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進路
夏が終わった。
同級生はみなモードを「受験」へと切り替える。
どこの制服が可愛いとか、塾が大変だとか。
みなそれぞれ新しい環境へと進んでいく事への期待と不安が伝わってくる。
私は。。。
テニスがしたかった。
強豪校に負け続けた我がテニス部も男子は毎年関東大会へいく強豪校のひとつだった。
一学年下の男子は都大会で優勝をしている程。
そこまで結果を残すと、もれなく「スポーツ推薦」のチャンスを手にする事ができる。
もちろん行き先は強豪校だ。
同級生の男子は2人。
後から知った話しだが都大会に優勝した一つ下の学年男子は6名程お声がかかったそうだ。
引退してから少しの間はコートに顔を出して汗を流したが、後輩がメインとなった事で、もう自分の居場所はなくなっていた。
それに気付いてからはコートには顔を出さなくなった。
推薦組みは夏が終わった時点で進路が決まっている。
(私も。。強豪校でもっともっとテニスの腕を磨きたい。)
家庭の事情を顧問は知っていた。
そして勉強についていけてない事も。
「お前は進路どうするんだ?決まったのか?」
顧問がニッコリ笑って優しい口調で語りかける。
「。。。先生。私、テニスがしたい。強い学校に行ってずっとずっとテニスをしていたい。」
呟くように言葉を返した。
「先生!推薦の話し。。来てたりなんか。。しないよね。。?」
ちょっとふざけた様に笑った。
「。。。悪いなぁ。。。来てないんだよ。でもテニス部がある高校はたくさんあるぞ!それにお前ならきっとどこにいっても通用するぞ!」
勝ちにこだわる顧問にそう言われて少しくすぐったい気持ちになった。
「どこに行けばいい?女子で1番強い学校はどこ?」
推薦でなくてもきっとこれからだって目指せるはずだ。
本当にそう思っていた。
「。。あぁ。。まぁ。。そうだなぁ。。でもやっぱりそうすると私立になっちゃうなぁ。。」
先生はすこぶる気まづそうだ。
「お父さんに聞いてみたらどうだ?その熱意を伝えてみるといいよ!」
子供でもわかっている。
そんなお金がある訳ない。
憂鬱な気持ちで家路についた。
父親は相変わらず不規則な仕事で家にはほとんどいなかった。
話し合うタイミングが掴めない。
やっと伝えられたのは秋も終わりに近付いていた。
「。。ねぇ。。ちょっと相談があるんだけど。。進路なんだけどさ。。」
「おっ!決まったか!」
「いや。まだ決まってないんだけど。。あたしさ、テニスに未練があってこれからも続けて行きたいと思ってるんだよね。」
「いいじゃないか!好きな事をやればいいよ!」
「。。それがさ。。私立になっちゃいそうで。。無理。。だよね?」
次の言葉はわかっている。
でも勇気は振り絞ったつもりだ。
「。。ごめん。私立は無理だ。公立でテニスの強いところないのか?」
ほら。わかっていたのに。。。
「公立じゃ駄目だ!!!私立じゃないと駄目だ!!1番強いところに行きたい。」
気付いたらえらく興奮して強く当たってしまった。
やっぱりまた泣いた。
枕に顔を埋めて静かに泣いた。
翌日校庭にいた顧問に報告をした。
「やっぱり無理だって。もういいや。」
笑ってそう吐き捨てた。
「諦めたらもったいないぞ!どこに行ってもテニスはやれる!弱いチームでもお前が強くすればいいんだから!」
本当に無駄な事を言わない顧問だ。
「。。そうだね!」
せめてものお礼に笑顔でそう答えた。
そして私は「高校には行かない」そう決めた。
私からテニスを奪ったらもう何も残らない。
廃人だ。
この時の私は不貞腐れていた。
目標を達成する事も出来ず、結局何も残せなかったという想いが強すぎた。
3年の冬の始まりは忙しい。
進路相談や、面接の練習、卒業式に向けての歌の練習など。
3学年の先生達は不貞腐れてる生徒を構っている暇などない。
