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あの人以上に好きになれる人が現れるまで、恋なんてしない──。
今にも雨が降りそうな空を見上げ、栞は小さく溜息をつく。
恋なんてしない、ではなく、できない。そう、できなかったのだ。
ごっこ遊びのような幼い恋など、すぐに忘れられる、諦められると思っていた。それなのに、あの男は今も栞の心の奥に居座り続けている。
不純な動機で始めた、芸能界での仕事。いや、十五やそこらの小娘だった当時の栞は、それが仕事であるという認識もほとんどなかった。
趣味や遊びの延長、しかしそれが良かったのか、最初はトントン拍子に大きな仕事が決まっていった。しかしそのうち、本気の人間には敵わなくなる。そして、栞にはその仕事に食らいつく執着もなかった。
アイドル、女優という仕事。拙い憧れから始まった仕事は、数年で破綻する。
その時、初めて将来のことを考えた。
自分をここまで育て、導いてくれた信頼できる女性マネージャー、彼女のようになりたい。
今度は、自分の手で人を育て、導きたい。これが自分の経験を活かすことのできる、唯一の仕事だと思った。
失った恋は、もう戻らない。
ならば、全てを一新し、奮起するしかない──。
栞はもう一度空を見上げ、自分の気持ちを振り切るかのように、大きく口角を上げた。
──そして、八年が経過する。
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