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できそこないの僕の魔法
「どうしてできないのかしら……」
僕の目の前にいる先生が、悩ましい顔でため息をつく。
その間も僕は今日のテストでできなかった魔法の基礎呪文を唱え続ける。
先生は20代後半できりっとした顔立ちの女性の先生。クラスの男子からも結構人気があるようだ。そして僕の担任の先生で、今まさに再テストの真っ最中なのである。
「もともと体内の魔力量が少ないとは聞いてたけど、まさか基礎中の基礎のこの魔法が使えないとは」
必死に呪文を唱え続ける僕を生暖かい目で見守る先生。
そしてぱんっと手を一回たたいて僕に合図をし、
「もう終わりにして大丈夫よ、ムイガくん。あとは私から親御さんに報告をいれるわ」
と、再テストが終了したことを告げる。
「テスト不合格よ。結果は魔法適正なし。あなた、もしかしたら魔法が使えない特異体質なのかもしれないわね」
うすうすは気づいていた。僕は周りとは違うということを。
一般的には言葉を話し始める時期には何かしらの魔法属性を持ち、少しずつ能力の片鱗を見せる。
だが、僕はいつまでたっても魔法らしきものを使うことはなかった。
今の僕は中学一年生。もうこのぐらいの歳になればその能力も少しは安定し、少しの魔力量の魔法ならみんな気軽に使えてしまうような時期にきている。
でも僕は、幼い頃に発現するはずの魔法能力もいまだに見られず、魔力量はごく少量。魔力量だって成長と共に増えるはずなのだが、その兆候も見られない。
きっと先生の言うとおり、僕は魔法の使えない特異体質なのだろう。
つまり、この世界では生きにくいできそこないの『人間』である、ということだ。
この世界のほとんどが魔法を使える魔法使い、または魔女で構成されている。
ごく本当にたまにだが、僕のような『人間』と呼ばれる魔法の使えない体質のものが生まれるらしい。
それは母や父、親族が代々魔法使いや魔女の家系であっても人間が生まれることがあり、魔法能力の発現は遺伝に関係ないとのことだ。
なので、僕の両親も親戚もみんなちゃんと魔法が使える魔法使いや魔女たちばかりだ。
人間なのはきっと僕しかいないだろう。
家に戻ると両親がすでに仕事から帰宅しており、すぐに大きな病院へと連れていかれた。
二人とも神妙な顔で、我が子が人間であるかもしれないと不安でいっぱいな様子だった。
「大丈夫よムイガ、私たちの家系で魔法が使えないものは一人だっていないんだから。きっと魔法能力の発現が他の人より遅れてしまっているだけなのよ」
「そうだぞ、ムイガ。気にしなくていい」
車内で必死に僕を安心させようと声をかける両親。
あ、違うな。僕のことをじゃない。
自分自身を安心させるためか。
僕は黙って車窓から外の様子を眺める。
流れていく街並みはどこか違う世界にいるようで、幾分か心が穏やかになるのを感じた。
「残念ですが、やはりお子さんは魔法が使えない体質、人間のようですね」
医師の診断結果は僕の察していた通りの言葉だった。重苦しい空気が流れる。
「せ、先生? ムイガは魔力量が微量ではありますがしっかりとあるんですよ? 人間なわけないじゃないですか!」
「魔力があろうとも、それを使える体質でなければそれは魔法能力があるとはいえないのです」
「でも、うちの家系で人間なんて……!」
「魔法能力に遺伝は関係ありません。優秀な魔法使いの家系の家族に人間が生まれたこともあるのですよ」
母さんは医師の言葉が刺さったのか口をつぐみ、うなだれてしまう。
「そうはいってもですね。やはり納得ができません。魔法能力の発現が遅れているだけということはないのでしょうか」
父さんが母さんの背中を優しくさすりながら、医師にするどい視線を向けて問う。
「あらゆる検査で確認をしておりますので間違いありません。この先、彼の魔法能力が発現することはないでしょう」
医師がどうしようもないといった表情で答える。
「私たちは信じません。そんな、ムイガが人間だなんて……」
母さんが震えた声で反論する。
そんな母さんの言葉を聞き、父さんも難しい顔をしていた。
「別の病院へ紹介状をお願いします。息子を一番理解しているのは私たちですから」
父さんは医師に更に大きな病院への紹介状を受け取ると深く頭を下げた。
そして、母さんと僕の背中をそっと支えながら診察室を出ていったのだった。
