姉そんな事は断じて無い!」
「確かに二人は仲良かったけどそういう風には私は見えなかったけどなぁ」
「うーん。確かにユウ君は人気者だったけど……」
彩華が机を叩き立ち上がって叫ぶが、それは照れとかでは無く本当にそう思っている。そして帆乃花が腕を組み遠くの方を見る様に、昔を思い出し否定する。更には好美も楽しい事が好きなのだがこれには、賛同できない様子で言葉を詰まらせる。
「もちろん恋人とかそういうんじゃ無くて……うーん、どう言ったら良いのかなぁ? 言ってみれば兄弟愛!」
その言葉を千歳が言った途端周りも納得の様子で頷いたりしている。
「そりゃそうだわ……いとこだし、はとこもその次すら家族って言ってしまう様な所なんだから、そう簡単にはこの関係は切れないよ!」
「彩華も時には良い事言うやない! 私は見直したよ」
「そうです。家族の絆はどんな物でも切れないの!」
すとんと座り彩華が当然の様に答える。それを帆乃花が褒めるが、今までどう見てたんだと彩華に怒られる。そんな彩華達を見ながらも茉由奈は立ち上がって演説でもするかの様に、強く言い放つ。
「あちらは盛り上がってるのに、なんなんだ静かだな……」
優斗達の方へ反省させられて居た嘉樹が寄って来て、その温度差に疑問を覚える。
「ほらさ、やっぱり篠崎家は女が持ってるんだよ……あれには勝てないよ」
完全敗北宣言を優斗が手を上げながらすると、嘉樹も納得した様だった。
「結局優斗も茉由奈ちゃんには勝てないのか……誰か亭主関白な人間は居ないのか!」
そこに一応子供係をしていた敬吾が来て話を聞き、助けを求めているかの様な雰囲気で愚痴る。
「俺は結構好美には強い方なんだぞ!」
もう酔い潰れて寝ていたと思っていた陽二郎が急に起き上がり話に加わってくるが、どう見てもあなたが一番弱いと皆が白い目で見る。
「まあ、それはしょうがないだろう。俺も美冬には勝てた試しがないよ……優斗よ和解の乾杯をしないか?」
今までずっと遠くで静かに飲んでいた章太郎がいつの間にか優斗の隣に座り、昨日までとは変わり穏やかな口調でビールを差し出してきた。
「父さんの方からそう言うんだったらしょうがないな……」
優斗は口ではそう言いながら顔を向けていないが少しはにかみ、軽く缶を当て合い二人はビールを飲む。
「正直優斗と酒を飲む機会が来るとは有難いな、じいさんと茉由奈ちゃんには感謝しないとな……」
「こらおっさん! 人の嫁を気軽にちゃん付けで呼ぶなよ」
「良いじゃないか! こんな息子に出来すぎた嫁が来てくれたんだから」
「なんかそればっかり言われている気がするよ……」
「しかも孫までとはな……嬉しくて飛び上がりそうだよ」
「そうかい! 俺はもう飛んで来た気分だ」
相変わらず仲良が良いとは思えない様に話し方で顔さえも二人は合わせようともしないが、確実に今朝までとは雰囲気が違い周りも微笑みながら眺めている。
「でもその切れない絆も明日には一旦お別れなのか……寂しいなぁ!」
帆乃花がちっとも惜しむ様な事も無く楽しそうにも見えるそぶりで語る。
「少しの間だけだよ! 私が直ぐに結婚式挙げるからね。みんな来てよ!」
心底楽しそうに彩華が言うと、仲良く女達は皆同意する。
「そう言えば茉由奈ちゃんの結婚式ってどんなのだったの?」
美咲が本人はもちろんこの家の者は誰一人参加していないので知るはずもない事を聞く。
「別にちゃんとした結婚式を挙げた訳じゃないんですよ。二人で一応教会に行って写真撮って来た程度でもちろん普段着だったし、披露宴も会社で私の送別会も一緒だったし……」
