起点

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ーーー 「ではお疲れ様です」 私は定時になると即座に帰り支度をしそう告げた 「佳純!」 「…お疲れ様」 声を掛ける菜穂を振り払うかのように挨拶を交わし私は会社を後にした 思えばーー 最近菜穂とはすれ違ってばかりな気がする… 私が悪いのはわかってる だけど…どうしようもないんだよ… 暗い面持ちのまま電車に乗り込み、窓ガラス越しに映る自分を見ながら思い耽った …翔介さん。会いたいよ そんな思いを抱えたまま父の病院へ向かうのが段々嫌になってきた 「はぁ…」 駄目だ…今日は帰ろう… 溜め息を吐きながら徐に、ポケットに入っていた名刺を取り出した ウェルズホールディングス代表取締役 鳥谷 竣介 名刺にはそう記されていた ……ーーーウェルズホールディングスと言えば、私でも知ってる大企業だ 確か数年前に飛ぶように売れた有名なお酒があった 【さやあわ】とかいう名前で爽やかな泡がウリなんだと女優がCMでやってたなぁ そんな企業のトップに立つ人なんだ…そりゃああの威圧感も納得だよ… でも…避けては通れない道だもんねーー 電車を降りた私は足早に家路を急ぐ 家に着くや否や服を雑に脱ぎ捨て手洗いうがいを済ませる そのまま名刺を片手に携帯を構えた 名刺に載ってる番号を入力し、恐る恐る発信ボタンを押す … …… ……… …………出ない 仕事中なのかな… 正直、出なかった残念さよりも安堵の方が大きい しかしその瞬間に折り返し着信が鳴った 「あっ!」 すぐさま通話ボタンを押すと、少し低い声が耳元に響いた 「どちらさまでしょうか?」 第一声でどんな人物かわかる… 威圧的で高圧的な…他人を寄せ付けない声 私が営業先の人とかだったらどうするんだろう… 「あの…今日名刺をいただきました花井佳純といいます…今お時間大丈夫ですか?」 少しの沈黙が流れた後、鳥谷さんは思い出したかのように言った 「ああ。君か」 心なしか話す物腰が柔らかくなった気がする 「先程は名前すら言わずにいてしまってすみませんでした…」 正直事態の把握をするのに精一杯でそれどころじゃなかった 「気にしないでいいよ。花井さんというんだね。覚えておこう」 続け様に彼は尋ねてきた 「折角だし会って話がしたいんだが、どうかな?」
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