病院からの帰り、あの医師の言葉がまだ飲み込めていないのか車内で両親は互いに「先ほどの診断はきっと誤りだ」と断言していた。
「もっと大きな病院でみてもらえば、きっとムイガが人間なんかじゃないって証明ができる」
「そうね、きっと何かの間違いよ」
僕が人間であるという現実を否定する二人。
魔法が使えない。確かに不便で生きづらく、周りからバカにされ、見下されてしまうだろう。
だけど、人間であったとしたのなら何がそんなにまずいのだろうか。
僕が僕であることに変わりはない。
今までどおり、魔法を使うことができないだけだ。
「人間だとしたら何が駄目なの?」
純粋な疑問を僕は二人に問うてみた。
母さんが目を丸くしてこちらを見る。
「な……ムイガ! あなたあの医者の言葉を信じてるのね。大丈夫、母さんがムイガがちゃんとした魔法使いになれるって証明するからね」
ちゃんとした魔法使い。
「母さんは僕にちゃんとした魔法使いになってほしいの?」
「そりゃあそうよ。すごい魔法が使える優秀な魔法使いは将来いくらでも選び放題の人生を歩ける。あなたには私たちよりもっといい人生を送ってほしいから」
目に涙を浮かべながら僕を抱きしめる母さん。
母さんの体温が伝わりあたたかい。
でも、反対に僕の心は冷え切っていた。
「ごめん。父さん、母さん。僕は魔法使いになれないよ」
二人の緊張した空気が伝わる。僕は続けた。
「検査はもうしない。何度したって結果は同じだよ。僕は人間。魔法使いにはなれない。それが現実だ」
母さんは僕から体を離すと、困惑と怒りの混じった表情で僕を見る。
「ムイガ、何でそんな酷いことを……」
酷いことってどういうこと? 僕は二人に真実を告げただけなのに?
「僕はもう受け入れているよ。というかむしろホッとしているんだ。僕は人間だってことがはっきりとわかって。今までずっとずっと苦しかったから」
僕は母さんに笑顔で答える。
そしてその瞬間、
バシッ
僕は母さんに平手打ちをされた。
打たれた頬がじんじんと痛い。
僕は痛みのする頬を手で覆いながら、母さんを見つめた。その目には涙が溢れ、顔が真っ赤になっていた。
「母さんたちがどれだけ心配してると思っているの! それを、人間と言われてホッとしたなんて。そんな言葉聞きたくなかった!」
どうしてこんなに声を荒げて怒っているのだろう。
「魔法使いになれない? あなた、それがどんなことかわかって言っているの!?」
そんなに熱くなるほどのことなのだろうか。
「魔法が使えないってことはできそこないの底辺の存在になるってことなのよ! 魔法が全ての社会であなたは生きることさえ難しくなるの。わかる!?」
確かに生きづらくはなるな。でも、できそこないって。もしかして魔法がいつまでも使えない僕のことを母さんは今までそんな風に思っていたのだろうか。
「それでもあなたは自分が人間だっていうの?」
こんなにも力説するほどに捻じ曲げたい現実なのだろう。母さんにとって息子が人間であることは認めたくないのだ。痛いほど伝わってきた。
「うん。人間だよ。それは僕が一番わかってる。自分のことだから」
母さんがこの世の終わりのような顔をしている。
そんなに、そんなに嫌なのか……
「そう。ならあなたは今日から私たちの息子じゃないわ」
母さんの冷たい声が車内に響く。
父さんが慌てて母さんに注意した。
「おい! お前何を言って……!」
「そうでしょう? だってうちに人間の家族がいるわけがないわ。そんなのご近所さんやうちの両親、親戚に知れたらどうなると思う? 笑いものにされ、蔑まれる毎日よ。そんなの耐えられない」
うつろな目で僕に訴える母さん。
社会的に人間の立場は低い。母さんが周りの目を気にするのももっともなことだ。
「ごめん、母さん。僕のせいで苦しめて」
「ムイガ! お前こんなこと言われてもまだ自分が人間だって言い張るのか!?」
父が僕に怒鳴る。
僕はこの場合、人間じゃないと答えるのが正解なのだろうか。そう答え、また更に大きな病院で検査して……考えるだけで憂鬱だった。
「僕がそうじゃないといっても、現実は変わらないよ」
冷静で穏やかに僕は答える。
これが、人間である僕の人生がはじまった瞬間だった。
僕はさまざまな手続きを終えて、人間や身寄りのない子どもなど、さまざまな事情を抱えた子どもが保護される施設で暮らすことを選んだ。
