第3章 魔神狩り

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「メーベルル・アルディメイン女侯爵。こんな大物の魔貴族をしとめられるとは」  ユードが、横たわって動かないメーベルルを見下ろして呟いた。 「とどめは刺さん。日が昇れば跡形もなくなるからな」  そして彼は、突っ立っている七都を射抜くように見つめた。 「やはり、あんたは魔神族だったわけか」  ユードは、たった今メーベルルに振り下ろした剣を七都に向けた。  メーベルルに反応してオレンジ色に輝くその剣が近づくと、七都の闇色の瞳は、すうっと針のように細くなった。明るいところの猫の目のように。  ユードはそれを確かめると、七都の手首をつかんだ。 「はなしてっ!」 「あんたも、魔王に侍る魔貴族のお姫さまか。どこかの城の奥から抜け出して、お忍びの散歩でもしていたってところか」 「はなしてよっ」 「剣に触れるなよ。この剣まで粉々にされてはたまらん。あんたは簡単に破壊するが、これは貴重なものなんだからな」  ユードは剣を鞘におさめ、両手で七都の肩をつかんだ。そして、恐ろしい力で、七都の体を遺跡の折れた柱に押し付ける。  この人は、敵なんだ。  それが理解出来てくると、それまで感じなかった恐怖が、じわりと七都の体に這い上がり始めた。  この人は、私を殺そうとしているんだ……。 「あんたには恨みはないが、仕方がない。まだそんなに生きていないのに、非常に気の毒だと思う。私に対しての殺意もない。まだ無垢で、人間を襲って殺したこともないだろう。しかし、将来魔王の花嫁となって、次世代の魔王を生まないとも限らないからな」  ユードは腰のあたりから、しゃらしゃらと音をたてる金具のようなものを取り出した。  そして、素早くそれを七都の手首にはめる。長い鎖が付けられた手枷だった。  ユードは手枷の鎖を柱に回し、七都をそこに縛り付けた。 「これは、見た目は華奢で軽いが、案外しっかりした品でね。大柄で凶暴な下級魔神族でも、身動きが取れなくなる。もうすぐ日が昇る。ここで太陽に焼かれて、仲間と一緒に灰になるがいい」  ユードが言った。 「実に残念だな。あんたは、何で魔神族なんだ? エヴァンレットの剣が反応しないとは、そして、剣を破壊できるとは、どういう魔神族だ?」  七都は、キッとユードを睨む。 「あなたは、私をおとりにしたんだね。その何とかの剣を持たせて、魔神族に対峙させた。姑息で卑怯で汚い考えだと思わないの?」 「あんたが魔神族かもしれないという疑いを持っていたからだ。人間だと確信していたら、そんなことはしない」 「なんで魔神族だからって、こんな扱いを受けなきゃならないの? 魔神族がどういうものだかよく知らないけど、魔神族だって、たぶんみんな一生懸命生きてる。生んでくれた人もいるし、育ててくれた人もいるし、感情だって、知性だって持ってる。あなたと同じだよっ」  ユードは眉間に皴を寄せ、七都の顎に手をかける。 「あんたの今の言葉は、まさしく魔神族に対して我々が言いたいセリフだ。魔神族が我々人間に何をしてきた? 魔神族がいる限り、人間に平安はない」  七都は、ユードの顔を至近距離から見上げた。  感情を読み取れぬ、氷のような冷たい顔だった。  そんな顔を七都は生まれてからこの方、見たことはない。  自分を殺そうとしている誰かの、恐ろしい顔――。  こわい。  体全体が凍りつきそうなくらいに、こわい。  そのとき、倒れていたメーベルルが突然起き上がった。 「その人に触れてはならぬ!」  メーベルルはユードに襲いかかったが、ユードは素早く剣を抜き放ち、真正面からメーベルルに輝く剣の刃を浴びせた。 「メーベルル――!」  彼女は、再び倒れる。  石畳の上に横たわった彼女の銀の鎧に、紺色から明るい水色へと変化した青い空が映っていた。 「さすが魔貴族だな。まだ形を保っていられるのか。下級魔神族なら、最初の一太刀で分解しているところだ」  ユードが言った。 「だが、それも間もなく終わる。太陽が、おまえたちを跡形もなく消し去ってくれるからな」  ユードは、七都の髪をつかんで、指に絡めた。 「あんたのことは忘れない。不覚にも、殺すのに躊躇した唯一の魔神族だ。あんたに死んでもらうのは、実に嫌な気分だ」 「あなたを呪ってやる。取り憑いて、殺してやるから」  七都は、呟いた。  誰かに対してそういうセリフを吐くなど、想像したこともなかった。 「そうするがいい。そうできるものなら。だが、太陽は魔神族の体だけでなく、心も魂も焼き尽くす。あんたのすべては存在しなくなる」  七都は口を開け、目の前のユードの指におもいっきり噛み付いた。  七都には自覚はなかったが、ユードに噛み付いた七都の歯は、その瞬間だけ鋭く尖っていた。  ユードの指から、血が噴き出る。  赤い血だ。  七都がよく知っている、現実の自分の体の血と同じだった。  だが、口の中に残った彼の血は、鉄のような不快な味はしなかった。  甘いジュースのような――。  美味? 信じられないことだったが。 「見ろ。人間は血を流す。だが、魔神族は、その体を切り裂いても血は流れない」 「そうなの? 切り裂いたことないから、わからない」  ユードは、七都の髪をひとつかみ、剣で切り取った。 「あんたが太陽に焼かれる醜い姿は、見たくはないからな。ひとまず立ち去ることにしよう。あんたたちが消えたあと、それなりの弔いはしてやる。花も手向けよう。美しい魔神族二人の死を悼んで」 「結構! 花なんかいらない! 悼んでなんかほしくない! 二度とここに来るなっ!」  七都は、叫んだ。
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