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ーーーー 街灯がぼんやりと光る宵闇 男は陽気な足取りで、自分の住むマンションのエレベーターへと乗り込もうとしていた 冬の寒さなど意にも介さず上着を着崩し、手に持つ鞄を振り回しながら、赤らんだ頬で 「…あれっ?」 それを待ちわびていたかのように、エレベーターの前で彼女は言った 「お疲れ様です。随分遅かったですね課長」 「花井ちゃんじゃないのー。どしたんだい?こんな夜にぃ」 「へぇ…何してたかと思えば…飲んでたんですね今まで」 「そなの!聞いてよ花井ちゃーん。俺さあ!会社クビになっちゃったんだよー!ほんともうさぁ、参っちゃうよなぁ?!慰めてよー」 「わかりました。ちょっと来てもらえますか?」 「えー?どこ行くのー?」 彼女は男の手を引き、無言で歩き続ける 辿り着いたのはマンションの近くの小さな公園だった キョロキョロと辺りを見渡すと、ちょうどいいところに誰かが置いていったであろう砂場遊びに使うバケツがあった 彼女は蛇口を捻りそのバケツ一杯に水を注ぐ 「まずは目を覚ましましょうね」 そのままその水を、目の前にいる酔っ払いにぶっかけた 「ブッ!!な……何!?」 「目覚めましたか?」 「何やら傷心してやけ酒してた様ですが、貴方にそんな権利はありません。全部自業自得ですから」 「ど…どしたんだ?花井」 少し酔いが覚めたのか、男の口調が元に戻っていた 「もしクビになったらもう会うことも無いと思うので直接貴方に言おうと思って来たんです」 「…な…何を…?」 男のネクタイを引っ張り、彼女は言った 「いいですか? 今後二度と! 平井咲子さんを傷付けるような真似はしないでください 何をすれば傷付くか、どうすれば悲しむかはご自分で考えて下さいね もし彼女が泣いて私に縋ってきたら、その時は迷わず貴方を刺しに行きます 世界中の何処にいても必ず見つけ出して殺します 言っておきますが冗談じゃありませんよ 泣いて謝ろうが土下座しようが3回回ってワンって言おうが絶対許しません。死ぬまで刺し続けます 私の目をよく見て冗談言ってる顔に見えるならもう一回バケツに水汲んでかけてあげますよ」 彼女の放つ威圧感に、男はただコクコクと頷くだけだった 「貴方も一応男なら、一度くらい男らしい行動をとって下さい 奥さんに対しても、きちんと誠意を見せるように」 「……ど、どしたんだそんな急に…何に腹を立ててるんだ一体」 その言葉を聞き、ネクタイを握る手により力が入る 「貴方の全部にだよこの酔っ払い。酒臭いんだよ」 「す、すみません…」 自分より一回り以上も年下の女性に、彼は怯え竦みながら謝る それはとても普段の彼女からは想像も出来ない凄味だった 「あっ、後今後一切私に連絡して来ないでくださいね。もう上司と部下ですら無いので声も聞きたくないので」 「あ…ああ…わかった…っ」 「最後に一言だけ言わせて下さい あんまり女を舐めるな屑野郎」 そしてそのまま彼女は男を砂場へ突き飛ばした スーツ姿で砂まみれになる珍妙な光景を一瞥すると、鼻で笑い彼女は立ち去る 男は只、まるで童心にかえるように砂場に身を委ね…ただただ月を見ていたーーー
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