両親のもとでこのまま暮らすこともできたのだが、母さんは人間だという僕を見る度に精神的に苦しくなってしまうようで、体調を崩してしまうことが多かった。そんな苦しむ母さんの姿を僕はとてもじゃないが見ていられなかった。
なので、施設で暮らすことを決意した。
ここでの暮らしは悪くない。今までどおり学校にも通える。両親との面会も施設からの了承を得ればできる。プライベートな部屋だって一人一部屋もらえるのだ。設備も充実している。
そしてこの施設で、僕が魔法を使えないことで不便なことはなかった。
次の朝。僕は学校に登校すると、早速担任から呼びだしを受けた。
きっと施設の件や魔法能力の件だろう。
「ムイガくん。君、人間と診断されたんですってね」
同情の目で僕を見ながら聞く先生。
「そうですね。ですから、これから魔法の授業を僕は受けられないので、知識や知能、技術など、魔法以外の授業を代わりに多く受けさせていただくことになります」
先生が驚いた様子で僕に問う。
「あなた、何でそんなに冷静なの? 他の子たちと魔法の授業が受けられなくなるのに」
魔法の授業なんて大嫌いだったからむしろ嬉しい。
今までは絶対にできないことをみんなの前で嘲笑されながら無理やりやらされていたのだから。
「人間に関しては自分なりにいろいろと調べているので理解しています。先生は僕のこと、魔法の使えないかわいそうなやつだと思っているのですか?」
「かわいそうなって……うーん、ただ、やっぱり不憫ではあるなとは思っているわ。両親とも離れて暮らすことになったんでしょう?」
「そうですね。母さんが僕が人間であることに強い拒否反応を示してしまって。なので仕方ないです。それに独り立ちの時期が早まっただけと考えればどうってことないですよ。施設の暮らしは快適ですし」
そう淡々と答える僕を心配そうに見つめる先生。
「辛いことがあるようならいつでも私に言ってね。いつでも助けになるから」
今後、辛いことがある前提で話をされる。
相談することで、果たして先生に何ができるのだろうか。人間ではない先生に。
疑問ではあるが、頭の片隅にでもいれておこう。
「わかりました。ありがとうございます」
僕は先生に礼をすると、職員室を出ていく。
周りの先生方の憐れむような視線を背中に感じながら。
教室に戻ると、室内がまるで水族館のような、海の中の空間になっていて僕は驚いた。
この幻想的で美しい空間はどうやらクラスメイトのメルトさんがかけた魔法によるものらしい。
彼女は学校一の魔力を持ち、成績もとっても優秀ないわゆる優等生だ。しかも美人で人気者である。
「メルトすごい! こんな魔法、中一でできる子なんてメルトくらいしかいないよ!」
「将来は立派な魔女になれるわね。きっと有名人になっているわ。今のうちにサイン貰っておこう!」
彼女の周りにたくさんの人が集まり、話が盛り上がっている。
褒められまくっている彼女もまんざらでもないといった顔をしていた。
立派な魔女。母さんは僕が彼女みたいな優秀な子どもだったら安心してくれていたのかな。
自分の席に着き、そんなことを考えながら彼女を見つめていた僕。
そしてその彼女と目がばっちりと合ってしまった。
僕は慌てて目をそらす。
別に見てたからといって何も悪いことはないのだが、彼女のまっすぐで透き通った目を見たら、急に緊張してしまった。
ちらりと軽く彼女の方に目を向けると、何事もなかったかのように周りとの談笑を再開していた。
よかった。変なやつだとは思われてないようだ。
始業のベルがなった。
今から魔法の授業がはじまる。
僕はというと、今の時間はどこのクラスも魔法授業なので教室にて自主学習中だ。
今頃、みんなは楽しそうに魔法の授業をしているのだろう。僕にとっては苦痛でしかなかったけどね。
魔法が使えるってどんな気分なんだろうな。
ふと、そんなことを思ってしまい、メルトさんの顔が浮かんだ。
彼女は僕と正反対。大人顔負けの魔法が自在に使えてしまう。
今朝の教室にかけられた魔法だって見事なものだった。海の中そのもののようなのに、まったく息は苦しくないし、魚に触ろうと意識を集中すると人間の僕にでも触れるほどだった。
あれほどの魔法能力を持つのだ。きっと彼女の人生はとても素晴らしく、輝かしいものになるのだろう。
そして気づく。僕は魔法が嫌いだったけど、使ってみたいと憧れてはいたのだな、と。
ちょっと悲しくも思えてきたが、こんなことを引きずっていても何も始まらない。
