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「ユードだって、本当は殺せたのに、あなたは殺さなかった」
「あの場で死なせて終わりにしてしまったら、おもしろくないでしょう。僕の片腕を奪ったのだから、彼も同じ目に遭って苦労してもらわなきゃね」
ナイジェルが答える。
あ、それ、『目には目を』ってことかな?
一学期の始めに世界史に出てきたっけ。ちょっと怖い法律かも、なんて思ったんだ。この世界では、そういう考え方が一般的なのかな……。
けれども、今の七都には、高校の世界史の授業など遠い遠い記憶の彼方、夢の果てに存在するかのような距離にあった。そんなことを思い出しても、何の役にも立たない。
ナイジェルは、目を閉じた。
「僕は少し眠るよ。君も眠ったほうがいい。まだまだ太陽は沈まない。魔神族は、活動してはならない時間だ」
「うん……」
七都はナイジェルの手を握ったまま、彼を見下ろした。
メーベルルもきれいだったけど、ナイジェルもやっぱりきれいだ。
こうして近くから見ると、改めてそう思う。
冠をつけて横たわる彼は、古代の高貴な王様の彫像のようだった。
ナチグロも遠目からとはいえ、美少年だった。七都のこの世界での姿かたちもそうだ。
魔神族は美形が多いのだろうか。人間のユードも、それなりにイケメンだったが。
「私ね、本当はこういう体じゃないんだ。顔も違うし、目も髪もこんな色じゃない。この世界に来て、いきなり変わってしまったから」
七都は、呟いた。
「……僕もそうだよ。僕が来た世界では、こんな姿ではなかった。もっと見た目は悪かったな。自分なりに気に入ってはいたけどね」
ナイジェルが言った。
なんだ、まだ眠ってなかったんだ。半分ひとりごとだったのに。
「ちょっと安心した。そういうのって私だけじゃないんだね。あなたは、元の世界には帰らないの?」
「僕は選んだ。この世界を。ここで生きていくことをね。だから、もう帰らない。現実の世界は二つもいらない」
「そう……。でも、私は帰らなきゃならない。ここに来て、もう随分たってるから、家族は心配してると思う。実際、日が暮れて、飼い猫に化けてた魔神族の男の子が戻ってきて、ドアを開けてくれるまでは戻れないんだけど」
「そうだね。君の居場所は、君がいた世界にあるんだね。今の君にとっては、そこが現実の世界だ。きっと帰れるよ……」
ナイジェルの手から、すうっと力が抜けた。
「おやすみ、ナイジェル……」
七都は、ナイジェルの手をそっと彼の胸の上に乗せた。
彼の頬をなでてみる。それから、睫毛をつついてみる。
彼は動かない。深い眠りについたようだ。
ここではこんな外見だけど、元いた世界では、ナイジェル、実は中年のおじさんだったりして。
七都は思った。
外見の割には、妙に大人っぽいものね。ノーテンキだけど、どこか醒めてるし。
七都は、マントをきちんとナイジェルの体にかけた。
「さてと」
七都は、立ち上がる。
「残念だけど、ここで夜になるまでじっと我慢できるほど、私っていい子じゃないんだよね、ナイジェル。ぜんぜん眠くないしね。こんなところにいたら、息が詰まっちゃう。それにやっぱり、あなたは何か飲んだほうがいいし、食べたほうがいいよ。たぶん、私も」
七都は石の扉に手を置いた。扉は、ゆっくりと開く。
振り返ると、青味がかった白く淡い光の中で、ナイジェルは神々しく横たわっている。
まるでこの神殿の主はナイジェルで、ナイジェルのためにここのすべてのものが存在するかのようだ。
彼の周りで、彼を引き立てるようにきらきらと輝いているのは、七都が落とした涙の石だった。
あ、そうだ。あれ、拾わなくちゃ。
でも、ここを出るときにってナイジェルが言ってたし。まだいいよね。
ナイジェル、きらきらが似合うから、そのままにしとこう。
「すぐ帰ってくるからね」
七都は、扉を閉めた。
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