起点

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「それじゃあ明日も早いしそろそろ帰るね。また明後日来るから」 外もすっかり暗くなった頃、佳純がおじさんにそう言った 「仕事しんどかったらまた今度でいいぞ。飯は」 「大丈夫だよ。明後日は定時だし終わってから作って持ってくるよ」 「はー。なら病院食は程々にしておかないとなあ」 口調から察するに、おじさんがどれだけ楽しみにしているか見て取れた 「おじさん、また来ますね!お大事に!」 「ありがとうな菜穂ちゃん。今日は楽しかったよ」 「私こそ久しぶりに話せて楽しかったです!私に出来ることがあれば言って下さいね!」 「ありがとう」 「じゃあまたね」 「おう。よろしく」 笑顔のおじさんを見届け、私達は病院を後にした 「ありがとうね。菜穂」 「ううん。お礼なんて言わないでよ」 「お父さん喜んでた。菜穂が来てくれて」 「良かった…迷惑だったらどうしようかと思った」 「そんなわけないよ!」 「おじさんにも言ったけど、私に出来ることがあったら言ってね?」 「…うん。ありがとう」 ところで。と、話を変換しながら佳純が尋ねてきた 「翔介さんの電話…なんだったの?」 「…あー、あれね!佳純が元気かどうか訊いてきたの。心配してたよ」 「…そっか。また連絡入れるよ…落ち着いたら」 「そだね。落ち着いたらでいいんじゃないかな」 とても言い出せなかったーー あのおじさんの顔を思い出すと 約束を破らせるような事なんて…言えるわけがないよ 「菜穂…私ね…もっと親孝行しようって決めたんだ。だから今は…お父さんとの時間を大事にしたい」 「…それがいいと思うよ。私も」 「だから…さ」 「ーーちゃんと見守っててね。私達の事」 「!!…う、うん…」 宵闇の中、薄らと笑みを浮かべながらそう口にした佳純を見て 私は正直…恐怖を感じていた… なんだろう… 目の前にいるのは、唯一の親友なのに まるでどこか遠い他人のような距離を感じる 付き合ってきて未だかつて見た事のないほどの激情を、その静かな表情に浮かべていたーー気がした だけど、多分佳純は私にこう言いたいのだろう 「私を裏切らないで」 その冷たい笑みから察するに、そう言いたかったんだろうと思う 私はこの日初めて…大好きな親友のーー暗い影を知ってしまった気がした
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