茉由奈は特に呼ぶ人も居なかったので、簡単に終わらせた事を伝え一斉に非難しようと声を上げようとする。
「それは優斗が駄目ね」
しかしその誰よりも前にいつから居たのか、幸子が落ち着いた口調で答えて周りはその表情に恐怖を覚えながらも同意する。
「よしそれでは! 私が茉由奈ちゃんに変わって優斗を締め上げて上げましょう」
完全に泥酔状態の帆乃花が手加減しそうもなく、強い足取りで茉由奈が止めるも目標の優斗へと向かって行く。
「帆乃花姉どうしたの? 恐い顔しちゃって……」
優斗はその顔を見た瞬間に、気味の悪いものが背中を走り言葉を無くす。
「優斗、貴様! 何で茉由奈ちゃんに結婚式挙げてないのー」
帆乃花は優斗の首を本当に締め上げている。
その手は完璧に血流と呼吸を止めていて流石に殺しかねない。どうやら帆乃花はしっかりと酔っていて全力だった。
その為嘉樹が慌てながらも吊り上げられいる優斗を帆乃花から助ける。
「いつもは冗談だったけど今回は本当に殺されると思った……」
優斗がは目を見開き泥酔殺人者帆乃花を見上げる。当の本人の帆乃花はついに限界で走り去り豪快に吐いていた。その姿を見ていた者は全員優斗が死にかけたのも忘れてケラケラと笑い始める、更に殺されかけた者は一番に腹を抱えて居る。
茉由奈はこの一家の事が心配になる。
「優斗君! 行動は間違えてたかもしれないけど、帆乃花ちゃんの言ってた事は私達の総意だよ」
帆乃花の変わりに千歳が偉そうに言う。
「どう言う事なのか誰か説明お願いします」
全く意味の解ってない優斗は、何故か敬語で聞き直す。
「つまり簡単に言うと茉由奈ちゃんにちゃんとした結婚式を挙げて挙げなさい! それとも篠崎家の十三代目は写真だけで終わらせるだけの甲斐性無しなの?」
今度は彩華が優斗に頭突きをお見舞いするかの様な勢いで顔を近付けると、激怒しているようで叫ぶ。優斗はその音量に耳を塞ぎその後茉由奈の顔を見つめて、額をテーブルに付ける。
うつむいている優斗とそれを囲む女集団でなんとも気の毒な状況。
「ったく……その事に付いてはちゃんと考えてんだけど……なんで話題に登るかな……」
優斗が突っ伏したながらも小さく答えると集団の後ろの方で茉由奈が嬉しそうに微笑んだ。
「考えてるって……?」
怒りの表情から急に罰の悪そうな顔になり彩華が聞く
「だから! 式をしなかったのは呼べる親族が居なかったからのが理由だから! そのうちにと思ってたんだよ!」
優斗は顔を上げて、集団を睨みつけ言い放つ。
「ということは……私達はお邪魔な事をしてしまったって?」
ついに彩華は視線を反らして聞く。
「ザッツライト!」
彩華の頬をつねり正面を向かせて、優斗は睨みながら答える。
「うーん、ならば宜しい! 流石は優斗……兄だよね。まあ飲みなよ」
普段はまず使わない呼び方で彩華が話を反らせてビールを注ぐ。
その後は宴会と化し葬儀の疲れも有り、酔い潰れる者も多数発生して雑魚寝会場状態になってしまった。
優斗も同じく酔い潰れたが夜更けに起きると、水を飲み布団で寝ようと部屋に向かうがそこに茉由奈の姿は無く庭の方を見ると、昨日の自分の様に座って月を眺めていた。
「そんな所に居たら冷えるだろうが」
叱りながら優斗は茉由奈に上着を掛ける。
「ありがと」
茉由奈が振り返りニコリと笑う。
「そんなに嬉しいのか?」
「もちろん! ユウちゃん優しいし、家族が沢山出来たし、月も綺麗だし、何もかもが嬉しいよ」
「そうだな……」
