夏の終わり

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夏の終わり

私は中学2年生になった。 1年間基礎を学んだ私は部活動で結果を残せるようになった。 絶対に強くなる。 やるからには必ず1番になる。 半期に1度「番手決定戦」が行われる。 ルールは簡単。 1番強い人が1番手だ。 レギュラーになれるのは3番手まで。 もちろん1番にしか興味はない。 オリンピックや甲子園などで「2位でもすごいよ!」と褒める人がいるが。。。 2番では意味がない。 勝ちにこだわるとはそういう事だ。 先輩が引退し、いよいよここからが部活動の本番だ。 私は1年生の時から1番手の座を譲る気はなかった。 特別なセンスもなければ、たぐいまれな技術もない。 ただ唯一自信を持てたのは誰よりも練習していた。 私にとって部活は「学校教育の一貫」ではない。 もはや生命線だ。 3年の夏の引退までに実はあまり時間がないことにも気付いたりする。 区大会は年に2度行われる。 ここで結果を出せなければ都大会へはもちろん。 目標とする関東大会へはいけない。 2年の成績はいつも4位だった。 後一歩のところでどうしても勝てない相手がいた。 関東大会へも毎年必ず進出している強豪校。 ベスト3までを根こそぎかっさらってゆく。 技術でも遥かにレベルが高く、メンタルも強かった。 同じコートに立つだけで緊張する程の迫力もあった。 ただ、私にとって敵はその1校だけだった。 負けるという事は必ず理由がある。 その理由が見つからなければ絶対に勝つことは出来ない。 でも倒さなければ目標には届かない。 自分に足りないものは何かを必死に探し続けた。 当時の顧問も「勝ち」への執念がすごかった。 勝負の世界は「勝つか負けるか」たったこれだけだ。 そして気持ちで負けるヤツは技術があっても絶対に勝つことは出来ない。 最後に勝つのは「勝ちたい」と最後まで諦めなかったヤツだけだ。 これだ。。。 私は明らかに強豪校は「強くて敵わない」とどこかで諦めてしまっていなかったか。 圧倒的な技術の差を見せつけられて気力を失っていなかったか。 自分をしっかり信じきる事。 そしてどんな事があっても最後の最後まで絶対に諦めない事。 技術の差はメンタルで埋める事が出来る。 そう確信出来た出来事があった。 3年生となり。。 最後の夏の大会だ。 これで1度でも負けたら事実上の引退である。 結局2年生の時は全て4位という結果に終わった。 もう。。。後がない。。。 うだるような暑い夏の日。 毎日の練習で真っ黒に日焼けした肌。 3年間着たピンクのユニフォームもだいぶ色褪せている。 これが最後のチャンスだ。 大丈夫。 必ず勝てる。 勝たなくてはいけない。 自分を信じろ。 心の中で念仏の様に唱えていた。 トーナメントは順調に勝ち残り。 ついにこの試合がきた。 これに勝てば3位は確定で念願の都大会への切符を手にできる。 しかし、やはり相手はいつもここで戦う事になる強豪校だ。 相変わらずの迫力で正直圧倒されていた。 きっと相手は「また勝てる」そう思っている。 それを思うとまた悔しくなり、ふつふつと心が燃えた。 悔し涙で終わったこれまでを嬉し涙に変える。 試合が始まった。 3セット取れば勝ちだ。 だが1セット目は軽々と取られてしまった。 ミスをした訳ではない。 技術の差がもはや圧倒的だった。 試合や流れの運び方も、メンタルのコントロールも。 もはや完璧だ。 さて。。。 どうする。。 考えろ。。考えろ自分! 2セット目に入る時。 私は決めた。 1球1球に何としても食らいつく。 無様でもいい。 誰がどう見ても試合の予想はついている。 それならもう失うものは何もない。 そこからがとにかく熱戦となる。 最初は余裕だった相手の目付きが段々と変わっていく様が容易に伝わってきた。 (。。。そうか。。。強豪校とは言え相手も同じ人間だ。この世に絶対なんて事はない。明らかに動揺している。絶対に負けられない理由がお互いにある。勝機が見えた!) もう、今思えばここからは奇跡の連続だった。 今まで取れなかったボールが取れてしまう。 ネットギリギリにちょこんと落とされたボールにラケットが届く。 鋭いサーブが決まってサービスエースとなり、不思議と相手のミスが目立つようになってきた。 気付けばサドンデスの展開になっていた。 気が緩んだ方の負けだ。 これが最後のセットカウント。 大丈夫。。。。 信じろ。。。 そして絶対に諦めるな。 双方の気迫溢れるプレーで試合時間は長引き少し夕暮れ時となっていた。 あまりの熱戦に、負けた他校もギャラリーに集まり始め、ふと気付いたら大勢の人に囲まれていた。 ポイント後ひとつ。 私は絶対に負けない!!! 「きゃーーーー!!!!」 チームメイトが声をあげた。 同級生は涙を流している。 私は勝った。 相手チームはもう呆然としていた。 (。。。勝った。。。やっと勝てた。。。夢への扉がやっと開いた。。。) このまま優勝をと思ったが、準決勝は敗退。 そのまま3位入賞となった。 何事も気持ちが大事なんだ。 人が本気になれば困難な事は乗り越えていける。 そして努力は裏切らなかった。 どれだけの時間をかけたかではない。 どれだけの想いを込めたか。 大切なのはきっとそこだ。 そして自分を信じ抜くこと。 自分を救う事は自分でもできるという事。 試合が終わり嬉しくて泣いた。 まるで夢の中にいるような不思議な感覚。 夢見心地のまま誓った。 私は都大会へいく。 そして必ず関東大会へ進出する。 それから間もなくすぐに都大会が始まった。結論からいってしまうと。 関東大会へはいけなかった。 ベスト16位決めで敗退。 夢はあっけなく敗れた。 試合の後、茂みに隠れて泣いた。 負けたことの悔しさはもちろん。 全てが終わってしまったことへの寂しさ。 可能な限り時間を作って自主練もしたが、家事をしながらの両立はやはり大変だった。 もっと思い切りやりたかった。 笑って終われるくらいやり尽くしたかった。 そんな想いが込み上げて溢れ出る。 こうして私の最後の夏は終わった。 テニスというスポーツを通して本当にたくさんの事を学べた様な気がする。 誰かが勝って笑うと言うことは 誰かが負けて泣いたという事。 そして負けるという事は自分を強くしてくれる事。 「お前は本当によくがんばった!!」 普段褒めない顧問が引退する私にそう笑顔で声をかけてくれた。 やっぱり全てが本当に終わってしまったんだな。 真っ黒に日焼けした肌がこの夏の自分の全て を語ってくれている。 ギラギラした太陽。 うだるような暑さ。 澄み切った空の青。 忘れない。
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