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地下通路を歩く軽やかな足音が止まり、ゆっくりと扉が開いた。
ナイジェルは、横たわって目を閉じたまま、広間に入ってきた人物に注意を向ける。
その人物――長い真っ直ぐな赤い髪と若草を思わせる緑色の目をした美しい少女は、扉の前で深くお辞儀をした。
優雅で美しい仕草だった。
すっきりとしたデザインの白いドレスが、彼女の髪と目、そして雪のような肌を引き立てている。
「失礼致します」
彼女は、ためらうことなく広間を横切り、ナイジェルが寝ている台に近づいた。
ドレスの裾が、微かな乾いた音をたてる。
「アヌヴィムか?」
ナイジェルは、訊ねた。
「はい。ゼフィーアと申します」
彼女は、横たわっているナイジェルを間近で見て、はっとする。
透けるような肌、整った顔立ち。
そして、彼の額を重々しく飾り、輝いている金の冠……。
この方は――。
震えそうになる手をぎゅっと握りしめて、彼女は言った。
「怪我をしておられますね。わたくしが力になりましょう」
「特に力になってもらう必要はない。気持ちだけ、ありがたくもらっておくけど」
「まあ、つれないことをおっしゃいますのね。遠慮などなさらなくてもよろしいですのに」
ナイジェルは、目を開けた。
そして、ゆっくりと起き上がる。
彼の透明な水色の目に見据えられて、ゼフィーアは一瞬身を固くした。
だが、膝を折り、頭を軽く下げる。何かを期待し、待ち望むように。
「じゃあ、悪いけど、床に散らばっているその小さな丸い石を拾ってくれるかな?」
「は?」
ゼフィーアは、床を見下ろした。
床には、七都が落とした涙の石が散らばっている。
青い光を受けてきらきら光るそれらは、真夜中の天空に輝く星々のようだった。
「魔法は使わないようにね。今の僕は、アヌヴィムの人にここで魔法を使われると、ちょっと鬱陶しい」
「か、かしこまりました」
ゼフィーアは微笑んだ。
だが、彼女の顔には、なぜ自分がそういうことをしなければならないのかという露骨な不満が、隠しようもなくこぼれ出ている。
ゼフィーアは黙り込んだまま、涙の石を一粒ずつ丁寧に拾った。
そして、カトゥースのお茶のために置かれていたガラスのコップにそれらを入れる。
ゼフィーアの外見とその地味な作業とは、全く相容れないものだった。
間もなく床の星空は、きれいに片付けられてしまう。
「どうぞ。終わりました」
「ありがとう」
ナイジェルはガラスコップを受け取り、マントや台の上にもこぼれていた涙の石を集めて、コップの中に追加した。
「これで全部だ」
「きれいな石ですね」
ゼフィーアが言った。
「うん。僕も見るのは初めてだ。貴重な石だよ」
ゼフィーアは、透明な石が入ったガラスコップをのんびりと光にかざしているナイジェルを睨んだ。
「でも、わたくしは、床の掃除をするためにここに来たのではありませんよ」
「……そうだろうね」と、ナイジェル。
ゼフィーアは、再び優雅な仕草で、深く頭を垂れた。
緋色の長い髪が床の上にふわりと落ちて、流線型の模様を作る。彼女は、そして、静かに言った。
「水の魔王シルヴェリスさまと、ご推測申し上げます。お目にかかれて嬉しく存じます」
ナイジェルはコップを握りしめたまま、台の下に控える赤い髪の少女を見下ろした。
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