加速

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  「…花井、どっか飲みに行くか?」 病院を出た時、気を遣って月島さんはそう言ってくれた 「…すみません。今日は帰ります」 「…そうか。明日、仕事来れそうか?」 「……開発展まで日がないので、ちゃんと行きます。すみません、いつも迷惑かけて」 「…なんかあったらいつでも連絡して来いよ」 「ありがとうございます…それじゃ」 背中に月島さんの視線を感じながら、私はゆっくりと病院を離れてゆく 無味無臭、無色透明な世界をトボトボと歩き 何も考えずに電車に乗り込んだ そして電車から降りた時に気が付く 自分が、翔介さんの家へと向かっている事に あれ… 何で来てしまってるんだろ… 「はぁ…」 来ても誰もいないのに 帰ろう… 「こんにちは佳純さん!」 え?? マンションの近くで、突然声を掛けられる 「あ、こんにちは…」 その人物は 「昨日はいきなり帰ってごめんなさい!」 翔介さんの弟さんの麟君だった 何か用があって来たのかな… 「それは大丈夫…でもあの、翔介さんなら多分まだまだ帰って来ない…よ?」 「でしょうね」 「…?」 「さっき電話したから知ってます」 「え、じゃあ何でここに?」 「多分今日来るだろうなと思ってましたから」 「…誰が…」 「佳純さんが、です!」 急に、麟君の目付きが鋭くなった気がした 「わ、私が…?」 「佳純さんに訊きたい事があって」 ニッコリと笑って話す彼に、私は返した 「な、何かな?」 「佳純さんさぁ あの晩見てたでしょ?」 ーー心臓を握られたような衝撃だった 「あの晩?何の事かな…?」 平然を装って返すけど、当然私はわかっている そして同時に確信した やっぱりあの冷徹な眼をした彼は 紛れもなく彼だったのだと だって今の彼は…あの晩と同じ眼をしているのだから 「めんどくせえからさ、そういうやりとりやめろよ。ブス」
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