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「ナナト!!」
広間から、ナイジェルの声がした。
「ナナト! このお嬢さんを地上まで送り届けてくれないか?」
「え?」
七都は、おそるおそる扉を開けて、広間を覗いてみる。
「あら、魔王さま。とうにお目覚めでしたのね」
少女が、憮然として言った。
ナイジェルは、目を閉じたまま、横たわっている。
七都は、再び広間に入った。
そして、ナイジェルのそばにいる少女をまじまじと観察する。
台の上一面に広がった赤い髪は、七都よりも長い。そして、透き通るような白い肌。緑色の目。
髪の色は、たぶんセレウスと同じだ。この青い空間の中では薔薇色っぽく見えるが、恐らくもっと朱色に近い色に違いない。
緑の目も、セレウスと似ている。色だけではなく、その形も表情も。
セレウスを女性にして、もっと華奢で妖しげで透き通るような雰囲気にしたらこんな感じになるだろうという、まったくその通りの美少女だった。
「あなた、ゼフィーア?」
七都が名前を口にすると、少女は目を見開き、顔を引きつらせた。
「やっぱり、そうなんだ」
だが、見た目の年齢は、明らかにセレウスのほうが上だ。
「あなたさまは? 魔貴族の方ですか?」
ゼフィーアは、さぐるように七都を眺めた。
「シルヴェリスさまの恋人ですか? お妃さま?」
「姉弟そろって、同じようなこと聞かないでよね」
七都は、ゼフィーアに言う。
「あいにく僕には恋人もいないし、妃もいない」
ナイジェルが、横から付け足した。
あ、そうなんだ。よかった。
七都は、心持ち胸を撫で下ろす。もっとも、だから? という感じではあったが。
ゼフィーアは、ここでいったい何をしていたのだろう。ナイジェルの看病だろうか?
「この人を外まで送ればいいの、ナイジェル?」
「そう。なかなか帰ってくれないから、困っているところだ」
七都は、ナイジェルが横たわっている台に近づき、ゼフィーアに手を差し出した。
「では、どうぞ、ゼフィーア。お帰りはこちらだよ」
ゼフィーアは、あきらめたように素直に従い、七都の手を取る。ユードやセレウスと同じ、人間の体温の高い手だった。
「もっと醜い下級魔神族が来るのかと思っておりましたけど。かわいらしい方ですのね」
ゼフィーアが微笑んだ。その微笑も、セレウスによく似ている。
「それは、どうも。あなたもなかなか素敵だけど」
七都が言うと、ゼフィーアは、大きな吸い込まれるような緑色の目で七都を見つめた。
「ナナト。彼女の目を見るんじゃない!」
ナイジェルが叫んだ。
「うん。人間とにらめっこしちゃいけないものね」
だがゼフィーアは、必要以上の距離で、七都にくっつくように立っている。
「お姉さん、近すぎるよ」
七都は、眉を寄せる。
「ま、あなたも魔王さまに負けず劣らず、つれないのですね」と、ゼフィーア。
「私は、だって、そういう趣味ないもん」
「まあ、そうですの」
ゼフィーアは納得したように、少しだけ七都から離れた。そして、七都に訊ねる。
「弟にお会いになりまして?」
「会ったよ。カトゥースの花と、お茶をくれた。感謝してる」
「カトゥースの花とお茶ですって? それだけですか?」
「もらったのはそれだけだよ」
「まあ、なんてこと」
ゼフィーアが、溜め息まじりに呟いた。
いったい何なのだ?
何かもらい忘れたものがあったのだろうか?
セレウスにしても、ティエラにしても、何か大切なことをわざと言ってくれなかったような気がする。
「そのアヌヴィムをさっさと連れて行ってくれ、ナナト!」
ナイジェルが、再び叫んだ。
「うん、そうする」
七都はゼフィーアの手を取り、扉の外に引っ張り出した。
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