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戦艦のプラモデルの部品を、慎重にピンセットで摘まみ上げて、つなぎ合わせる。
セメダインの匂いが、子供のころの住んでいた街の路地にあったプラモデル屋を思い出させる。
あの頃は、お小遣いをプラモデルにつぎ込んでいた。
最近、職場の近くに古いプラモデル屋を発見してからは、休日の午後はプラモデル作りに励んでいるのだ。
設計図を見ながらやっていると、無心になれる。
さて、休憩にコーヒーでも淹れて飲みますか。
ふと時計を見ると、午後の3時である。
「3時のおーやーつー。」と、昔あった3時のあなたという番組の主題歌を替え歌でうたってみる。
コーヒーには、クリープをスプーンで2杯入れるのが美味い。
すると、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、上下黒のスーツでサングラス。おまけに黒のハットを被った3人組が立っていた。
映画メン・イン・ブラックに登場するような3人組だ。
ただ、顔つきは、大阪のオッチャンという感じなので、どうにも、迫力に欠ける。
「あのう、どちらさまでしょうか。」と聞くと、真ん中のリーダーらしき人物が、警察のバッジのようなものを、瞬間チラリと見せて、またポケットにしまった。
「はあ。早くて、見えなかったんですが。」
すると、またリーダーが、2つ折りのバッジを、チラリとやった。
「あのう、それが、何なんですか。」
「バッジ見て解らへんかなあ。時間公安や」
リーダーは、じれったそうに言った。
「初めて聞きましたけど、それは何なんですか。」
「いや、その前に、ちょっと中に入らせてもらうよ。わしらは、日本政府の指示で動いてるんや、逆らう事はできひんで。」
そういうと、3人が、ずかずかと部屋に入ってきた。
ただ、入る時に靴を脱いで、3人とも綺麗に揃えたのは、黒ずくめの衣装には似合あない動きだった。
「あんな、わしらは、日本国民が、正しく時間を使っているか調査してるんや。んでやな、間違った使い方してる場合は、逮捕っちゅうこともあるからな、ちゃんと協力してもらわなあかんで。」
「だがね。」と、右の男性が続けて言った。
「あ、気になったやろ、この男の「だがね」ちゅうの。いや、こいつは名古屋出身やからね、標準語喋ってるつもりらしいけど、たまに、「だがね」ちゅーてまうねん。まあ、ゆるしたってな。」
「だがね。」と右の男が頭を下げた。
すると、左の男性が、合掌をして、ぺこりと頭を下げる。
見ていると、左の男は、言葉を発せずに、いつもジェスチャーのようである。
「さて、ここからが、本番や。さっそく、質問させてもらうで。」
「はあ。」
「あんた、今、何をしとった。」
「いや、休憩に、コーヒーでも飲もうかなと思ってたとこですわ。」
「そうか、休憩にコーヒーか、うん、なかなか洒落てるな。わしらは、いっつも、お茶や。しかも、出がらしの味のせえへんお茶や。まあ、それは、どうでもええ。なんで、お茶しとったんや。」
「何でって言われても、ちょうど、3時やったし、休憩ですわ。」
「おっ、今、何ちゅーた。」
「いや、だから、3時の休憩です。」
すると、3人は、お互いに顔を見合わせて、頷く。
「ほほう。3時やから、休憩か。そしたら尋ねるけれどな。あんたの3時は、いったい、何時や。」
「3時は、何時やって、3時ですけど。」
「ちゃうねん。わしが言うてるのは、あんたの3時は、何時やっちゅうことや。」
変なことを聞く人たちだ。
「あ、わしら大阪弁やから分からへんかったんかな。詰まりは、君の3時は、いったい、何時なんだということを聞いとるわけや。」
「だから3時です。」
「何で、3時って分かるんや。」
今度は、ちょっとキツイ口調で聞いた。
僕も、少し腹が立って来て、同じような口調で答える。
「だから、時計を見てみてください。3時になってるでしょ。」
すると、リーダーは、他の2人と目配せをして、「そうとう、洗脳されとるな。」とため息まじりに言う。