感傷に浸るのはやめ、僕は自分のできることに集中する。
目の前には真っ白なスケッチブックと色鉛筆。
これは施設の人にお願いして特別に取り寄せていただいたものだ。
これから僕は『絵』というものを描く。
この世界はかつて、人間が多くいた時代があったらしい。そのときは魔法なんて信じられていなくて、みんな様々な技術や知恵を使って、より良い社会を築いていったそうだ。
その技術の中で僕が注目したのが『絵』だった。
目に見えているもの、心の中、空想のものを思い思いに描いていく。リアルなものもあれば、抽象的なもの、不思議な感じのするものなど様々なものがあった。
僕はその『絵』というものに心惹かれ、自分も描いてみたいと思った。
だが、画材というものは今の時代少なくなってしまっている。それは魔法技術が優れた今は魔法で何でも現像できてしまうから。立体的にも、平面的にも、映像としてもね。
だから施設の人に頼みこんで特別に画材を取り寄せてもらったのである。それがこのスケッチブックと色鉛筆というわけだ。
どんな絵を描こう。この白い紙に僕はどんなものでも自分の思うがままに描くことができる。
わくわくした。今までにないくらいに
僕はこの白い世界の中でただ一人、無敵だった。
楽しかった。一度描き始めたら止まらなかった。
頭に無限の世界が広がる。
縛るものは何もなかった。
僕はただただ自由だった。
「ねぇ、それ何?」
耳元で声がして現実に意識が戻る。
驚き、声がした方を向くとそこにはメルトさんが立っていた。
「メ、メルトさん? 何でここに」
「ん? 魔法授業の課題が簡単すぎてさ、つまんなかったからさっさと終わらして教室戻ってきちゃった」
にこっと笑いながら答える彼女。
「んで、教室でのんびりサボろうと思っていたらムイガくんがいたってわけ」
なるほど。課題だけ終わらして授業を抜けてきたのか……
「で、その写真? みたいなの何なの? この教室のようだけど、海のような空のような……不思議な感じ。誰もいない教室なのに何だか楽しそうでもあるし。おもしろいわね」
彼女が僕の描いた絵をじっとみて尋ねる。
「これは『絵』っていうんだ。魔法がなかった時代にあったもので、風景や人、自分の頭の中にある世界、他にもいろいろ自由に描いて表現することのできるものらしい」
僕は頭の中にある『絵』についての情報を彼女に説明する。
「へぇ……自由に、か。それでムイガくんとっても楽しそうだったのね」
そうか、他の目から見ても僕は楽しそうに見えていたのか。ちょっと嬉しい。
「こんな素敵なものを描けるなんて、ムイガくんすごいなぁ」
「すごい? 僕が?」
初めてそんなことを言われた。
今まではどうしてできないの? とか、できそこないだ! とかそんな風にしか言われなかったから。
「うん。私にはこの世界は見えてこないから。たぶん、描けないよ」
「そんなことないよ。何でもできる優秀なメルトさんだったらこれくらいすぐに描ける。それどころか、きっと僕よりすごい絵を……」
「やめて」
彼女は僕の言葉を遮り、続けた。
「優秀だからとか、何でもできるとか、そういうのもう、うんざり」
表情が一気に暗くなる。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「優秀なのはいいことじゃないのか」
「私にとっては優秀であることは普通なの。だからこそ嫌」
困ったような顔で僕の問いに答える彼女。
どういうことだろう。
「ムイガくんの言うとおり、私は何だってできる。それも大して苦労もしないで。ちょちょいのちょいって」
彼女はそう言いながら右手の人差し指を立てて円を描くとそこにぱちぱちと星型の光が小さく灯って消えた。
「うらやましいよ。僕は何をやってもできないことだらけ。魔法だって使えないしね」
僕は彼女に正直な気持ちを伝える。
何でもできてしまうという彼女。対して、何をやってもうまくいかない僕。
どっちがすごいかなんて、誰にだってわかることだ。
「何でもできるってね、すごいようだけども本人はとてつもなくつまらないものなのよ」
ふふっと彼女は悲しげに笑うと、僕をじっと見つめてきた。
「何をしても何でもできちゃう。できないことがないの。だから達成感とか感動とか、そういうのを感じることができない。私からしたら、たくさんの可能性を秘めているムイガくんの方がうらやましい」
僕のことがうらやましいだって?
