津島での出会い・前編

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津島での出会い・前編

 天文十七年(一五四八)早春。信長は十五歳になっていた。  父の織田信秀は、昨年の冬から美濃攻めの準備に忙しく、知恵袋の平手(ひらて)政秀(まさひで)古渡(ふるわたり)城(信秀の居城)に呼び寄せて作戦を日夜練っている。  美濃攻めから外された信長は、軍議に加わることもなく蚊帳の外だった。しかし、 「することもなくて暇だ。家臣を連れて熱田か津島の町に遊びに行こう」  とならないのが生真面目な信長である。毎日のように兵法(剣術)の師匠である平田(ひらた)三位(さんみ)や弓術の師匠の市川(いちかわ)大介(だいすけ)那古野(なごや)の城に招き、鍛錬を積むことに余念が無かった。 「の……信長様ぁ~……。そ、そろそろ休憩させてください。もう限界です」  ここ数日間、剣の稽古にずっと付き合わされている佐久間(さくま)信盛(のぶもり)が涙声でそう訴えた。  しかし、信長は「まだまだ! こんなものでは足りぬ!」と言い、木刀を振るう手を止めない。信盛は「ひゃぁ~!」と女みたいな悲鳴を上げながら信長の横払いの一撃をぎりぎりでかわした。 「信盛殿! そんなへっぴり腰では名も無き雑兵に首を獲られてしまいますぞ! ほれ、腰! 腰!」 「い、痛い! 平田殿、木刀で腰を叩かないでくだされぇ~!」  尾張で名の知れた兵法家である平田三位は、苛烈に斬り込んで敵を圧倒する戦術を得意とする男である。だから、その指導も非常に厳しかった。 「わ……私はもう無理です。勘弁してくだされ。山口(やまぐち)教吉(のりよし)殿が鳴海(なるみ)城から帰って来たのだから、教吉殿に稽古のお相手をさせればよいではありませぬか」 「教吉は昨年の戦で重傷を負い、年明けまで父親の教継(のりつぐ)の領地で療養していたのだ。傷が癒えたばかりの大事な家来に無理はさせられぬ。さあ、もう一試合いくぞ!」 「ひ、ひぃ~‼」 「こら、信盛! 逃げるな!」
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