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ぼくに教えてくれないか
1杯、千二百円――
準急列車も止まらぬこの寂れた町で、ぼくらの通い慣れたバーは仕事帰りのサラリーマンを相手に割高なドリンク料金を要求してくる。
品書きはお世辞にも上等とは言えず、女性スタッフが飛び抜けて美人というわけでもない。
それでもこの店の客足が絶えない理由は、そこにチャージ料が含まれていることと、二十人も入らない狭い店内にあっても深夜三時までライブ演奏を披露してくれることにあった。
恵美とは大学時代のサークル活動で知り合った。
一回生の頃、ぼくが友人とともに結成した『天体くらぶ+α』
クラブではイケイケ、倶楽部では字面が卑猥だったから、ひらがなのくらぶに『α』をつけてみた。スポーツ選手に『Jr』と名付けるノリだ。
実際の活動内容は、どうひっくり返してみてもモチベーションにはなりえない天体観測を放ったまま、近場を旅行するだけの学生の暇つぶしに過ぎなかった。
女子部員なんてもちろんゼロだったのに、むさくるしい男どもの群れに彼女は畏れることなく飛び込んできてくれたんだ。
糸のような雨が降りそそぐ四月頭。
ぼくらがこしらえた新入生勧誘ブースに恵美は前触れもなく姿を現した。
本当に、流れ星が舞い降りてきたのかと思うほどの彩りをもって――
「星、みんなで見に行くんですか?」
一丁前に『星空百選』なんてガイドブックを準備していたぼくは、女性から声をかけられたことにまずたじろいだ。
長い黒髪を左耳にかきあげながら、ぼくらが一年間で撮りためた写真を朗らかな顔つきで眺めている。
今振り返れば、ちょうど友人が出払っていてぼく一人でブースの留守番をしていたことが致命的であり、運命的だったんだと思う。
「あぁ……はい……」
二の句を継げないぼくに、一つ年下の彼女は目を輝かせて「わたし、四万十エリアが好きなんです」と語りかけてくれた。
ツバの長いゆったりとした帽子。雨雲に合わせたような色調の落ち着いたワンピース。
装飾品をつけていないこと、マニュキュアを塗っていないこと、化粧っけがないこと。
ぼくにはそうした付加されていないものでさえ彼女の女性としての圧倒的な魅力に思えた。
「しまんと……あっ、しまんとですよね! つ、つぎ行こうと思ってるんです!」
大渋滞を起こした脳内で次々に玉突き事故が発生した気がする。
四万十エリアに出向く計画はないし、直近の旅行では望遠鏡をレンタルするのを忘れるほどずぼらなサークルだ。
頭のそこかしこでクラクションがけたたましく鳴り響く。
この子がうちに加入してくれるなんて奇跡が起こるのか?
男だけのサークルに? いまだピント合わせに手こずるメンバーの一員に?
混乱をきたした思考回路はブレーキを踏めぬまま彼女にまで衝突してしまう。
「できれば四万十の良さを案内してもらえたら……」
「新入生の私がですか? あははっ」
彼女は左耳を傾けて大きな声で笑ったあと、クスクスと口元を抑えた。
そして、「すごく面白そう。話聞かせてもらってもいいですか?」と長机に傘をかけて腰を下ろしてくれた。
これはあくまできっかけであって、要因だったのかはわからない。
その後、ぼくがどう説明したかも覚えてないし、戻ってきた友人たちがどのくらい狼狽えていたのかの記憶もない。
ただ、彼女は『天体くらぶ+α』の乏しい活動実績や男子しか所属していないことを聞いても嫌な顔ひとつしなかった。
それどころか翌日の勧誘活動に加わってくれたおかげで、彼女を除いて新たに三名の男子と二名の女子が加入することになった。
激動の二日間のうちに、傍目にはサークルらしくなった『天体くらぶ+α』は活気づく新入生たちに突き動かされるように当初の設立趣旨であった「天体観測」を存分に満喫していくこととなった。
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