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ケンジは宝石店を出ると右手に下げた紙袋を気恥ずかしそうにのぞきこんだ。 かわいいリボンがあしらわれた小箱とホログラムカード。 覚悟完了である。 左腕を持ち上げて腕時計を見つめると、スマホのような画面が空中に現れた。 「17時か・・思ったより時間かかっちまったな。  コマチ、買い物終わった。入口までたのむ」 <<了解しました>> 「コマチ」はケンジのパーソナルアシスタント(=世話役のAI)につけられた名前である。腕時計に話かけるだけで、デパートの駐車場に止めてあるクルマを1階の出入り口まで移動させてくれるのだ。 <<ステキな指輪が買えましたね>> 「ああ、予定だいぶオーバーしちまったよ」 コマチとの会話はSNSの吹き出しとなって腕時計の上空に浮かび上がる。相手が人間でもAIでもコミュニケーションの様子はだいたいこんな感じだ。 そうこうしているうちにデパートの外にケンジの到着を待つクルマの姿が見えてきた。 <<おつかれさまでした>> 手の届くくらいの距離までケンジが近づいたところでクルマの後部座席のドアがすうーっと開いた。 大事な紙袋をシートの奥にそっと置いた後、そのとなりに腰を下ろしたケンジは腕時計の上空に浮かび上がる映像を指でこちょこちょいじっている。 前方の運転席は空っぽでハンドルを握る者はいない。 <<発車します>> そのまま後部座席のドアが自動的に閉まると、運転席のパネルがあわただしく切り替わり、やがてクルマはウィンカーを出しながらデパートの入り口前をゆっくり離れていった。 <<職場に戻りますか?>> 「ああ、そうしてくれ」 [[職場に行くんだな、じゃあ最短ルートをブッ飛ばしていくぞ!!]] ケンジを載せて移動中の自動運転車もまたAIを搭載している。コイツもまたしゃべるのだ。 <<ファントム、ルートはこちらで指示する。それから法定速度は遵守するように>> [[はいはい、わかりましたよ]] 「ファントム」とは車載AIのコードネームである。 このような人工知能同士の会話は普段表に出てくることはないのだが、あえてそれを聞こえるように改造したのはケンジである。 スマートモビリティの人工知能開発、つまりこのしゃべるクルマのAIの生みの親はケンジなのであった。 <<直接職場に向かいますか? それとも残業に備えて晩ごはんを買っていきますか?>> 「あ、そうだな。弁当屋に寄ってくれ」 コマチはケンジの行動を熟知しているので非常に気が利く。最短ルート以外のおすすめコースを提案するなどお手のものだ。 <<了解しました。  ファントム、「バクダン弁当 日本橋店」にルート変更だ。法定速度は〜>> [[わーーったよ!]] 車載AIであるファントムはクルマのポテンシャルを最大限に引き出すように学習が行われている。要はスピードを出したくてしょうがないのだ。 しかし全ての場合において、人間を直接サポートするAIコマチの判断が優先される。つまりコマチの方がエライのである。
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