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目が覚めたとき、見慣れた天井が見えた。自分の部屋の天井だった。
そして、自分のベッドに自分のパジャマを着て、いつものように寝ている自分がいた。
ベッドのヘッドボードも間違いなく頭上にあるし、猫柄のパジャマの袖も、鮮やかすぎるくらいに目に飛び込んでくる。頭の下には、ラベンダーが入った、いい匂いのする枕。
マンガの主人公のポスター、チェストの上のクマのぬいぐるみ、青い水玉のカーテン……。
普段と同じだ。何一つ変わっていない。
よかった……。
ずっとずっと恋焦がれていたようにさえ思える、この部屋。
私は、ここに戻ってきたかったんだ。
でも、あれは夢?
窓から入ってくる夏の太陽の光で、部屋全体が明るかった。
異世界の太陽ではなく、七都の世界の見慣れた太陽――。溶ける心配など微塵もない。七都を含めた、生きとし生けるものをあまねく照らす、すべての生命の源たる輝き――。
七都は、壁にぼんやりと視線を這わせる。
制服がハンガーにかけられていた。その横に、エンジ色のフード付きマントも、並べて掛けられている。
七都は、飛び起きた。
<ここでのことは、夢じゃないからね>
ナイジェルの声が、頭の中で響いたような気がした。
枕元のサイドテーブルの上には、ガラスコップが置かれてあった。窓から注がれる光で、きらきら輝いている。
七都は、それをつかんでみた。
中は空っぽだ。蓋もなくなっている。
あの透明な石は、ここに帰って来たのと同時に涙に戻り、蒸発して消えてしまったのだろう。
七都は、コップをかざした。向こうでは気が付かなかったが、表面に蝶の模様が彫られている。
「セレウス……」
七都は床に立って、マントを見上げた。
メーベルルのマント――。太陽をさえぎる繊維で出来た、魔神族のマントだ。
七都は、マントをつかむ。ふわりとした軽い感触が手を包んだ。
「夢じゃない。そう。夢じゃなかった。ドアの向こうの世界は、存在するんだ」
七都はハンガーからマントをはずして、抱きしめた。
ナイジェルも、セレウスも、ゼフィーアも、セージも、ティエラも、そして、ユードも実在する。
メーベルルは死んでしまったけれど、彼女も確かに存在したのだ。
七都は、彼らの存在を確認できるのが嬉しかった。
ここに何も持って帰ってなかったら、信じていないかもしれない。マントもコップも残っていた。ちゃんと。
もしかしたらこういうものって、この世界に戻ってきた途端、消えてしまうのかと思っていた。
それにしても、なんてたくさんの人に出会ったのだろう。いっぱい話をしたのだろう。
普段の高校生活では、クラスメート、それも決まった友人としか話さない。
男子とだって、あまり話したりなんかしない。大人と話すことがあるといえば、先生くらいだ。それも、打ち解けた会話なんか、決してしない。
けれども、向こうでは、たくさんの不思議な人たちと出会った。奇妙な出来事も、たくさん。
怖かったけど、悲しかったけど。スリリングで、摩訶不思議で……やっぱり結局、楽しかったかもしれない。
階下から、おいしそうな匂いがする。果林さんが作る料理の匂いだ。
七都は、自分がかなり空腹であることに気づいた。匂いに反応するように、お腹が鳴っている。
そうだ。向こうでは、コーヒーと花しか口にしてないもの。ご飯を食べなくちゃ。
七都は、果林さんが枕元に用意してくれていた、いつもの普段着に着替える。
だけど……。
私をパジャマに着替えさせてくれたのは果林さんで……。
ポケットからコップを出しておいてくれたのも果林さん……。
マントを着た七都が床に寝ているのを発見して、果林さんは、どう思ったのだろう。
そして、あの招き猫――。
付箋を頭に貼って、傷だらけになった招き猫を見て、何と思っただろう。当然、付箋に書いてある文章も読んだに違いないのだ。
どうしよう、言い訳。
やっぱり、記憶喪失でごまかす……かなあ。
時計は、午後二時過ぎを刻んでいる。
七都が、リビングのドアを開けて向こうの世界に行ってから、まる一日以上。いったいどれくらい眠ったのだろう。
向こうの世界では、日の出前から日の入りぐらいまで。一日の半分くらいは向こうにいたのかもしれない。
だとすると、やはり戻ってきてから、十三時間以上は眠っていたことになる。
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