優斗も隣にしゃがみ二人で月をゆっくりと眺めた。
明るく輝く月が二人を優しく包む。
優斗が茉由奈の反対側に回り込み、煙草に火を付ける。
「なんなの?」
茉由奈は理由が解らず、眉間に皺を寄せて疑問を浮かべ優斗の顔を見る。
「こっちが風下だから……」
煙の流れる方向を優斗は煙草で、茉由奈に見せながら答える。
強くはないが風は茉由奈の方から吹いて、煙は誰も居ない方に流れて行く。
「気にしてくれてるんだ……」
茉由奈は嬉しそうに笑顔で小さく言った。
優斗は照れ隠しに目線を外し空を見上げる。
「誰かさんも吸わないし……ビールも今日でしばらくはお別れかなぁ。でも煙草だけは許して蛍にでもなるから」
上を見ていた優斗は今度は逆に下を向き、次に茉由奈に手を合わせてお願いする何とも忙しい。
「さすがにパ……パパだね!」
言っている茉由奈も、言い慣れない言葉に一度言葉が詰まる。
急に爽やかな風が二人を包み込む。
しかしそう言われた優斗の顔は真っ赤になっている。
「その呼び方はまだ良いだろ……照れるよぅ」
手で顔を隠しながら優斗は首を横に振る。しかしその姿は嬉しそうにも見える。
それを見ながら茉由奈は微笑んでいる。
「お父さん……」
「言い方変えても一緒だって」
しかしその声は隣ではなく、後ろから聞こえた事に気付く。二人が一緒に振り返ると、そこには玲央が寝ぼけながら居た。声の主は玲央でトイレに目を覚まし、話し声に気付き近付いたが呼び間違えたようだった。
「ゆうちゃんとまゆちゃん……」
まだ眠そうな玲央だが、振り向いた姿を認識はしてるようだ。
「トイレかな? 玲央くん」
茉由奈が立ち上がろうとするがそれよりも前に、煙草を消して足取りも軽く、優斗が玲央の方へと歩き出す。コクリと頷いた玲央を優斗は、軽く抱き上げ寝小便をしなかった事を、褒めながら連れて行く。
茉由奈も立ち上がり縁側で二人を待つ事にする。
しばらくして二人は手を繋いで帰って来ると、玲央は茉由奈におやすみとだけ言い、今度は本当の父親の横に若干ぶつかりながら飛び込む。啓吾は一瞬苦しそうな声を上げるが、目を覚まさないながらも、玲央を抱き締めていびきに戻る。
その姿を見て優斗と茉由奈は、込み上げる笑いをこらえていた。
「じゃあまあ、いびきの合唱としますか……ママさん?」
さっきのお返しとばかりに、そう呼ぶが茉由奈は優斗程は照れない。
「私はいびき合唱には加われませんねぇ」
そう言って茉由奈は自分の布団へと潜り込んで行く。
その夜は疲れている事も加勢して家中あちこちで大合唱となった。
優斗は次の日こっちに戻ってから余り寝て居なかった事も有り、かなり遅くまで起きずに目を覚ますと、もう啓吾達が帰る準備を終わらせて、荷物が積んで有った。
しかし部屋も庭にもだれも居ないので、優斗が皆を探すと門の方から賑やかな声がするので向かってみると。
「遅いぞ優斗! 記念撮影するから速く来いよ」
後ろから走って来た嘉樹に手を掴まれる。
「何の記念なの? 葬式にそんなのは無いよ」
まだ良く目の覚めていない優斗は、文句を言いながら走り始める。
「家族が揃った記念よ! あんたが最後なんだから! 急ぐ!」
更に後から来た帆乃花にも、引っ張られて走らされ茉由奈の横に並ぶ。
「はははっ! ユウちゃん寝癖付いてる」
優斗の髪型は片方だけ豪快に跳ねている。
「本当に? ちょっと待って直してからにして」
慌て手で直そうとするが簡単には戻らない。
「残念だなもう時間が無いぞ。みんな笑え!」
茉由奈が自分の旦那の格好悪い頭を見て笑い、優斗は慌てるが既にセルフタイマーは章太郎に押されて居た。
