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「メーベルル・アルディメイン女侯爵。こんな大物の魔貴族をしとめられるとは」
ユードが、横たわって動かないメーベルルを見下ろして呟いた。
「とどめは刺さん。日が昇れば跡形もなくなるからな」
そして彼は、突っ立っている七都を射抜くように見つめた。
「やはり、あんたは魔神族だったわけか」
ユードは、たった今メーベルルに振り下ろした剣を七都に向けた。
メーベルルに反応してオレンジ色に輝くその剣が近づくと、七都の闇色の瞳は、すうっと針のように細くなった。明るいところの猫の目のように。
ユードはそれを確かめると、七都の手首をつかんだ。
「はなしてっ!」
「あんたも、魔王に侍る魔貴族のお姫さまか。どこかの城の奥から抜け出して、お忍びの散歩でもしていたってところか」
「はなしてよっ」
「剣に触れるなよ。この剣まで粉々にされてはたまらん。あんたは簡単に破壊するが、これは貴重なものなんだからな」
ユードは剣を鞘におさめ、両手で七都の肩をつかんだ。そして、恐ろしい力で、七都の体を遺跡の折れた柱に押し付ける。
この人は、敵なんだ。
それが理解出来てくると、それまで感じなかった恐怖が、じわりと七都の体に這い上がり始めた。
この人は、私を殺そうとしているんだ……。
「あんたには恨みはないが、仕方がない。まだそんなに生きていないのに、非常に気の毒だと思う。私に対しての殺意もない。まだ無垢で、人間を襲って殺したこともないだろう。しかし、将来魔王の花嫁となって、次世代の魔王を生まないとも限らないからな」
ユードは腰のあたりから、しゃらしゃらと音をたてる金具のようなものを取り出した。
そして、素早くそれを七都の手首にはめる。長い鎖が付けられた手枷だった。
ユードは手枷の鎖を柱に回し、七都をそこに縛り付けた。
「これは、見た目は華奢で軽いが、案外しっかりした品でね。大柄で凶暴な下級魔神族でも、身動きが取れなくなる。もうすぐ日が昇る。ここで太陽に焼かれて、仲間と一緒に灰になるがいい」
ユードが言った。
「実に残念だな。あんたは、何で魔神族なんだ? エヴァンレットの剣が反応しないとは、そして、剣を破壊できるとは、どういう魔神族だ?」
七都は、キッとユードを睨む。
「あなたは、私をおとりにしたんだね。その何とかの剣を持たせて、魔神族に対峙させた。姑息で卑怯で汚い考えだと思わないの?」
「あんたが魔神族かもしれないという疑いを持っていたからだ。人間だと確信していたら、そんなことはしない」
「なんで魔神族だからって、こんな扱いを受けなきゃならないの? 魔神族がどういうものだかよく知らないけど、魔神族だって、たぶんみんな一生懸命生きてる。生んでくれた人もいるし、育ててくれた人もいるし、感情だって、知性だって持ってる。あなたと同じだよっ」
ユードは眉間に皴を寄せ、七都の顎に手をかける。
「あんたの今の言葉は、まさしく魔神族に対して我々が言いたいセリフだ。魔神族が我々人間に何をしてきた? 魔神族がいる限り、人間に平安はない」
七都は、ユードの顔を至近距離から見上げた。
感情を読み取れぬ、氷のような冷たい顔だった。
そんな顔を七都は生まれてからこの方、見たことはない。
自分を殺そうとしている誰かの、恐ろしい顔――。
こわい。
体全体が凍りつきそうなくらいに、こわい。
そのとき、倒れていたメーベルルが突然起き上がった。
「その人に触れてはならぬ!」
メーベルルはユードに襲いかかったが、ユードは素早く剣を抜き放ち、真正面からメーベルルに輝く剣の刃を浴びせた。
「メーベルル――!」
彼女は、再び倒れる。
石畳の上に横たわった彼女の銀の鎧に、紺色から明るい水色へと変化した青い空が映っていた。
「さすが魔貴族だな。まだ形を保っていられるのか。下級魔神族なら、最初の一太刀で分解しているところだ」
ユードが言った。
「だが、それも間もなく終わる。太陽が、おまえたちを跡形もなく消し去ってくれるからな」
ユードは、七都の髪をつかんで、指に絡めた。
「あんたのことは忘れない。不覚にも、殺すのに躊躇した唯一の魔神族だ。あんたに死んでもらうのは、実に嫌な気分だ」
「あなたを呪ってやる。取り憑いて、殺してやるから」
七都は、呟いた。
誰かに対してそういうセリフを吐くなど、想像したこともなかった。
「そうするがいい。そうできるものなら。だが、太陽は魔神族の体だけでなく、心も魂も焼き尽くす。あんたのすべては存在しなくなる」
七都は口を開け、目の前のユードの指におもいっきり噛み付いた。
七都には自覚はなかったが、ユードに噛み付いた七都の歯は、その瞬間だけ鋭く尖っていた。
ユードの指から、血が噴き出る。
赤い血だ。
七都がよく知っている、現実の自分の体の血と同じだった。
だが、口の中に残った彼の血は、鉄のような不快な味はしなかった。
甘いジュースのような――。
美味? 信じられないことだったが。
「見ろ。人間は血を流す。だが、魔神族は、その体を切り裂いても血は流れない」
「そうなの? 切り裂いたことないから、わからない」
ユードは、七都の髪をひとつかみ、剣で切り取った。
「あんたが太陽に焼かれる醜い姿は、見たくはないからな。ひとまず立ち去ることにしよう。あんたたちが消えたあと、それなりの弔いはしてやる。花も手向けよう。美しい魔神族二人の死を悼んで」
「結構! 花なんかいらない! 悼んでなんかほしくない! 二度とここに来るなっ!」
七都は、叫んだ。
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