第6章 二人の魔神狩人

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「あー、お姫様だっこだ。いいなー」  七都は、窓から下の二人を見下ろした。  カディナを阻んだ見えない魔法の壁は、七都には全く感じられなかった。 「やっぱり私も、さっきしてもらったほうがよかったかも。セレウスって見た目より力あるんだ」  言ったあと、ユードと思いっきり目が合う。灰色の冷たい目が七都を眺めた。 「あ、あなたには、関係ないことだから」 「意味がわからん」  ユードは呟いて、枕に頭をうずめる。 「あのカディナさんって子、今はちょっと痩せすぎって感じだけど、もっと食べて栄養を取ったら、きっときれいになるよ。髪も艶が出るだろうし」  七都は、ユードに話しかけた。 「なんか、いろいろきれいにしてあげたいっていう衝動にかられる子だね。ドレスの着せ替えとか、お化粧とか。男装なんかも似合いそうだし。楽しそう」 「玩具にしようとするな」と、ユード。 「あんたは、いつまでここにいる気だ?」 「私は、これから帰る。お花とコーヒーをもらって、遺跡に戻って、それから日が暮れたら、自分の世界に帰るよ。あなたの前からもうすぐ消えてあげるから、それまでの我慢ってこと」 「では、自分の世界に帰ったら、ずっとそこにいることだ。ここにまた戻ってこようなどとは考えずにな」 「それはわからない。私は、ここでまだまだ知らなければいけないことがあるみたいだもの」 「言ったはずだ。今度あんたと会ったら、私はあんたを殺さねばならん。太陽に委ねるなどという生ぬるいことは、もうしないからな」  ぞっとするような殺気を七都は感じた。 「ほんと、しつこいんだから。未来永劫あなたと会わないことを願ってるよ」  ……また、おちょくってやろうかな。  七都はベッドに近づき、少し勇気を出して、ユードの肩に手を置いてみた。  やはり、熱いくらいにあたたかい。  その皮膚の下には、血が流れている。生きている。それが明確すぎるほどにわかる。  ユードは、黙って七都を睨んだ。だが、七都の手を払いのけようとはしなかった。  七都は、ユードの顔を覗き込む。  特にそうしようと意識したわけではないが、ふと気が付くと、ユードの顔が間近にあった。  ユードは黙り込んだまま、七都を凝視している。  ぴんと張り詰めた緊張感が伝わってくる。  この緊張は、ユードのものだ。七都を恐れている。  七都は、さらに彼に顔を近づけた。  深い緑色の艶やかな長い髪が、彼の肩にはらりとかかる。  部屋にいる猫たちの背中が、ざわっと逆立ってくる。  灰色の透明な目。  きれいだ。ナイジェルほどじゃないけれど。  それに、やはりあたたかい。頬も、額も、焦がれるようなあたたかさで満ちている。  ユードは、動かない。抵抗しようともしない。  目を見開いたまま、七都の姿をただその灰色の目に映しているだけだ。  怪我をしているとはいえ、ある程度の抵抗は出来るはずなのに?  七都はユードの頬に、手のひらを沿わせるようにして、ゆっくりとくっつけてみた。  ユードが、さらに体をこわばらせるのがわかる。  彼の額から汗が噴き出て、流れて行く。  七都の髪が、水の中に漂うように、やわらかく、ゆらゆらと浮き上がった。  あの時と同じだ。  ユードの二本目のエヴァンレットの剣を破壊したときと同じ、ふわっとした気分。  そのまま自分を抑えられなくなってしまいそうな、危険な兆候を含んだ、だが、どこか高揚した気分。  カトゥースで癒されていたはずの喉の渇きのような不快感が、どこからか湧き上がってくる。  この渇きは、癒さねばならない。  七都は、ぼんやりと思う。  ユードが叫ぶのが、どこか遠いところで聞こえた。  何だろう。  私は、何をしようとしているのだろう? 「ナナトさまっ!!!」  セレウスの声が降ってきた。  七都は、はっと顔を上げる。  セレウスは、七都をかっさらうように、ベッドから遠ざけた。  全身の毛が見事に逆立った猫たちが、耳障りな鳴き声をあげる。 「病人には、ちょっと刺激的ですね」  セレウスは、ちらりとユードを見た。  ユードは、階段を全速力で駆け上がった直後であるかのように、口を大きく開けて、苦しそうに喘いでいる。 「えーと。私は一体、何を……」 「しっかりしてくださいね、ナナトさま」  それから、セレウスは声をひそめた。 「目が、真っ黒になってましたよ」 「え?」 「それに、お体もちょっと浮き上がっていたようですし。ここから出ましょう。彼をゆっくり療養させてあげないとね」 「カディナは?」 「別の部屋に連れて行きました。姉上が帰るまで待ってもいられませんので、医者も呼びました。ご心配なく。さ、行きますよ」  セレウスは子猫をつまみあげるように、七都をユードの部屋から素早く放り出し、扉を外側からしっかりと閉ざした。
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