「あんたは、時計の時間が、自分の時間だと思っているようだけれど。それは違う。時間は、1人ひとり違うはずや。」
「そんな、1人ひとり違ったら、社会が混乱しますやん。」
すると、リーダーは、ちょっと間をおいて、「まあ、そうやな、混乱するわな。」と言った。
「あ、そこは、納得するんや。混乱するって納得するんや。」
「まあ、そやな、混乱しそうやわな。そやけど、あんたは、どうして、今が3時やと思うねん。誰が決めたんや。」
「いやあ、誰が決めたか知らないですけれど、あれは、あれでしょ、確か、グリニッジ天文台のあるところを基準にして時間を決めてるんでしょ。んでもって、国によって、そこから時差を計算して、その国の時間を決めてるんでしょ。」
「それが、そもそもの、混乱の原因や。あれ、オカシイと思わへんか。時差なんて、必要ないやろ。全世界、一斉に同じ時間やったら便利やと思わへんか。日本が3時やったら、アメリカも3時、モスクワも3時ちゅうことにしたら、便利やん。毎日24時になったら、全世界一斉に、次の日になるねん。もう、一斉に、パッと変わる。」
そういうと、ジェスチャーの男性は、手のひらを顔のところに持って来て、パーの形にした手のひらを、表にしたり、裏にしたり、パッと変わるというとこのジェスチャーをした。
そして、右の男性が、付け足した。「だがね。」
「はあ、便利なような気もしますね。」
「そこが陰謀なんや。あれはな、世界を支配している裏の組織が決めたことなんや。世界を分裂させるために、わざと時差なんてもんを作って、今何時か計算するのが難しいようにしてるんや。たぶん、メイソンやろ、フリーメイソンか何か、そんな組織がやってるはずや。雑誌のムーを読んでるもんには、分かるんや。そやけど、あのムーっちゅう雑誌も、付録が、エエもん付いてるときと、しょーもない付録の時があるねんな。この前は、パワーストーンがついてたから、エエ付録やったわ。まあ、それは、あんた興味ないかもしれへんけれどな。」
「まあ、ムーは、何回か読んだことありますけど、付録までは気にしてませんでしたわ。」
「そうか、付録は気にしてへんかったんや。」
「わしは、本より、付録の方が気になるで。まあ、興味ないやろうけれどな。」
「はあ、特には、興味はないです。」
リーダーが、少し寂しそうな表情をした。
左の男は、人差し指で、目から、涙がこぼれ落ちているジェスチャーをする。あんた、パントマイムか。
それにしても、彼らの目的は、何なんだろう。さっきから、いろいろ喋ってはいるが、何が目的なのか、まだ掴めない。
「さあ、そこでや、裏の組織が決めた時間を、そのまま使ってたら、これは、大変なことになるやろ。なんせ、裏の組織の時間やから。」
「はあ、どんな大変のことになるんですか。」
そう聞いたら、リーダーは、少し固まって、表情が無になった。
「、、、、、。」
「あのう、大丈夫ですか。」
「さて、そこで、今言ったように、大変なことになりますわな。だから、、、、。」
何事もなかったように、続ける。
「いやいや、その大変なことを知りたいんですけれど。」
すると、また固まって、「そこは、想像にまかせるわ。」
そうなんだ。僕が想像するんですね。
「そこでや。ここで立ち上がるのが、日本政府なんや。なんせ、日本は、世界のリーダーやからな。ピシッと決めなあかん。そこで、裏の組織の時間やない、民主主義の時間を世界に広めようちゅうわけなんや。」
「民主主義の時間ですか。」
「そうや。民主主義によって、日本の時間を決めるんや。そのためには、個人の時間を決めやなあかんちゅうわけや。」
「でも、どうして決めるんですか。」
「あんたも、物分かり悪いな。民主主義やで、多数決に決まってるやろ。」
「多数決。」
「そうや、みんなが、今が、5時やっちゅうたら、5時にするんや。」
「そんなんで、ええんですか。なんか、もっと科学的な理屈でもって決めないんですか。」
「仕方ないやろ。民主主義やさかい。」
