第7章 魔王シルヴェリスの出立

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 二人が出ると扉は、七都の意思を受けて、ぴったりと閉まる。 「わたくしは、まだ帰りませんよ。魔王さまにも、そしてあなたにも、力が必要です」  ゼフィーアは、七都の手をつかんだまま、離そうとはしなかった。 「あなたもまた、しつこいね」  七都は、肩にかけていたお茶の容器を下に置いた。 「ちょっと失礼」  それから、ゼフィーアの背中と膝の下に手を伸ばす。 「な、なにを……!!」  七都は、ゼフィーアの体を持ち上げた。 「お姫様だっこ。まさか私がするとは思わなかった。やっぱ、するよりされるほうがいいんだけど」  ゼフィーアは七都より少しだけ背が高かったが、彼女の体は負担に思うほど重くはない。 「お姉さん、わりと軽いんだ」  「お、おろしてくださいませっ!」  ゼフィーアが戸惑って叫ぶ。 「もうちょっと我慢して」  七都は、石の床を思いきり蹴った。  ゼフィーアを抱えたまま、七都の体は、ふわりと浮かぶ。  七都は、螺旋階段の真ん中をゆっくりと上がった。  まるで暗い水の底から水面まで、真っ直ぐに移動するように。  七都は、階段の最上段に降り立つと、ゼフィーアをそのまま運んだ。  入り口が白く光っている。  それは次第に近づき、この日最後の太陽の光に照らされた遺跡の風景が、はっきりと見えてくる。  七都と、七都に抱えられたゼフィーアは、外に出た。  白い光が、巨大な空間となって、とてつもなく広がる。  沈む前の太陽の光とはいえ、頭がくらくらするくらいに眩い。 「あ……」  ゼフィーアは、驚いたように七都を見つめる。  まだ太陽の光が満ちているというのに、自分を抱えているこの魔神族は、その光の中に平気で立っていられるということに気がついたのだ。 「私は、太陽は大丈夫だから。気にしなくていいよ。なんか特殊な魔神族みたいだから」 「太陽の光の中にいられる魔神族というのは、わたくしが存じ上げているところでは、地の魔王エルフルドさまを始め、ごくわずかな方のみです」 「そう。その地の魔王さまとやらに、真っ昼間に会ってみたいな」 「ナナトさまっ!」  そのとき、セレウスの声がした。  セレウスとセージが、駆け寄ってくる。 「あ……姉上?」 「ゼフィーア?」  二人は、七都が抱えている人物が、姉であり従姉であるゼフィーアだということに驚いたようだった。 「あなたたち、まだ帰ってなかったの?」  七都はあきれて、二人を見比べる。  別れの挨拶をきちんとしただけに、何となく気まずい。 「まあ、ちょうどよかったけど」  七都は、やっとゼフィーアを下ろした。  セレウスは、彼女を抱きとめる。 「姉上、この下におられたのですか?」  セレウスが訊ねた。 「では、魔王シルヴェリスさまにもお会いしたということですね。よく無事で戻って来られましたね」 「収穫はありませんでした」  ゼフィーアが言った。 「私に魅力がなかったのかもしれません」  彼女は、うなだれる。  つまりゼフィーアは、ナイジェルに『取り入ろう』としたのだ。  相変わらず七都には、『取り入る』ということがどういうことなのか、いまいちわからなかったが、それは何となく理解できた。 「おねえさんは、十分すぎるくらい魅力的だよ。でも、まあ、それぞれ好みってものもあるから」  七都は呟いた。  本当はどこかに、ナイジェルが彼女を拒否してくれて、ほっとしている自分が確かにいる。 「魔王さま方のご趣味は、確かに未知ですね」と、セレウス。 「魔王さま方は、ごく稀な例外を除いて、通常、人間を相手にされない。アヌヴィムの魔法使いといえども、やはり人間。もちろん、それは、わかっていたのだけど」  ゼフィーアが言った。 「では、その、ごく稀な例外に賭けたのですか」  セレウスが諌めるようにゼフィーアを見つめ、溜め息をつく。 「なんと大胆なことを、姉上!」 「引くに引けなかったということもあります。ここが魔王さまの神殿として使われていたのなら、きっといつかどなたかが姿を現して下さるのではないかと、子供の頃から漠然と夢見ていました。でも、実際、本当に現れた水の魔王さまを前にすると、どうしたらいいのかわからなくなって、ただ気だけがはやり、勢いで行動してしまった……。シルヴェリスさまは、私には何もされませんでした。それは私にとっては、運がいいことだったのかもしれません」 「おそらくそうでしょう。もう無謀なことはしないで下さいね」  セレウスが言った。  遺跡の地下の広間で妖艶な雰囲気を漂わせていたゼフィーアも、地上では、無力なただの少女のようだった。  行き倒れの病人を家に連れ帰って手当てをする彼女は、本当は心のやさしい普通の人間の女性なのかもしれない。七都は、思う。 「では、お姉さんは確かに返したから。私は戻るね。あなたたちも町に帰ったほうがいいよ。もうすぐ暗くなる。ここでは太陽が沈んだあと、人間がむやみに外に出てるのはいけないことなんでしょ」  七都が忠告すると、セレウスは首を振った。 「暗くなったら、あなたは緑の扉の向こうの世界に帰られるのでしょう。それを見届けます。それまでここにいさせてください。あなたがいなかったら、きっと姉はここにこうして無事にはいられなかったのですから。その感謝の印として」 「そう。じゃあ、気をつけて。あ、もし、虫の羽根のはえた魔神族の男の子がここに来て、あなたたちに友好的じゃないことを何かしようとしたら、私の知り合いだと言ってね。で、下の広間に来るようにって伝えてくださいな」 「かしこまりました」  セレウスは、丁寧に頭を下げた。
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