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セレウスは、ホールの近くにあった、こぢんまりとした感じのいい部屋へ七都を案内した。
余りこの世界のことを知らない七都でさえ、一目で洗練された高級なものであることが理解出来るような、家具や調度品が置かれていた。
その部屋には窓がなかったが、天井の青味がかったガラスを通して、やわらかい光が落ちている。
猫たちも数匹ついてきて、床の上におとなしくうずくまった。
七都は、曲線のラインが美しい、座り心地のよい椅子に身を沈める。
テーブルを挟んで置かれたもう一つの同じ椅子に、セレウスが座った。
「この部屋では、そのマントを脱いでも大丈夫ですよ。あのガラスを通すと、太陽の光も無害ですから」
「もしかして、魔神族のために、そういうガラスを使ってるの?」
七都が訊ねると、セレウスは頷く。
「魔神族の方がこの屋敷に来られたときに、ご案内するために作った部屋ですから」
七都は、マントのフードを下ろした。マント自体は脱がないことにする。何せ中身はサイズの合わない、ぶかぶかのセーラー服だ。あらわにするわけにはいかない。
フードを取った七都を、セレウスはじっと見つめた。
「あなたのお名前を教えていただけますか?」
「七都です」
「では、ナナトさま。アヌヴィムのことを本当にご存じないのですか」
「知らない。ごめんなさい。私はこの世界のことは、何も知らない」
セレウスは、七都の眼差しから目をそらした。
「アヌヴィムにも、いろいろいるのですがね。つまり……魔神族に取り入って、その魔力を少し分けてもらい、自分のものとして魔法を使う……。それがアヌヴィムの魔法使いと呼ばれる者たち。私の一族も、そうなのです」
「魔法使い……。魔法が使えるの?」
セレウスは、頷いた。
「私の先祖……曽祖父の祖父くらいだと思いますが、彼は強い力を持つ、アヌヴィムの魔法使いでした。魔神族の血を引いていたとも伝えられています。彼は、ある日この町にやってきて住みつき、魔神の神殿を守っている一族の娘と結婚しました。その子孫たちの多くは、魔神族に直接関わることはありませんでしたが、魔神族にある種の憧れを抱いて、神殿と共に静かに暮らしていたのです。でも、私の姉のゼフィーアは、自らアヌヴィムになることを望んでこの町を出て行き、魔神族の貴族の屋敷にしばらくいました。だから姉は、あなたがたのもてなし方に詳しいだろうと思います」
魔神族のもてなし方って? 何か特別なもてなし方なのかな?
そういう疑問がふと沸いたが、七都はそれよりも、さっきから気になっていたことをセレウスに訊ねた。
「あなたが子供の頃に会った魔神族のご婦人のことだけど……」
「あなたに似ていましたよ。髪の色も目の色も」
「その人とは、この町で会ったの?」
「いえ。私がお会いしたのは、あの神殿の遺跡の庭です。庭の空間に突然、緑色の扉が現れて、そこを開けて出て来られたのです」
遺跡の庭の空間に、突然現れた緑の扉――。
それは、七都が通り抜けてきた、アイスグリーンのリビングの扉だ。間違いない。
「それ……。もしかして、私の母かもしれない……。ううん、絶対、母なんだと思う」
七都は、呟いた。
「ナナトさまのお母上。それで、よく似ておられるのですね」
やはり母は、あのドアで二つの世界を行き来していたのだ。
そして母も、今の自分と同じような姿をしていたのだ。七都は確信した。
それで、父は言ったのだろうか?
<その女の子の髪は緑っぽい黒髪で、目はワインレッド?>と。
では、あの夢に出てきた少女は、母なのか?
階段のてっぺんに置かれた、玉座のような椅子に座っていた少女……。
(お父さん、ここから帰ったら、お母さんのこと、この世界のこと、いろいろ絶対問い詰めるからねっ)
七都は、ひそかに決意した。
「で、その私のお母さんらしき女の人は、それからどこへ?」
「存じません。でもおそらく、山の向こうの魔神族が住む領域でしょう」
セレウスが答える。
「山の向こう。『魔の領域』ってことだね……」
「私はその時、あなたの母上から魔力を少しいただきました。今でも、まだ魔法は使えます。ああ、別に母上に取り入ったわけじゃないですよ。まだ子供だったし、何もわかりませんでしたから」
セレウスは、緑色の瞳を真っ直ぐ七都に向けた。
「でも今は、あなたに取り入ろうかなと、ちょっとだけ思ってます」
「は? そ、そんなの、無理。ぜーったい無理!」
七都は叫んだ。
『魔神族に取り入る』とはどういうことなのかよくわからなかったが、いずれにせよこういう場合、断っておくに越したことはない。七都は、とっさに判断する。
「私、魔力の使い方なんて知らないもの。自分が魔力を使えるなんてことも信じられない。あなたに分けるなんて、とんでもない」
「おや。魔力が使えないのですか? そんなはずはないと思いますが」
「そ、そりゃあ……。さっき剣を二本、粉々にしてしまったけど。でもそれは、特にそうしようとしたわけじゃなくて……」
「粉々にしてしまったのは、魔神狩人が持っていたエヴァンレットの剣ですか?」
「え?」
セレウスは、胸元から小さな箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
彼が箱を開けると、中から緑色がかった黒い髪の切れ端が現れる。
それは紛れもなく、ユードに切り取られた七都の髪だった。
「それ、どこで……」
「やはり、あなたの髪なんですね。では、彼のあの惨状は、あなたの仕業?」
セレウスは、くすっと笑う。
七都は、椅子をけたたましく鳴らして、思わず立ち上がった。
「ユード! いるの、彼? ここに?」
「姉が、彼をどこからか連れて来ました。手当てをして、部屋で寝かせています。姉は時々、そうやって怪我人を連れてくるのですよ。魔法で、ある程度の怪我なら治せますからね。アヌヴィムは、人間からは嫌われる立場ではありますが、この町の人々には医者の代わりとして重宝がられているのです。で、彼に会われますか?」
「……別に、会う必要ないもの。会わない」
七都は、再び椅子に深く座り直す。
まさか、ユードがここにいるなんて……。
「そうですか。余計な詮索は致しませんが」
セレウスは言ったが、明らかに七都がユードに会いたくないという理由に興味は持ったようだった。
「ところで、そのエヴァなんとかの剣って、何? 普通の剣じゃないよね」
七都は訊ねる。
「魔神族の力を奪い、その体を分解させる力を持っているという剣です。普段は透明で、魔神族が近づくと金色に光り、アヌヴィムが近づくと銀色に光るとか。そして、あの剣の前では、魔法でどんな姿に化けていようと正体を現すと。やはり、魔神狩りの連中が携帯していることが多いです。もっとも、あの剣を作ったのは魔神族だという話ですけれどね」
「魔神族が? 自分たちを殺すための武器を作ったの?」
「そうなりますね。でも、人間だって、自分たちを殺す武器は作りますから。魔神族も例外ではないということでしょう」
確かに七都の世界にも、人間が作った人間を殺す武器は溢れるくらいに存在している。自らを守るためにそれを携えることを、正当化さえしている。
「でも、その剣は、私には反応しなかった。光らなかったの」
「そうなのですか。あなたは昼間に外を歩けるし、エヴァンレットの剣も反応しない。ご自分の一族のこともあまりご存知ないようだ。特殊な魔神族なのでしょうか?」
「特殊な魔神族……」
「太陽に平気な魔神族が、最近現れ始めたという話は聞きますよ。何かが魔神族に起こっている……ということなのかもしれませんね」
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