11人が本棚に入れています
本棚に追加
夜明けの晩
鬼門の足元に群がっていた隠達は、もうほとんどいなくなっていた。
「こんなこと、何で女子高生にやらせるのかねえ。オトナは」
そうこぼしたのは茜だった。
すぐ横で景の銃声が響く。
「しょうが——うわっ……ないですよ。一般人も霊能者も関係無く、隠は十九歳以上には視え……ないんですから」
花子は隠の攻撃を避けながら茜を宥めた。
「そうよ。それと、雉岡君は男子よ」
隠の爪を受け止めた純夏の薙刀の先で火花が飛び散った。
「うるせえ猿オンナ。知ってるよ。そうやって揚げ足とってるとホントに猿になっちまうぞ」
二人の間に、太刀の様な爪が振り下ろされた。
「その呼び方ッ、やめて」
ケタケタと笑う茜に、純夏が冷たく返す。
こんな状況だと言うのに、二人はいつも通りのテンションに戻っていた。
すでに諦めがついているからなのかもしれないが、花子は心底救われていた。
「今だ花子ッ、行け!」
「おりゃぁああ!」
花子は左から右へ、刀を薙いだ。
巻藁とは違う、粘土にも似た不気味な感触が手の平へ伝わってくる。胴体から切り離された隠の頭部が地面へ滑り落ちた。
「景、他の隠は?」
「あれが最後。他はもう、いない……」
景が指差す先で、最後の隠が鬼門の柱と同化した。
「いやあ。それにしてもさ」
「何よ」
「無理でしょ、これ。どうすんの?」
茜と純夏が目の前のそれを見上げた。遅れて花子と景もそれに倣う。
「完成しちゃったじゃん。鬼門」
花子達の目の前には、巨大な楼門が立ち塞がっていた。門から滲み出る黒い靄が、これがこの世のものではないことを知らしめている。
「こんなに大きかったんですね。鬼門って」
首を体ごと目一杯反らすが、鬼門の足元に立っている花子には、その全貌は到底見ることができない。
花子達の数百メートル後ろには、赤い鉄塔が聳え立っている。慥かあれは三百メートル以上の高さがあると聞いていたが、楼門はそれよりも大きいのではないだろうか。
ここまで大きいと、自分が小さく感じるのを通り越して、もうただデカいとしか思えない。停止しているのだ。脳が、思考を。
その威容に、絶望感は振り切っていた。心は不気味なほど凪いでいる。
「茜ちゃん、今何時?」
鬼門から目を逸らさずに純夏が訊ねた。
茜がハッと短く笑う。
「午前二時五十九分。あと一分足らずで丑寅の刻だ」
そう、と純夏が息をついた。
「私のとズレはないのね」
「人生最悪のカウントダウンだな」
あと数十秒。あとほんの数十秒で、この国の終わりが始まる。そのはずなのに、何故か恐怖は感じない。
やはりまだ脳が現実として受け入れていないのかと花子は思ったが、本当の理由はすぐにわかった。
どうん——。
鬼門が揺れた。鼓動にも胎動にも似た怪音が、荒廃した都市に響く。
「なあ、もしさ」
茜が呟いた。
「もし、奇跡的に、夜明けの後もこの国が残ってたとしたらさ。今夜の戦いに名前とか付くもんなのか?」
——もし。
それは限りなく可能性の薄いもしだ。
ついに、悲鳴の如き軋みを立てながら、鬼門が開き始めた。この世のどんな物よりも暗い闇が、門の向こうからこちらを覗く。
どうかしらねと、純夏は肩を上げた。
「ただ、一般に公開はされていないけれど、前回鬼が出てきた時のことは、組織では悪鬼侵寇と、呼ばれているそうよ」
「そうか。じゃあ、今回のはきっとこう呼ばれるんだな……」
——第二次悪鬼侵寇。
異界の、絶望という名の怪物が、闇の隙間から門を掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!