第5章 魔法使いの館

8/8

165人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
「いい加減、下がってくれないかな」  横たわったナイジェルは、呟いた。  台の傍らには、ゼフィーアが相変わらず控えて座っている。  広間には、彼女が焚いた香の芳しい煙が、薄く紫色に漂っていた。 「わたくしは、ここにいたいのです」  ゼフィーアが言う。 「僕は、いてほしくないな」 「まあ、回りくどくなく、率直におっしゃられるのですね、シルヴェリスさま。少なからず傷つきますわ」 「魔法を使わずに石を拾ってくれたことは感謝するよ。何度でもお礼は言おう。ご苦労だった。ありがとう。お疲れさま」 「あれほどのことで、感謝のお言葉など、いただきたくはありません。わたくしがいただきたいものは……」 「僕は、君が望んでいるものをあげるつもりはない。だから、君がここにいる意味もない」 「でも、わたくしは、あなたが必要なものを差し上げることが出来るのです。ですから、ここで待たせていただきます」 「待つ? いつまで?」 「あなたがわたくしを受け入れてくださる、そのときまで」 「気の長いことだ」 「恐れながら、今のあなたさまのその状態では、そんなに時間がかかるとは思われません」 「けれど、そうなる前に魔神族がもう一人、ここに帰ってくる。その魔神族が君に何をしようと、僕は止められないし、止めるつもりもない。だから君は、ここにいてはとても危険だと思うけどね」 「それは下級魔神族ですか? ま、怖いこと。でも、わたくしは恐れませんよ。アヌヴィムの魔女の中では、魔法は使えるほうですし」  ゼフィーアは、愛くるしく首をかしげた。 「君は魔法で若作りしてるけど、本当は、歳は幾つなのかな」  ナイジェルが目を閉じたまま、呟く。 「歳のことはお互い様ですわ。言いっこなしですよ、魔王さま」  ゼフィーアは微笑んだが、その微笑は明らかに無理をして作ったものだった。 「とにかく、ここにいさせていただきます。わたくしは、ずっと待っていたのです。いつか、ここに魔王さまが来てくださるのではないかと……。この日を夢見ておりました」 「それは、七人の魔王のうちの誰でもよかったってこと? 水の魔王は地味だから、闇の魔王とか、火の魔王のほうがよかったとか」 「お、おたわむれを……」 「君が下がらないなら、僕はこのまま、また眠る。まだ太陽は高いからね。でも、決して僕に触れてはならないよ。これは警告だ」  ゼフィーアは黙り込んで、頭を下げた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

165人が本棚に入れています
本棚に追加