「そんな訳やから、まずは、個人のあんたの時間を決めようか。」
「僕の時間ですか。もう、面倒くさいから、僕の時間は、今は、3時でいいですよ。」
「いや、それは、民主主義に反する。そんな自由は認められてないんや。多数決で決めやなアカンのや。」
「そんなあ。」
「そしたら、君は、彼の時間は何時だと思う。」そうリーダーが、ジェスチャーの男性に聞いた。
「そうですね、まだ、1時ぐらいじゃないですか。」
なんや、ジェスチャーしかせえへんのかと思ったら、喋れるんや。
すると、リーダーは、「そうか、1時か。意外と早いな。じゃ、君は、何時だと思う。」と今度は、「だがね。」の男性に聞く。
「そうですね。2時と言ったところですか。」
あ、「だがね。」を付けなくても喋れるんじゃないか。
「2時か。でも、どうして2時やと思った。」と聞いた。
「何となくです。」
それを聞いて、リーダーは、大きくうなずいて、「素晴らしい。何となくというのは、実に素晴らしい。それは、第6感というやつだな。そういえば、わしも、2時ぐらいやと思うな。何となくな。」
そこで、3人は、ひそひそと話を始めて、結論が出たのか、僕に言った。
「民主主義の手法によって、あんたの時間は、今は、午後2時とする。」そう高らかに宣言をしたのであります。
「いやあ。勝手に2時だと決められても、それに、何となくって、そんないい加減な。」
「いや、時間とは、そういうものだ。」
宣言をしたら、急に「だがね。」の男性が、そわそわしだした。
「あのう、もう僕の時間は、5時なんです。定時退社ちゅうことで、いいだがね。」
「そうか、もうそんな時間か。そういえば、なんとなく、わしの時間も5時になったようだし、これで失礼するか。」と言って、急いで席を立とうとする。
「あのう、この僕の時間って、日本国民が全員やることなんですか。」
すると、リーダーは、呆れた顔をして、「あのねえ、わしらは、この3人で、全国を回ってるんや、そんな日本国民全員に時間を決めるのは、もう時間的に無理やろ。あっ、時間を決める公安が、時間が足りないって言うてしもたがな。はははは。」と、ジョークを言ったつもりなのか、ひとり笑った。
そして、時間公安の3人は、帰って行ってしまった。
それにしても、彼らは、本当の公安なのだろうか。
甚だ疑問だ。
とはいうものの、こんな奇妙な話を、わざわざ、僕をターゲットにして、尋ねてくるというのも、その理由が考えつかない。
今の時間は、何だったのだろうか。
ただ、1つ言えるのは、彼らのお陰で、すっかりコーヒーが冷めてしまったことである。
気分を変えるために、ちょっと散歩でもしよう。
このまま家にいたんじゃ、また彼らの事を思い出してしまう。
散歩でもして、頭を空っぽにする必要があるだろう。
公園まで歩くと、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
あ、そうだと思って、財布に入れていた通販の振込用紙で送金するために銀行に行った。
そして、銀行を出てから、オカシイなと首をひねる。
腕時計を見ると、4時である。
もう、とっくに銀行の業務は終わっている筈なのだ。
すると、また、学生が、1人銀行に入って行く。
僕に気づいたら、会釈をして「僕の時間は、今2時なんです。」と言って銀行に入って行った。
再度、時計を確認したら、針は4時を指している。
どうにも気になって、学生が出てくるのを待って、声を掛ける。
「あの、さっき君は、僕の時間は2時ですって言ったよね。」
「銀行に入る前、あなたを見て、ひょっとしてと感じまして。あなたも、時間公安に会ったんじゃないかって思ったもので。実は、僕も時間公安に会ったのですよ。それ以来、何故か、社会は今までの時間で動いてるんですが、僕の周りだけは、僕の時間で動いているようなんです。だから、今だって、銀行に入れた。」
僕は、ただただ、びっくりして、若者の話を聞いていた。
「実は、僕のまわりだけ、時空が歪んでいるというか、僕の時間で動いてるんです。」