そんなの、そんなこと、僕はだって……
「僕は魔法が使えないのに?」
気づいたら心の声がもれていた。
「魔法が使えないなんて嘘よ」
僕の問いに彼女はそう断言した。
嘘? どこが嘘なんだ。
生まれてから一度も僕は魔法が使えたことなんてないのに。
「気づいてないの? 自分が魔法を使っていることに」
「からかうのはやめてくれ。僕は魔法が使えない。人間なんだから」
ちょっと腹が立ってきた。何で彼女はこんなことを言うのだろう。
「からかってない。ムイガくんが自分のすごさに気づいてないから、どうしても気づいてほしくて」
僕のすごさ? そんなものどこにも……
「君の魔法、私が今まで見てきた魔法で一番美しくて綺麗でおもしろかった」
優しい笑みを浮かべて彼女は言う。
「だから、僕は魔法なんて!」
彼女はゆっくりと瞬きをすると、指を指した。
僕は苛立ちながらも、彼女のその指の先が指す方に目を向ける。
そこにあったのは、僕の描いた『絵』だった。
「もっと見たい。君の魔法。私、君の魔法がとっても好きだから」
彼女の言う僕の魔法。
それは、僕の描く『絵』のことだった。
「……これは、魔法じゃない。僕が色鉛筆で現実の世界と頭の中の世界を自由にあわせて描いたものだ。別に何か特別な魔法能力を使って現像したわけじゃなくて」
「わかってるわよ。これは魔法による現像じゃないことなんて。だって、ムイガくんが描いているところ私、見ていたし」
なら、どうして魔法だなんて……
「これは私たち魔女や魔法使いが使えない、ムイガくんだけの魔法ってことよ。特別であったかくて素敵な魔法」
僕だけの魔法。
彼女の言葉は僕の心にすとんと落ちてきた。
これが、この『絵』が、僕の魔法。
「魔法が使えるものにはわからないムイガくんだけの世界。私には見えない世界。それが君には見えてる。そして作品として表現することができる」
彼女は顔を僕に近づけると、興奮気味に言った。
「それってとっても素晴らしいことよ。誰にも真似できることじゃない。そして私は君だけの世界に興味があるわ」
顔が近い。キラキラと光る彼女の瞳はよく見ると深い青色で美しい海の色をしていた。吸い込まれてしまいそうだ。
「だからもっと君の魔法を見せてほしいの。ダメ……かしら」
上目遣いで頼む彼女。
かわいすぎる。僕は心臓がバクバクで顔も真っ赤なっていた。
こんなの断れるわけがない。
「わかった」
すると、やったーと嬉しそうに両こぶしを真上にあげてはしゃぐ彼女。
その様子がとてもほほえましく、また僕も嬉しさから顔がにやけてしまった。
彼女が初めてだった。
人間とわかった僕をかわいそうだと決めつけ、憐れみの目で見てこなかった人は。
そして、僕を心からすごいといってくれた。
人間である僕に。魔法が使えない僕に。
僕にない何もかもを持っている彼女が、だ。
からかっているわけじゃない。
純粋に真っすぐに僕をすごいと言ったのだ。
僕の見えてなかった魔法にも気づかせてくれた。
冷え切っていた心が彼女の言葉や行動でどんどんあたたかくなっていった。
辛いことしかないと覚悟させられていた未来に光が見えた気がした。
全部、彼女のお蔭だ。
「ありがとう」
僕は素直に彼女に感謝の言葉を伝えた。
「こちらこそありがとう。あなたに出会うことができて、今までつまらないと思ってた人生が楽しくなってきたわ」
ぐっと親指を立ててこちらに応える彼女。
とても生き生きとした姿で、こちらまで楽しい気持ちになった。
僕も同じ気持ちだ。君に出会えてよかった。
これからも僕は魔法を使うよ。
僕と君だけしか知らない、この特別であたたかく楽しい魔法を。
完
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