猛襲

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「…別に大丈夫だけどよ」 「では終わったら食事にでも行きませんか」 「…わかった」 月島さんの喉元に引っ掛かってる声が今にも飛び出しそうなのがわかる だけど今は言わないで欲しいという私の意思を汲んだのか、月島さんはそれを押し殺した ただその目つきが語るのは 憐みにも似た…哀しい感情だった 月島さんはきっと気付いている 私の歪み、そこから生み出される悪意に そしてその悪意が菜穂を陥れようとしていることに 軽蔑され、嫌われたかもしれないな… ずっと優しく見守っていてくれた貴方を 私は裏切っているのかも知れない だからもし今日貴方が私への想いに終止符を打つというならそれはそれでいい その方がずっと気が楽だから… ーーーーー 「まあ俺は止めはしねえよ」 「…え?」 いつもの居酒屋で、心中を打ち明けようとした私に機先を制するように月島さんが言う 咎められる事を予期していた私にとってその言葉は意外なものだった 正直拍子抜けだ… 「…何でですか?」 「何でってか…」 月島さんはテーブルにあるツマミを口に運びながら続ける 「お前がそれを訊くのか」 「…分かりません。だって今日菜穂の味方するって言ってましたよね」 「まあな」 「じゃあ何で私に止めろって言わないんですか?」 「言っても無駄だろ。お前がそこまで拗らせてるって事は相当根が深い証拠だ。俺が言って止めるようなら言ってるわ…まあ佐伯の奴はぶっ殺すけどな」 「…じゃあ月島さんは何があっても私の邪魔はしないんですね?」 「…風見のフォローは俺がする。お前はお前で好きにすりゃいい…でも風見の事よりも俺はお前が心配で仕方ねえ」 箸がピタリと止まり、私を見据えてそう言った 「一体どこに向かってんだ?お前は」 ーー私にも、そんなのわかるわけがない ただ一つ明確なのは この憎悪は 私が滅ぶまで尽きる事は無い 「私はただ、取り戻したいだけなんです」 あの甘い日々を、安らぎの夜を 「翔介さんの心をもう一度私に向かせたいんです」 「…風見を苛めても翔介が振り向いてくれるわけじゃねえだろ」 「通過儀礼みたいなものなんですよ」 「はあ」 「ーー声変わりのように、少年が青年になる過程で必要なもの 私が成長する為には 菜穂を超えなければいけない でも菜穂は完璧だから…私のいる場所まで引き摺り下ろさなきゃいけないんです」 理解されようとは思わない。きっと理解出来ない この歪みは、私の愛の深さを知らない人には理解出来ないんだから 「独り善がりだな…」 「…春宮さんと同じ事を言うんですね」 「……だが、その考えを理解することは出来なくても そこまで歪むほど誰かを好きになるって点はちょっとわかる気がするな」 「…え?」 「愛の中には幾分かの狂気がある…ニーチェの名言だったかな。狂気こそ愛の深さだと、そう捉えることも出来る」 月島さんは…わかってくれるんだ 私みたいな人間でも…否定しないでくれるんだ 「だが行きすぎた狂気はもう愛じゃねえだろ。だから人の道だけは外れてくれんなよ」 「…どうですかね」 「そん時は俺が全力で止めてやるよ」 もうすでに私は人の道を外れてるんだけど… あえてそれは口にしないことにした
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