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序章
子供の頃、内気な性格の聡は人前で話すのが苦手で、先生に指されないよう目を合わさず授業を受けていた。
それでも身体を動かすのは得意で、模範演技など先生から指名される事もあり、その時はヒーローのような気分を味わえた。
そんな聡は社会人となり技能職に就いて数年働き、ある縁から転職し営業職として仕事をする事になる。
人前で話すのが苦手な筈が営業職で開花し、全営業職年間売上で1位を獲得するなど尊敬に値する程の結果を導き出していた。
そして、優しさ溢れる素敵な女性と家庭を築き、二人の子供にも恵まれ幸せな日々を過ごしている。
そんな聡だが、とても充実しているはずなのに、心の中にふと隙間ができるような感覚に陥る事があり、これで良いの?、まだやれる事があるよね?、これ以上望んでどうするの?等…云々。
自問自答している自分が可笑しく思えることもしばしばなようであった。
そんなある日、いつも利用する路線の某駅でそれが起きた。
某年7月12日(火)午前、某区在住の女性が通過するNエクスプレスにホームから投身自殺。
120km/hで通過する車両の勢いに身体は弾き飛ばされ、ホーム売店の窓ガラスを突き破り絶命。
売店で買い物をしていた乗客4名が巻き添えとなり負傷した。
その悲惨な事故で止まらず、7月13日(水)午後、7月25日(月)午後、8月25日(木)午前、9月18日(日)午前と、2ヶ月あまりで5名の方がNエクスプレスに身を投じてしまった。
ホーム屋根には青い採光窓、柱には顔が写る金属板を設け、気持ちを落ち着かせる手段を講じ、ホームの椅子は線路に向かわないよう90度移設、巡回する駅員を増やす対策もしたが、投身自殺を防げない…。
私鉄が運用するSライナーとの時短競争もあり、大幅に負けているNエクスプレスは駅通過時の速度を下げる対策も検討したが、残念ながら望める状況ではなかった。
かなり期間が経ってから正式にホームドア設置の予算が取れ、完成まで半年以上掛かる予定を発表。
完成までの期間中、巡回する駅員が懸命に目を配るも、多くの乗客の中から視認で自殺を止めるのは至難の技であった。
また、ニュースで報道されると同様の事故が続くとも言われるが、これはどうする事も出来ない。
投身した方々は思い悩み苦しんだ末での選択であろうから、それを考えると心が痛む。
SNSが盛んな今ではニュースより情報伝達が早い時もあり、精神状態によっては追い詰められるきっかけとなる場合もあるのかも知れない。
短期間にこれだけ続くと、何かに誘われているのではないかと疑りたくもなってしまう。
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