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ーーー 寺尾勉 50歳 俺はーー 幼い頃からなんでも要領よくこなしてきた 自分の持ち味とも言える人柄の良さで、俺はこの会社で課長という位まで上り詰めることができた 誰だって併せ持つ表と裏の顔 俺はそれを、器用に使い分けている 家では良き夫 会社では良き上司 そして夜には良き浮気のパートナーとして 完璧にこなし続けてきた だが、人生は至る所に落とし穴がある 足を踏み出し踏み抜けば 一瞬のうちに奈落へと突き落とされる それを知っているからこそ 慎重に、石橋を叩くように、探り探りで歩みを続ける 「ただいま」 「おかえりなさい」 妻はいつもこうして俺を優しく出迎えてくれる これも普段の俺の努力の賜物だ 「今日は早かったのね」 「ああ、珍しく仕事が早く済んだよ。最近とても忙しかったしたまにはね」 「…無理しないようにね。先にご飯?」 「そうだね。今日は先にご飯にしようか」 着替えを済まし食卓へ向かうと、既に料理が出来ている 流石できる妻だ、夫の帰宅時間が何時であろうとそれに合わせてしっかり用意してくれている 「いただきます」 うん、今日も煮魚の味付けは完璧だ 付け合わせのフキも出汁の味がしっかり利いてるね …この手料理を食べられなくなると考えたら 離婚するという選択肢はやっぱりないな 「ちょっといい?」 夕餉を摂りながらテレビを観ていると、妻が突然話しかけてきた 「…どうしたんだ?」 こういう空気になると、いつも警戒してしまう しかしこういう時こそ気丈に、平然と振る舞うのが一流の遊び人だ 「…あのさ、こないだパパのスーツの中からこんなのが出てきたんだけど」 何か入れっぱなしだったか…!? 心臓がヒヤリと凍りつく感覚に襲われる が、あくまで平静にソレに目をやった 「これ、ポケットティッシュよね?洗濯の時に困るから入れないでって言ったじゃない」 安堵の溜息を喉の奥で押し殺し、返した 「ああ、気をつけるよ。ごめんごめん」 「気を付けてよね本当に」 …フゥ 今日も無事に穴を乗り越えた 人生はこんな事の繰り返しだ。今更怖気付いたりはしない この穏やかなひと時も、身を焦がすような熱い夜も、好きに立ち回れる今の地位も 穴にハマるようなみっともないヘマをやらかしたりはしない 全て…守り抜いて見せる
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