そんな空気が漂っていた。
2年生の時に私は親友が出来た。
普通の家庭で育つ、とても頭のキレる子だ。
絵がとても上手くて美術部に所属していた文化系女子というやつだ。
要領もよくて、私がぼぉ〜っとしてるとまるでお母さんの様に叱ってくれる子だった。
この子の家にはよく遊びに行っていたのでお母さんにも本当に良くしてもらった。
何でも手作りで裁縫上手。
家庭のために生きるテレビでよく見るお母さん像がそこにはあった。
いつだか。。
親友の家に遊びに行くとお母さんが何やらミシンでカタコトカタコトしている。
ピンクのキティちゃんの生地で体操着が入るくらいのちょうどいいサイズの布袋。
(。。わぁ。。かわいい。。)
「ねぇ!お母さんそれ2つ作ってよ!私お揃いでもっていたい!」
親友が言った。
「あら!いいわよ!」
お弁当の時も思ったが、お母さんってやっぱりいいな。
無償なのかぁ。。
子供のためにあれやこれやと色んな事するんだなぁ。
こんな優しいお母さんの子供になりたい。
出来上がった布袋は私の自慢の1品となった。
なにせ世界に2つしかない。
しかも親友とお揃いだ。
こんな嬉しい事はない。
親友には何でも話した。
そして親友は心配性だった。
今思えば当たり前の事を言っていたと思うが、当時の私はわからなかった。
「あんた高校どうするの?まじでちゃんと考えた方がいいって。今時、高校行かない子なんかいないよ?」
目は真剣だった。
「別にいいよ。テニスもやる気なくなったし。行きたいところもないし。っていうより行けるとこないって!」
半笑いでふざけていた。
「私が勉強教えてあげるから一緒にがんばろうよ!」
「勉強嫌いだからやだよ。それに今からやり直すのは時間がなさすぎる」
「大丈夫!みんな頑張って勉強してるんだからきっとできるよ!」
「やりたい子だけやればいいよ。んでいきたい高校に行けばいいじゃん!私は本当に行く気がないから!」
相変わらずふざけた態度でいる。
いよいよ受験も身近に迫ってきた。
面接練習の時間も増えて、おおよその子はとっくに進路を決めている。
高校見学もしっかり済ませて受験当日の為に努力をしている様だ。
進路相談も残すところ後1回。
父親も参加してくれた。
これでやっと退屈な進路の話しが終わる。
ちゃっちゃと済ませて終わりたい。
「高校くらいは出ておいたほうがいいぞ?」担任から何回聞いたかわからない。
家では進路に無頓着な私を心配して「おまえ。。高校くらいは出てくれよ。。後悔は絶対しないから。」
勉強の事をとやかく言わない父もさすがに少し焦っていたように思う。
「あっ!あたし高校は行かないからね!」
軽く吐き捨てた。
「おい。おい。頼むよ。高校は出なきゃ駄目だって。。」
「じゃぁ。私立行かせてよ。私はテニスで強くなりたい。その為だったらどんな努力も惜しまない自信がある。でもそれはもう無理なんでしょ?他にやりたい事なんかないから行く意味がない。」
何とも人の優しさを踏みにじる態度に、自分でもほとほと呆れていた。
なぜかとてもイライラしていた。
いままでヘラヘラ遊んでいた子も塾に行き始めたりして真面目に勉強に取り組んでいる。
みんなサヨウナラだ。
もう卒業まではカウントダウンが始まっていた。
最後の三者面談。
「どうだ?気が変わったか?」と担任がまたいつものセリフだ。
「変わんない。」つまらないから早く帰りたいと顔に書いてあったと思う。
「お父さんはどう思われますか?」
担任が父に問いかけた。
「勉強についていけてない様子はわかるので娘の気持ちもわかりますが、やはり親としては高校へ進学してほしいと思っています。」
緊張と諦めが入り交じったような口調だった。
「ほら。。お父さんもそう言ってるし、先生も同感だ。諦めるにはまだ早いぞ?そうだ!!先生、受験出来そうな高校をピックアップしてきたからこの中でどこかいいなと思うところはないか?」