そんなバカな話があるのだろうかと思いつつも、今、自分に起こっている事実を考えると、彼の言う事も一理ある。
すると、銀行の前で口論をしている女性に気が付いた。
銀行員相手に、何かをモメテいるようだ。
「だから、あたしの時間は、まだ1時なのよ。だから、手続きをして当然でしょ。」
「いえ、私どもの多数決で、あなたさまの時間は、5時と決定しましたので。お引き取り下さい。」
そんな内容の話が聞こえてくる。
しばらくモメテいたが、女性が泣きながら、引き返してきた。
どうしたのかと声を掛ける。
「あたしの時間は、今、1時なんです。でも、それって、時間公安の3人が決めた時間だったんですけど、今さっき、銀行員の5人に、それは違う、あなたの時間は、5時だって言われたんです。向こうは5人だから、多数決で負けてしまったんです。あたし、これから、4時間も遅い時間を生きて行かなきゃいけなくなっちゃったんです。」
それを聞いて学生が、頷きながら「それは、可哀想に。」と、心底、同情しているようだった。
何か、おかしい。
今、目の前で起きていることは、果たして、現実なのだろうか。
急に、怖くなってきて、家まで小走りで帰る。
その途中でも、「私の時間はね。」「いや、僕の時間は、3時だ。」「こっちは、10人で2時って決めてもらったのよ。」なんて、会話が、そこいらじゅうから聞こえてくる。
家に入って、ドアを閉めると、少し落ち着いてきて、さっきの事を振り返ってみた。
それにしても、今まで、日本中の人は、時計の同じ時間を、誰もが守って生活をしていると思っていた。
いや、それは、事実だ。
今何時ですかと聞いて、時計の時間が3時だったら、みんなが3時だと答える。
同じ時間の物差しでもって、学校や、会社に出勤して、同じ時間で仕事をする。
僕の3時は、他の人の3時なのである。
しかし、今さっき起きたことは、それとは違う世界だった。
僕の時間と、他人の時間が違うのだ。
そんなバカなことがあるだろうか。
ソファにぐったりと、なだれこむように座ってテレビを点ける。
ニュース番組で、女子アナウンサーが、時間の問題を真剣に伝えている。
ネットで時間の多数決を売るビジネスが始まったという。
1人につき500円払って、自分の時間を決めて貰う人を集めるという。
100人ぐらい集めたら、もう自分の時間は、保証されたようなものらしい。
狂っている。
もし、このニュースが本当なら、日本は、狂っている。
しかし、そんな話は、昨日までは聞いたことが無い。
まるで、夢を見ているような気分だ。
とはいうものの、さっきの散歩でも、街中に、自分の時間を主張する人があふれていたじゃないか。
或いは、本当は、もう随分前から民主主義の時間というものが、日本中で使われていたのだろうか。
そして、僕だけが、それを知らなかったのだろうか。
僕は、友人に電話をしてみた。
「あのさ、変なことを聞くようだけれど、君の3時は、何時だ。」
「お前、大丈夫か。3時は、3時に決まってるやろ。」
やっぱり、そうだ
僕は、間違っていない。
3時は、3時なんだ。
少し安心して、今日あった出来事を、彼に話した。
「お前、一回、飲みに行こか。ちょっと、疲れてるぞ。」
そう言って、僕の話を、夢か妄想の話だと思って、信じようとはしない。
まあ、そうだろう。
昨日までは、僕も、それが真実だと思っていたのである。
でも、もう、今は、どっちが真実なのか、分からない。
ため息をついて、テレビを消すと、玄関のチャイムが鳴った。
重い腰を上げて、ドアを開けると、黒ずくめの別の3人組が立っていて、バッジをチラリと見せて言った。
「空間公安だ。」
そして、何の説明もなく、言葉を続けた。
「君の、空間はどこだ。」
僕は、頭が真っ白になって、静かにドアを閉めた。
その後、何度もピンポンとチャイムが鳴っていたが、僕は、耳をふさいで玄関に立ち尽くしていた。
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