第6章 二人の魔神狩人

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「そんなに、あの魔神狩人の男がお気に召したのですか」  セレウスが、溜め息をついた。 「ああ、やはり、人間と二人きりにするんじゃなかった。迂闊だった」  セレウスは、うなだれる。そのまま床にめりこみそうだ。 「暗いよ、セレウス」  七都はふかふかの椅子に座り、カトゥースの熱いお茶が入った器を両手で持って、彼に言う。  七都とセレウスは、客間に戻った。  客間はきれいに掃除されていて、七都が壊したカップのごく小さなかけらさえ存在しなかった。ただ、スプーンは天井に突き刺さったままだったが。  二人が戻ると、すぐにティエラがやってきて、再びカトゥースを七都に出してくれた。 「別に気に入ってないから。あの人、私を殺そうとしてるんだし、気に入るわけないでしょ」  七都は、カトゥースを一口飲んだ。やっぱり、相変わらずコーヒーだ。 「ユードも大げさなんだから。ちょっとにらめっこしただけなのに、なに、あの態度」  セレウスは少し眉をひそめ、七都をじっと見る。 「あなたは気づいておられないかもしれませんが、あの部屋全体が総毛立っていましたよ。猫たちはみんな、とんでもなく毛が逆立ってました。魔神族に慣れているはずのユードでさえ動けなかったし、息も出来なかった。私は、声を出すのがやっとでした」 「そうなんだ……。少し、おちょくりすぎたね」 「あなたは、ご自分が魔神だということをもう少し自覚されなければなりません。もう、みだりに人間と至近距離で見つめ合ってはいけませんよ。特に人々がたくさんいるところでは」 「うん……」  七都は、素直に返事をする。  なぜ、いけないのか。人間を怖がらせる、それだけではない理由が、もっとあるような気がする。  セレウスに聞こうかと思ったが、聞いてしまうと、それこそ、この部屋の空気まで総毛立たせてしまうような予感が何となくあった。七都は、別の質問に差し替える。 「魔神族となら、見つめ合ってもいいの?」 「どうぞ、ご自由に」 「アヌヴィムとは?」 「……」  セレウスは、ずい、と七都を覗き込んだ。 「やってみますか?」 「……やめとく」  ティエラと小間使いの女性が、カトゥースの花が入った布袋と陶製の容器を運んできた。  容器はしっかりと蓋が出来る仕組みになっていて、側面には紐が付いている。七都が持ちやすいように、その容器を選んでくれたのだろう。 「カトゥースのお茶が入っています」  ティエラが言った。  ティエラは、ずっと七都と目を合わせようとはしない。彼女の視線は、床のあたりに落ちたままだ。 「ありがとう」 「……その花とお茶を、魔王さまに差し上げるのですか?」  ティエラが、不安げに言った。  遺跡で眠っている魔神族が水の魔王であることは、セレウスから聞いたらしい。 「ええ。彼は、夜明け前から何も食べてないし、飲んでいないから」  七都が答えると、ティエラが、ますます不安げな表情をした。  けれども、その表情のまま、彼女は七都に訊ねる。慇懃だが、形式的に。 「魔神さま、他にご入用のものはございますか?」 「これだけで十分です」  七都が言うと、ティエラとセレウスは顔を見合わせた。  え。何か間違ったことを言ったっけ? 「んーと。他に、何かくれるの?」  七都は、首をかしげて、二人を見比べる。  それは二人にとって、とてもかわいらしくはあったが、ぞっとするような仕草でもあったらしい。 「い、いえ。特には……」  ティエラは明らかに緊張していたし、動揺していた。セレウスも、少し頬をこわばらせているような気がした。  いけないなあ。また何か、怖がらせてしまっている。  七都は、椅子から立ち上がる。 「そろそろ帰ります。いろいろありがとう」 「では、遺跡まで送って行きましょう」  セレウスが言うと、ティエラは、はっと顔を上げて、心配そうに彼の腕をつかむ。 「遺跡の中には入りません。いや、おそらく入れないでしょう」  セレウスはティエラに、安心させるように頷いてみせた。 「遺跡まで来てくれなくても、この町の門まででいいよ。道、わかるし」 「セレウス、そうさせていただいて!」  ティエラが、相変わらず床に視線を止めたまま、叫ぶように言った。
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