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「信長様、楓様。夕餉のお仕度ができましたぁ~!」
締め切った部屋の外から中年女の太めの声が響き、抱擁を交わしていた信長と楓は驚いてビクッと飛び上がった。楓の侍女であるお勝が食事を運んで来たらしい。二人は急いで離れ、居住まいを正す。
「き……今日の夕餉は鳥肉の羹(吸い物)か。うむ、なかなか美味いな。美味い、美味い」
まだうぶな少年である信長は、楓と睦み合っていたところを侍女に危うく目撃されかけたことを気まずく思い、目の前に並べられた膳にすぐ手を出してパクパクと食べ始めた。
「珍しい味の鳥肉だな。いったい何の鳥……げほっ! ごほっ!」
「大丈夫ですか、信長様? 慌てて食べるから喉を詰まらせてしまうのです。落ち着いて召し上がってください」
お勝がそう注意すると、信長は楓に背中をさすられながら「だ……大丈夫だ……」と答えた。
「……そういえば、鳥肉で思い出した。例の黒鶫という鳥は元気か? 季忠の話によると、他の鳥の鳴き声を真似る珍しい鳥だそうだが」
信長は、竹千代が受け取りを拒否して、自分も飼うのを諦めたあの珍鳥のことをふと思い出し、そう言った。
病気がちな楓が屋敷で寝ている時の慰めになればと思い、信長が千秋季忠に命じて生駒屋敷に送らせたのだが、どうも屋敷内のどこにもいない様子なので気になったのである。
「黒鶫……ですか?」
楓とお勝はキョトンとした表情で首を傾げた。二人の視線は、信長が手に持っているお椀に注がれている。
「黒鶫なら、信長殿が今召し上がっているではありませんか」
「おお、なるほど。この鳥肉料理がくろつぐ……へ?」
信長はちょっと青ざめた顔になり、お椀の中の鳥肉を見つめた。
「ち……ちょっと待て。なぜ調理した?」
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