シャッターが下りる。
撮影は優斗の抗議を受け入れられずカメラも直ぐにしまわれる。
「それじゃあ俺達も遠いし帰るとしますかね……」
啓吾達が帰るとまだ眠たそうな優斗が、誰にと言わずに伝えると。
「ゆうちゃんもっとあそぼうや!」
照れ屋の紗羅もすっかり慣れたようで、優斗の足を引っ張って言う。
「さらちゃん駄目だよ。ゆうとだって忙しいんだよ!」
偉そうに腕を組みながら総馬が反対を向いて言っていたがその声は涙声だった。
「総馬どうしたんだ? 寂しいのかよ」
優斗が総馬を後ろから持ち上げ、顔を見ると涙を流していた。
「そんなんじゃないよ! 俺は強いんだ! 男はなかないんだ!」
「違うよ。辛い時や寂しい時や喜んだ時やなんかに泣くのは弱いからじゃないよ。みんなそうなんだよ」
「ないても良いの?」
総馬の耳元で優斗が小声で言うと更に泣き始める。
「もちろん! だけど……もうちょっと遊んでからにしよう! みんなも付いて来い!」
そう言って優斗は総馬を肩に担ぎ走り始め、残ってる子供が後を付いて行く。
「ユウ君はあんなに子煩悩だったかねぇ? 基紀はいつもいじめられてなかったかい?」
「好美おばさんそれはどうなんだろう? 昔っから良く遊んでくれてたよ。でも本ばっかり読んでたのに外に連れて行かれてたからそう見えたんじゃない?」
「基紀は本の虫だからねぇ。ほれ! お前も一緒に遊んで来い」
好美は急に基紀が持っていた本を取り上げ背中を思い切り押す。
庭では意味は解らないが、取り敢えず優斗が子供達を追い掛けていた。
呆然とその光景を見て基紀は何も出来無い。
「何だよ基紀も一緒に遊びに来たのか?」
「好美おばさんの命令によって、仕方がなくね……優斗兄何の遊びなの?」
「さあな俺にもさっぱり解らんが、取り敢えずみんなが楽しそうだし……」
ルールも無い遊びに基紀は呆れる。
「あはははっ! 何それ、でもなんか面白そう! 優斗兄! 手伝うよ!」
ずっと追い掛けるだけの優斗を見て、基紀は笑い始めそして自分も参加した。
「やっぱり子供達の遊ぶ声はこっちまで元気になりそうで良いね」
好美が団扇片手にくつろぎながら言う。
「そうですね。ユウちゃん楽しそうだし」
茉由奈も縁側に座り嬉しそうに眺める。
「まだ暑いのにあんまり走ったら倒れちゃうから飲みながら遊びなさいよ」
後ろから幸子がオレンジジュースを持って来て、走り回るみんなに向けて言った。
子供達が順番に飲みに来るが、そうのうちは何故か追い掛けられない事になっていた。
しかし優斗と基紀が休憩しに来ると、子供達は面白がって次々と叩きに来て直ぐに逃げる。
「まゆちゃんもいっしょに遊ぼうや!」
「うーん、ごめんね紗羅ちゃん。私は走るのとか苦手だからね、今日は楽しそうなのを見てるだけにしとくね。代わりにユウちゃんと沢山遊んで頂戴!」
「えーしょうがないなぁ、でも今度はまゆちゃんも遊んでや! 今日はゆうちゃんだけでかんべんしといてあげるわ」
既に茉由奈にも存分に慣れた紗羅が、いまいち関西弁なのか解らない程度の訛りで嬉しそうに、話し掛け又走って行く。
そんな遊びも数時間程続くと、暑さと疲れで居間に戻って来て倒れ込む。
優斗と茉由奈は今度はもう本当に帰らないと、家に付くのが夜になってしまうので、子供達を何とか説得して帰る準備を始める。
そして尾道の駅までは陽次朗達が、好美の方の車で送ってくれる事になった。
「それじゃあ又そのうち来るよ」
