第6章 二人の魔神狩人

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 七都とセレウスは、館の地下に続く通路を降りて行った。  地下とはいえ、通路には地上の館の中と変わりなく装飾が施され、明かりも十分だった。 「えーと。確か、畑に行くのでは?」  七都は、セレウスの背中に向かって訊ねた。 「畑だからといって、地上にあるとは限りませんよ」  セレウスが振り返る。 「そりゃま、そうだけど」  畑と言われれば、七都はやはりキャベツ畑とか、カボチャ畑を思い出してしまう。カトゥースは花だから、菜の花畑とか、チューリップ畑。  もちろんイメージでは、どの畑も地上にあり、太陽の下に広がっている。 「カトゥースは魔の領域の植物です。太陽に当てると、枯れてしまいます」  セレウスは言って、地下通路の突き当たりに現れた扉を開けた。  七都は、あっと小さく声をあげる。  青白い空間に、虹色の絨緞がはるか遠くまで続いていた。 「きれい……」  絨緞に見えたのは、虹色に光るたくさんの花々だった。  まるで花の形を詳細に再現した立体的なネオンが、そこに大々的に集められたようだ。  その空間は、館の地下全体がこの畑で占められていそうなくらい広かった。  そして、その花々の上をふわふわと音もなく飛び回っているのは、あの蝶たち――。  遺跡の庭で、眠る七都を守るように覆い尽くしてとまっていた、透明な蝶たちだった。  花と蝶は、頭上に規則正しく並んだ円形の青白い光に照らされて、どこか妖しい雰囲気さえ漂わせている。  その光は、遺跡の広間を照らしていた明かりによく似ていた。 「これがカトゥースの花。遺跡にあったのとは、色が違ってる」  七都は花を一つ、つまんでみた。  確かに、あの大皿の上で枯れていた花と同じだ。  ただ、目の前の花々はもちろん新鮮でみずみずしく、透明に近い乳白色をしていた。 「魔神族の方々が召し上がる、唯一の花です」  セレウスは、鋏を手にして、花を切り始める。 「あ、私も手伝います」  七都は言ったが、彼は首を振った。 「あなたにそんなことはさせられませんよ。お客様は、おとなしくそこにいてください」 「でも……」  セレウスは、クスリと笑った。 「やはり、あなたは魔神族にしては、変わっておられる」  手際よくセレウスはカトゥースの花を切って、丈夫そうな布袋の中に入れていく。  布袋はただの布製ではなく、黒い塗料で内部を丁寧にコーティングされているようだった。  七都はフードを取った。そして目を閉じ、深く息を吸う。  地上の太陽の熱気とは対照的な、ひんやりとした心地よい空気。微かにコーヒーの香りが混じっている。  素敵だ。生き返る気がする。  やっぱり、ここの太陽は苦手かもしれない。少し慣れたとはいえ。  蝶たちが、ひらひらと舞いながら七都の髪にとまった。  間もなく七都の頭とマントは、蝶だらけになる。 「なつかれてますね」  セレウスが言う。おもしろがっているようだ。 「この蝶って、魔神族が好きなの?」 「わかりません。でも、魔の領域の蝶らしいですからね。あなた方の世界に属しているのでしょう」  セレウスは、切り取った花をひとつ、七都に差し出した。 「どうぞ。召し上がってみられます?」 「ありがとう」  七都は受け取り、口に入れてみる。  やはり、『花』を食べているという感触が、口の中いっぱいに広がった。舌触りもよくない。  コーヒーの香りは確かにするが、それ以上の味はない。甘さは少しあったが、美味とはいえなかった。  油でいためるとか、スープに入れるとかしたほうが、味としてはまだましになるかもしれない。  そういう料理を今の七都が食べられるかどうかは疑問だが。 「さっきのお茶のほうがおいしい」  七都は、呟いた。 「まあ、でも、多少はお腹の足しにはなると思いますよ」  七都はセレウスから再び花をもらって、口の中に押し込んだ。  扉をたたく音が、青白い空間の中に響く。  セレウスは、さっと動いて扉を細く開けた。  ティエラがそこに、不安げに立っていた。 「どうしました?」 「門の前に、客人が……」 「では、応対しましょう」 「とてもかわいい方なんだけど……。でも、よく吼える犬も連れてるし、それに……」  ティエラは、ちらりと七都に視線を移して、すぐに戻した。セレウスは、頷いた。 「すぐ行きます」  セレウスは、七都を振り返った。 「また戻りますので、ここで待っていていただけますか?」 「うん、もちろん」  セレウスはその広い地下空間に七都を残し、静かに扉を閉めた。
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