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床を歩き回っていた猫たちの中の一匹が、ユードのベッドの上に飛び乗った。
一匹が乗ると、次々と順番にあとに続く。
「何の真似だ!」
ユードが叫んだ。
「猫に本気になって怒っても、無駄なことだと思うけど。……あ、猫、嫌いなんだ」
七都は、にっと笑う。
猫たちは、ユードの周りに陣取った。
足元に丸くなる猫もいれば、彼の腰あたりを枕にする猫もいる。枕の横で毛づくろいを始める猫もいた。
「出ていけ。重いっ。毛が付くっ!」
ユードは叫んだが、位置を定めた猫たちは、微動だにしない。
「動くと、怪我が痛むよ。せっかくこの子たちが好意持ってくれてるんだから、遠慮しなくてもいいのに」
「好意だと? 私が猫嫌いなことに感づいて、嫌がらせをしているだけだ」
「なんだ、わかってるんだ」
七都が言うと、セレウスが口に手を当てて、控えめにくすくすと笑った。
「そうやってると、あなたは子供っぽくて、いい感じなのにね」
ユードは、じろりと七都を睨んだ。
動揺している。
もっとおちょくっちゃおうか。
「あなたの血は、甘くておいしかった」
「寄るな、魔物……」
ユードが、くぐもった声で呟く。
彼の灰色の瞳の奥に、恐怖と警戒の影が、初めてじんわりと現れるのを七都は感じ取った。
「魔神族もアヌヴィムも猫も、一匹残らずここから出て行け!」
「まあ、あなたにはそう言える権限はないけどね」と、セレウス。「立場的に言うと、あなたはここの囚われ人なんだから」
「私を助けたことを後悔するなよ。今度会ったら、あんたもナイジェルも容赦しない。アヌヴィムの魔法使いたちも例外ではない」
七都は、立ち上がった。
「私も、メーベルルのこととナイジェルの腕のことは許さない。今度どこかであなたに会ったら、何もしない自信はない。だから、あなたにはもう会いたくない。でも、そうはいかないらしいからね」
セレウスが、扉を開ける。
「猫たちは、そこが気に入ってるみたいだから、置いときますよ」
彼が、にんまりと笑って言う。
七都は、扉の前でユードを振り返った。ダークグリーンの長い髪がふわりと舞う。
「そうだね。猫は結構あったかい暖房器具になるよ。おやすみ」
セレウスは、七都の後ろで静かに扉を閉めた。
途端に、「寄るな、出て行けーっ!」という、猫たちに対して無駄に叫ぶユードの声が響いた。
「確かに、彼をおちょくるとおもしろいかも」
七都は呟く。
「魔王から片腕を奪って重症を負わせた魔神狩人。彼はきっと、伝説の人物になりますね。ところで、ナナトさま。彼の指をかじったのですか? 彼の指には深い歯型がついていましたが」
セレウスが、真面目な顔をしてたずねた。
「別に、好きでやったんじゃないけどね」
「私の指も、かじってみます?」と、セレウス。
七都は、あんぐりと口をあけた。
「かじりませんっ!」
「それは、残念です」
セレウスは、本当に残念そうに呟いた。
(セレウスって、時々変なことを言うんだから……)
七都は眉を少し寄せて、彼を睨む。
「では、カトゥース畑に参りましょうか」
セレウスが、気を取り直したように、明るく言った。
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