優斗が荷物を積み終え見送りに出て来て居る皆に言っていると、門の方から一台の車が入って来てそれを見た彩華が走り寄る。
「皆さんやっと到着しました。私の婚約者の石浦光希さんでーす!」
元々葬式参加を拒否されていたのに、彩華に急に呼び出された石浦は慌て来たらしく仕事用のスーツで現れた様だった。
「宜しくお願い致します」
石浦はまだ状況が掴めていないのか、戸惑いながらも挨拶をした。
「取り敢えず他の人は後で紹介するとして、もう帰るらしいからこいつが、私達の結婚反対の理由とされていた年下の! いとこの優斗と茉由奈ちゃんで、今は味方だからね」
彩華が優斗は指差して、茉由奈には仲良さそうに腕を組んで石浦に紹介する。
「なんか気に入らない紹介の仕方だけど、同い年の彩華を宜しくお願いしますね」
横目で彩華睨みながらも、優斗は石浦に笑顔で挨拶を交わす。
「はじめまして。彩華ちゃん格好良い人だね、私達は結婚式には呼んでもらえるの?」
あれ以来何かと茉由奈は彩華に話し掛けられ、仲良くなっていたので聞いた。
「んーやっぱ茉由奈ちゃん良い人だね! もちろん呼ぶから来てね! 優斗もついでだから呼んであげるよ!」
彩華は婚約者を褒めた茉由奈に抱き付き喜ぶ。
「じゃあ俺達はもう帰るから……石浦さんそのおてんばを宜しく。彩華! 有難くも式には出てあげるから招待状ちゃんと送れよ」
車に乗り込みながら優斗が手を降り、一応二人を祝福した。
「彩華ちゃんじゃあ又ね。次は結婚式の時かな?」
茉由奈が彩華向かって、別れを惜しんでいる。
「うん。その時は多分尾道だから街を案内するね。優斗はあんまり知らないはずだし」
二人は手を握り合い、まるで親友の別れの様に泣きそうな勢いで彩華が言った。
「あのさ彩華ちゃん……その事なんだけど電話くれた後、直ぐに異動の辞令が有って……今治の支社勤務になったんだ」
石浦が何故か申し訳なさそうに言うと、一同は静まりかえった。
「よっしゃあー」
静寂の中で博子が飛び出して、彩華に抱き付いて言った。
「お母さんちょっと苦しいよ」
博子は絞め技はかなり強かった。
「良いじゃないあなたも今治から出て行かないって事よね。それなら誰も結婚反対なんてしないわよ!」
「そうね! 別にどっちでも結婚出来れば問題ないよ」
親子二人で涙を流しながら飛び上がり喜んでいる。
「石浦くんだったよね……彩華の父親です。あの二人の息が有ってしまうと周りが大変なんだ……お互い協力して何とかしのいで行こうな……」
普段博子の後ろで存在が薄い通彦がため息と共に呟く様に言うが、その言葉に結婚への反対は無かった。
「はい。お義父さん宜しくお願いします……」
呆然とする石浦は既に言葉を無くしていた。
当事者四人のテンションは、完全に二分されていた。
「一件落着で良かったけど、陽次朗おじさん俺達はいつになったら出発出来るんだろうね?」
「さあね今日中だと良いけどねぇ」
「どうなる事やら……」
優斗と陽次朗が既に乗り込んだ車の中で会話するが、二人の嫁は彩華達の祝福に参加していて、近付いて来る気配は無い。
その日の内に他所から来ていた者達は帰路につき、家の中は夢だったかのように静まりかえっている。
そんな家の居間で幸子が、出来たばかりの写真を見ていた。
「良い式に成りましたよね」
優一郎の祭壇に写真を見せる。
その写真は誰もが同じく笑顔で並ぶ。
そして最前列の子供達が持っている新たに作った遺影も笑っていた。
おわり。
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