栄冠はいつか輝く

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 練習は次の週の月曜日からはじまった。各々がバラバラのユニフォーム姿で集合すると、まさに寄せ集め集団という感じだ。練習とは言ってもその環境がないため、初練習と言う名のグラウンド整備である。  まずは全員で横一列に並び、端っこから端っこまで草抜き。サッカー部や陸上部の部員がほとんどいないため、誰の邪魔にもならず作業できるのはありがたかった。今気付いたが、他の部活はなぜこうも活動していないのだろうか。もともと部活動の数も少ないし。いま活動しているのはウチら野球部の他にサッカー部、陸上部、テニスコートで軟式テニス部、体育館でバレー部、道場で剣道部と柔道部。文化系の部活は分からない。それなりに部活動が盛んだった中学校から来ているが故にこの状況はやはり寂しい。気になるのは吹奏楽部。部員が居ないのか今日が休みなのか、トランペットなどの音が一切しない。これでは公式戦の応援が寂しすぎる。チア部も存在しないと聞いた。校舎のほうから雑談が聞こえてくるほど静かなのが、部活動が盛んではないことを証明しているようだった。はっきり言って幻滅している。もっと活気に包まれた高校生活を期待していたのに。  なんて思いつつ、腰をかがめてひたすら草を抜く。これも地味だが下半身のトレーニングになると思えば、そんなに苦には感じなかった。他の奴らは真面目にやってるのもいればそうでもないのもいて、それこそバラバラ。誰かチームをまとめる人が出てこないかと思うばかりだ。  グラウンドは球場一個入るほどで、中学校と比べると少し狭い。でも試合はできる広さがあるからまだマシである。だが、その面積ぶん草抜きをするというのはなかなか大変で、もちろん一日で終わるはずもなく、二週間ほどかけて全て抜き終わった。  この頃から徐々にさぼる奴が出てきはじめた。一人がサボリ始めるとその数は日に日に増すばかり。正直、このくらいで音を上げていては高校野球なんて出来るはずがない。もしかしてこれはそれを分かっていてわざと業者に頼むのではなく俺等にやらせているのだろうか。だとしたら監督はよく分かっている。  草抜きをしている時に気付いたのだが、この高校のグラウンドは非常に石が多く、地面が硬い。これは一回すべて掘り返すべきかもしれない。ということで監督に提案してみたところ、倉庫にある古い鉄製のレーキ、通称ガリと呼ばれるそれを使うことになった。このガリというのは熊手を大きくしたようなもので、地面を掘り起こすときに使う。監督曰く、よく知っている他校から譲り受けたものらしい。ありがたい話である。  まずは二人組になれと言われるものの、みんながみんなほとんど初対面のため、目線を交換し合うだけで数分かかってしまった。そのうち何人かはグループができはじめ、慌てた俺も相手を探すことに。勇気を振り絞って長身の色白に声をかけてみた。 「あ、良かったら」 「あ、うぃっす」   意外と気さくそうな奴で良かった。自分がそんなに背が高くないため、隣に来た長身の色白から威圧感を感じる。 「俺、豊田。よろしく」 「ああ、俺、猪田。ピッチャー。よろしく」 「ピッチャー? 俺もだよ。ライバルかよぉ」 「まじかぁ」 「ま、二人で二枚看板って呼ばれるようにがんばろうや」 「おう」   豊田か。なかなかいい奴そうだ。にしても俺と同じピッチャーとは。野球の練習が始まったらまっ先にキャッチボールして球筋を確認しないと。実力者だったらどうしよう。俺の出番はないかもしれない。要注意人物である。  一人一本のガリを持って来て、二人組になったということは、なにか競争でもさせられるのではないだろうか。そう思っていたのだが、予想は外れた。二人で協力して掘り起こすだけだった。一人がガリを二本とも脇に挟み、引っ張る。もう一人はガリのフォークのようになっている刃の部分を上から押さえつけながら押す。こうすることによって普通に掘るよりも深く掘れるそうだ。まさに二人一組でないと出来ない技。これも部員のコミュニケーションを増やそうとしてのことなら、この監督は評価されるべきだと思った。  二人で端っこから端っこまで全面掘り起こす。その作業にも二週間かかった。グラウンド整備の基礎基盤だけでひと月。これからマウンドやブルペンを作り、詳細な距離を測ってベースを埋め込む。それには一体何日かかるのだろう。そして、いつになったら野球ができるのだろう。不安とあせりを抱えたまま、五月を迎えた。
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