第3章 魔神狩り

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 ばさっという、鳥の羽ばたきのような音がした。  七都の視界が、突然闇に包まれる。  七都は、闇に手を伸ばした。  やわらかい布が手に触れる。  七都の体は、その布で覆われていた。  なに、これ?  布の終わりをさぐって開けてみると、目の前に誰かがいた。 「夢じゃないよ、これは」  その人物が言った。 「ここにいると、君は間違いなく太陽に焼かれて灰になる。君のいた世界にも、もう帰れない。それは現実なんだ」  それは、テノールの若々しい声だった。  ユードでもメーベルルでもない、聞いたことのない声。 「ナチグロ?」  だが、そこにいたのは、ナチグロが変身したあの少年ではなかった。  淡い銀色の髪に明るい水色の目の人物が、七都を見下ろしている。  若い男性だ。  まだ少年と呼べる外見だった。歳は、七都より少しだけ上かもしれない。  どことなく優雅な雰囲気の白い服を着て、黒い手袋をはめている。 「それをかぶっていれば、太陽の光は君には届かない。当面は安心だよ」  彼が言った。  闇の隙間に、薄いグリーンの布の端が見える。  七都が被っているのは、この布らしい。  外套――どうやらマントのようだ。  七都はその隙間から、もう一度彼を見た。 「これ、あなたの?」  彼は、にっこり笑って頷く。  首筋くらいの長さの、少しボサボサ気味とはいえ、きれいな銀の髪。男性にしては白い肌。  目は、水色の猫の目。懐かしいような透明な淡い青。  七都がいる現実の世界の空の色を、薄く溶かしたような色だった。  彼の右の耳には、金色のリング形の飾りが輝いている。 「ありがとう。でも、あなたも魔神族なんでしょ。このマントをかぶっとかないと、あなたも太陽に溶けてしまうよ」 「うん。たぶんね。だから、手っ取り早く君を助けないと」  彼は、七都を柱に縛り付けている鎖に剣を振り下ろした。  だが、鎖はびくともしない。  何回剣を振り下ろしても、鎖は刃を弾き返した。 「やっぱり、この時間は力が出ないなあ。夜だったら、一発で切れるんだけど」  彼は、ふうっと溜め息をつく。 「そもそも、鎖を剣で切ろうなんてのが、無理なのかな」  ……その可能性も大だ。いや、きっとそうかも。  七都は思ったが、黙っていた。  彼の穏やかでのんびりした雰囲気は、とても安心感があって好感は持てるが、今のこの状況ではちょっときつい……と思う。 「どうしようかな。しかし、暑いな」  七都がマントの隙間から見上げると、彼は微笑み返してくれた。けれども、明らかに顔はひきつっている。  疲れも目立ってきた。ふらふらしている。今にも倒れてしまうのではないかと心配するほどだ。 「もう……もういいよ。このマントをかぶって、どこか太陽の当たらないところに避難して。あなたもそろそろ限界でしょう。助けてくれようとしただけで嬉しかった。ありがとう。それに、この夢ももうすぐ醒めるだろうし」  七都が少し自棄気味に言うと、彼は怖い顔をする。 「まだ夢の中だなんて、しつこく思ってるの? その鎧の主が消えたのを見たんでしょう。次は、君の番なんだよ」  彼は、メーベルルの鎧を指差した。 「これは、夢じゃないの?」 「そういうこと」 「なんであなたは、夢じゃないってこと知ってるの? それに、私が別の世界から来たことも知ってる?」 「うん。だって、僕もそうだから」 「え?」  そのとき――。 「ナイジェル!」  ユードの声が響いた。
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