目の前に出されたプリントには4校程名前があがっていた。
(へぇ〜こんな偏差値でもいけるとこあんだ。)
適当に目線を落としてみた。
4校のうち3校はもはや私でも知っている評判の悪い底辺高校。
残り1校は商業科で制服が可愛くなったと噂が流れていた。
制服目当てで入学して来る子もいるほどだ。
とはいえ底辺には変わりない。
「先生さぁ〜私本当に興味ないのよ。だいたい勉強してないのに受かるわけなくない?」
何とも生意気だった。
そう言うと担任が「わかった!この中でひとつ選んでごらん!推薦状を書いてあげるから!推薦で受かれば勉強しなくても入学できるぞ!。。本当は偏差値がギリギリで受かる保証は正直ないけど。。受けるだけ受けてみたらどうだ!暇つぶしにいいだろ!部活もあれだけ頑張ってたんだから大丈夫だ!お前の活躍は色んな先生も知っているぞ!」
(ふ〜ん。。推薦ねぇ。。だとしたらやっぱ家から近くて制服可愛いところがいいな。)
「じゃぁ、わかった。推薦受けるよ!」
ちょっとだけ気になっていた商業高校にした。
「でもひとつだけ条件ね!推薦に落ちたら高校には行かない。それをここで約束して?落ちたら二度と私に進路の事うるさく言わないでくれると約束したら受けてみるよ。」
推薦の倍率は4倍近くあった。
内申点と面接の評価を加味して合否が決まる。
居眠り常習犯の私の内申などつけようがないのもわかっていたし、そんな倍率でまず受かる訳がない。
退屈だったが、大人を納得させることは出来た。
面接練習もいよいよ本番さながらだ。
別室に設けられた面接会場に見立てた教室に顔見知りの先生達が並び、面接官っぽく決めている。
(先生もよくやるよなぁ〜)
ドアをコンコンコンと3回叩く。
中から応答があってから扉を開けて次席の横に立ち、まずは自己紹介。
合図があってから椅子に腰掛け面接の始まりだ。
「最近見たニュースは?」
「中学校生活でがんばった事は?」
「新聞などは読んでますか?」
もちろん模範解答もちゃんと用意されている。
ニュースを見て社会情勢に触れて感じた事。
新聞を読んでいて特に印象に残ったエピソードなど。
模範解答をいかにアピール出来るようになるかみんな必死で暗記していた。
くだらないなぁ。。
ニュースなんか見てないくせに嘘をつくのか。
嘘をつけと指導する教師もまた滑稽に見えた。
面接練習もそれなりにはこなした。
ただ唯一、模範解答など喋るつもりは毛頭ない。
真面目にやれ!
と怒られた事があったが言わせてもらえばこちらはこちらで真面目にやっている。
思った事をそのまま答えているだけだ。
何百人と集まる受験生がみな同じ事を回答して、何を決め手に合否をつけるのか私からしたら余程ミステリーだ。
同じ中学校からは、一般推薦で私を含めて3人の女子が商業高校へ願書の提出をした。
緊張などするはずがない。
私はちょっとワクワクしていた。
なぜなら受かりたいと思っていなかったからだ。
いかに模範にならずに、頭が悪いことをすぐにわかってもらえれば即刻不合格になるはずだ。
この退屈な受験戦争をとっととやり過ごしてあとは適当に生きていけばいい。
「すごい緊張するね!」
「ねっ!ちゃんと答えられるかなぁ。。」
他の子達はとてもソワソワしていた。
こういう時のメンタルの作り方は以外にシンプルだ。
スポーツでもそうだが「この時間は勝ち取りたい!」と意識すればするほどマンパワーはなぜか発揮されない。
かといって「だめかもしれない」そう思えばその通りになる。
こういう時は「楽しめばいい」これに尽きる。
面接に挑む準備は整った。
ついに名前が呼ばれる。
コンコンコンと3回扉を静かに叩く
部屋に入り自己紹介をして席に着く。
あれだけ練習すればこのくらいは出来るようになるもんだな。
なんか誇らしい気持ちになった。
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