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七都は暗黒の空間の中で、渦巻くように地下へと続く螺旋階段を見下ろした。
「この荷物を持ってこの階段を下りるのは、やっぱりちょっとつらいかな」
七都は、階段の底を覗き込んだ。
光はなかったが、魔神族である七都には、底ははっきりと見える。
「もしかして、出来るかも」
それは、エヴァンレットの剣を破壊出来ることが何となくわかった時の感覚に似ていた。あのときよりも、確信はある。
何かがどこからか教えてくれているわけではない。知っているのだ。魔神族の体が、覚えているとでもいうのだろうか。
今まですっかり忘れていたことを少しずつ思い出しつつあるかのような、奇妙な感覚。
七都は螺旋階段の、ぽっかりと開いた真ん中の空間に向かって、手を広げた。不安はない。
「前から一度、やってみたかったんだよね。螺旋階段のいちばん上から、こうやって……」
七都は、階段を蹴った。
体が階段に囲まれたその空間に投げ出される。だが、そのまま急降下はしなかった。
ゆっくり、ふうわりと、まるで鳥の羽根が落ちるように、七都の体は降りていく。
「こうやって、底まで下りるの。ほら、ちゃんと出来てる」
地下に降りていくという感覚が、心地よかった。
闇は、ゆるやかに七都を包み込む。
やがて七都は石の床の上に、とんと降り立った。
「やっぱり、出来た。やったね!」
七都は、軽くガッツポーズをしてみる。
「ん?」
七都は、正面の、広間へと通じる扉に顔を向けた。
違う。
先程ここを出た時とは、何か雰囲気が違っている。
<何かが違っています。違和感が……。館の空気が乱れている>
カディナが侵入したとき、それを感じ取ったセレウスがそう言ったが、たぶん同じだ。
誰かが空気を乱している。
そして何よりも、微かに漂うこの甘い香り。お香が炊かれたような……。
こんな香りは、出て行くときはしていなかった。何者かがここに入ってきたのだ。
「ナチグロ?」
七都が扉の前に立つと、扉は静かに開いた。
もう手を置かなくても、一瞥しただけで扉は開く。扉が七都の意志を汲み取ったかのように。
少しずつ、魔力の使い方のコツが、わかり始めたような気がする。
七都は、青い光に照らされた広間に入った。
甘い香りが、さらに濃くなる。
そして七都は、台の上を見て思わず立ち止まる。
そこには、ナイジェルが同じ姿勢で横たわっていた。
冠が、きらきらと光っている。だが、ナイジェルの上には、流れるように長い赤い髪の少女が、屈み込んでいた。
少女は、広間に入ってきた七都を振り返った。どこかで見たような緑色の目が、七都を凝視する。
七都の肩から、カトゥースの袋がどさりと落ちた。
「ご、ごめんなさいっっ!!!!!」
七都は叫んで、広間の外に走り出た。
そして、閉じた扉にもたれかかる。
えーっ。
え――――っ!!!!!!!
あれ、誰?
あの子、魔神族じゃない。たぶん、人間だ。ただの人間っぽくはないけれど。
ナイジェルの……彼女?
う、うそお。
でも、あの接近の仕方はっ。
そ、そりゃあ、彼は素敵だから、当然恋人がいたって不思議じゃないけど。
そんな話、全然しなかったし。
でも。でも……。
だけど、彼女じゃないとしたら、じゃあ、誰よ?
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