第4章 魔王の神殿

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 再び七都は螺旋階段を上がり、レリーフのトンネルを抜けて、闇の中を地上へと歩いていく。  やがて、明るい円盤のようなものが現れた。それは眩い光に照らされた、地上の空間への出口だった。 「あー、やっぱり、暑そう……」  七都は、外に出るのを躊躇する。  遺跡の石畳の庭には、さらに高く上った太陽の光が溢れていた。  おそるおそる、手を光の中に差し出してみる。  大丈夫だ。多少熱いだけ。溶けたりなんかしない。  七都は、光の中に出た。  元の世界で、真夏の真昼に外に出たときをはるかに上回る不快感があった。  だが、我慢できないこともなさそうだ。  メーベルルの鎧の上に置かれた花束は、まだ枯れもせず、風に吹かれて揺れている。  七都は、先程ユードに縛り付けられた柱の近くにメーベルルの馬が佇んでいるのを見つけて、近づいてみた。  馬は、美術館の庭に置かれたアートオブジェのように動かない。  目はうつろなガラスで、どこも見てはいなかった。  首筋を触ると、ひんやりとした感触があった。  『生きていない馬』と、ユードは言った。 (これ、やっぱり、機械だ)  たたいてみると、金属っぽい音がする。  馬が鎧で覆われているのではなく、馬そのものが鎧のような素材で造られているらしい。  どこかにスイッチがあって、それを入れたら動き出すのだろう。  じゃあ、魔神族は魔力を使って、機械も操るんだ。  魔力というのがどういうものなのか、あまりよくわからないけど。  七都は、機械の馬の滑らかな背中を撫でた。  いったい魔神族って、どういう人たちなんだろう。  やさしくて、お人好しで――それは、ナイジェルだけかもしれないとはいえ――太陽の光に触れると溶けてしまって、花を食べて、人間に嫌われ、山の向こうの『魔の領域』という場所に住んでいるという……。  そして七都自身も、その魔神族の血を引いているらしい。  馬の鞍の脇に、小さく畳んだ布がくくりつけられてあった。  七都はそれをはずして、広げてみた。  ナイジェルが着ていたのと同じマントだ。  フードが付いていて、すっぽりと体を覆えるようになっている。  表は明るいエンジ色で、裏は黒だった。  メーベルルが、太陽の光から身を守るために持っていたのだろう。 「メーベルル。これ、もらうね」  七都はメーベルルのマントを羽織って、フードを下ろした。 「ああ、涼しい。なんて楽」  七都は、思わず呟く。  太陽の光を通さない上、この世界の人には、たぶん奇妙な服だと思われるセーラー服も隠せる。  メーベルルは七都より背が高かったので、裾は引きずるくらいに長いが、ついでに、ぶかぶかの靴もいい感じで隠れてしまう。  マントも、魔法がかかっているというよりは、何か太陽の光を遮る特殊な繊維で作られていそうだった。  魔神族は、やはり科学に長けているのかもしれない。  七都は、招き猫の前で立ち止まった。  異界に連れて来られた招き猫は、どことなく寂しげに手を上げたままだ。  ナチグロは、まだ帰って来てないよね。  七都は、少し不安になる。  だいじょうぶ。まだ夜じゃないもの。  私みたいに昼間外を歩ける魔神族って、珍しいみたいだし。  彼はたぶん、太陽が苦手な普通の魔神族。きっと太陽が落ちてから戻ってくる。  それでも、この世界に置き去りにされる不安は拭いきれない。  あの猫――男の子かもしれないし、虫かもしれないが――だけが頼りなのだ。  七都は制服のポケットから、生徒手帳とボールペンを取り出した。 「やっぱり、制服でここに来たのは正解だったかも」  生徒手帳に挟んであった、猫キャラのかわいらしい付箋をつまみあげる。  それは、商店街の文房具店で、なんとなく気に入って買ったものだ。いろんな色の猫の付箋が七種類、セットになっている。  付箋なんてほとんど使うことはないのだが、色の組み合わせがきれいだったのと、猫のキャラクターがかわいかったので、思わずレジに持って行ってしまったのだった。  七都は、色の違う4枚の付箋に、ボールペンで文章を分けて書いた。 <ナチグロへ> <遺跡の中にいるので(ちょっと留守にしてるかもしれないけど)> <絶対に来てね> <七都>  それから七都は、付箋を招き猫の頭にぺたぺたとくっつける。  招き猫の頭は、たちまち賑やかになった。 「これで、もし私がいない間にナチグロが帰ってきても、きっとあの神殿に行ってくれる。あの中にはナイジェルが寝てるけど、同じ魔神族同士なんだから、仲良くしてくれるよね」  ふと、ナチグロは果たして文字が読めるのかという疑問も浮上する。 「それもだいじょうぶ。だって、あの猫、十五年以上リビングのテレビの真ん前にいっつもいて、ずうっとテレビ見てるもん。読めないわけがないよ」  七都は、招き猫の前で軽く手を合わせた。 「お願いします。では、行ってきます!」
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