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第三話
「小学生の賭けトランプぐらいで真実とか大袈裟な」
「そうかもな。でも何があったか全部は知らないだろう?」
「分かった、何だか面白そうだし。何をすればいい?」
「情報が欲しい。特に俺がなぜ”裏切り者”になったのかとか」
「知ってたのか……”セカンドインパクト”のこと……」
お楽しみ会は、管理者であるオノケンの転校を機に空中分解した。その存在と罪は、大人達に知られる事なく消え去るはずだった。オノケンがいなくなった事で、参加者のお金の貸し借りがわからなくなってしまっていた。それゆえゼロからの再開を望む声もあるにはあった。だが同時にその悪事が明るみに出て、糾弾される事を恐れていたし、絶対的なカリスマ性と、明晰な頭脳を持っていたオノケンの代わりをやろうという者は現れなかった。決して固く結束していた会ではなかったが、一様に連帯感みたいなものは、確かに感じていた。何より、絶対のルールとしてあった「大人に悟られないようにする」を守れなくなっては、デメリットしか存在しないだろう。
しかしお楽しみ会の思い出が、記憶の片隅に追いやられる前、突然僕は担任の山崎先生に呼び出された。
参加者の誰かが裏切り、“お楽しみ会”を告発したのだ。
後に僕らは”オノケンショック”に続く”セカンドインパクト”と呼び、吹き荒れる非難の嵐に翻弄された。クラス会議、児童会、職員会議、PTA。あらゆる所で議題に上り、繰り返し批判された。さすがに警察沙汰にはならなかったが、参加者の多さやシステムの巧妙さが問題視され、学校でも家でも厳しい監視がしばらく続いた。
個別の聴取は、オノケンが管理していた出納ノートを元に行われた。仲間内では、タイミング良く転校したオノケンが、バラしてお金を持ち逃げしたという噂が、まことしやかに囁かれていた。大人達が把握していた内容は、それ程に詳細だったし、本人が不在、更に批判される事に疲れ切っていた事も手伝って、誰かを張本人として吊るし上げなければ、日常生活をマトモに送れないまでになっていた。
しかし僕は、この噂を肯定する気にはなれなかった。オノケンが転校して、糾弾が始まるまで1ヶ月近く空いていたし、そうする理由が見つからない。突然理由も言わずいなくなるという、ある種裏切りにも等しい行為からすると、何か特殊な理由があった事は想像できるが。でもそこまで行けば、僕の想像以上の事があったしか言いようがない。
幸か不幸か、何年かぶりに、その答えを持つ本人に再会する事が出来た。
「お楽しみ会」の遺産
僕は、お金なんか欲しくないなんて言えるほど、善人でもない。しかし子供の頃の苦い思い出に関係するお金だとすれば、正直なところあまり関わりたくないのが本音だった。
「親父がさ、まだここに住んでんだ。それで流れてくるウワサを聞いて」
「……そう」
ウワサとはどこまでのウワサだろう。
単にお楽しみ会の事が明るみに出た、ぐらいか。それともオノケンが裏切り者と言われていた事なのか。8年ぶりに会った友人に、いきなり核心を突くような質問は出来ない。何しろ平和第一主義の戦隊ブルーの僕には、そんな必殺技が可能な心臓は装備されていない。
「じゃ行くか」
オノケンは立ち上がり、軽く尻の埃を叩く。
「ん?場所を変える?」
「場所というか、人かな」
「オノケン、もっと凡人でも分かるように解説してくれないか。誰もが君を理解できるほど、君の言動は分かりやすくないんだから」
「すぐにわかる」
悪戯小僧の笑い。
僕も立ち上がり、オノケンに続いた。ほんの数年前のことなのに、ずっと忘れていたこの感覚。それこそ一定の手順を必ず踏襲するお約束のように”すぐわかる”と先頭を歩くオノケンの背中を追った。
まだ空は明るく、時々体に当たる陽光にもはっきりと熱を感じる。暑さ寒さも彼岸までと言うが、夕暮れに近づくにつれて、急に過ごしやすくなった。
子供の頃は同じ道を歩きたくなくて、横道をへ逸れることがよくあった。それどころか人の家の庭先を、時には道なき道を突き進み、叱られることよりも、怪我をすることよりも、小さなドキドキを最優先して。
「この辺りは昔から変わらないな」
「古い家が多いからね」
僕らは、白壁の続く道を進み、立派な門構えの日本家屋の前を通りかかった。この一画は戦明治維新以前に建てられた家だと聞いた事がある。広く手入れされた日本庭園や大きな木造家屋が並び、ここだけ時代の流れなから取り残されたようにいつまでも変わらない。
途中、一件の家の門柱に野菜で作られた馬と牛が置いてあった。お盆の時期によく置いてある迎え火と送り火の精霊馬だ。死んだ人があの世から帰ってくる時は足の速い馬に乗り、帰る時は歩みの遅い牛に乗って帰る為に飾ってあり、出来るだけ長い時間家に滞在して欲しいと言う願いが込められていると言ういわれがある。
「ガキの頃はコレの意味も分かんねえで、よくイタズラしたなあ」
「僕は勝手にチワワとかにした事ある」
旧友と再会したせいか、どうしても昔を思い出すような発言になってしまう。昔のTV番組なんかを見て、父さんがよく言っていた。この頃は学生だったとか、あの頃は大変だったとか、今のやつらは楽をしすぎだとか。そんな姿をカッコ悪いなと苦々しく思っていた。
でもカッコ悪い僕は、いざ自分がその立場になってみると、やはりカッコ悪い。ばーさんが生きていれば、オノケンが転校していなければ、もっと幸せだっただろうと想像せずにはいられなかった。
後ろから走り寄ってくる足音に気づいたときはもう遅かった。
突然僕は突き飛ばされ、前へとよろめく。そしてその人物を確認する前に、容赦なく顎に掌底を喰らってしまう。
「よくも今更私の前に顔を出せたものね、賢至!覚悟しなさい!」
「久しぶり。お前は変わらねえな、元気……なことはたった今確認したぜ」
「なんだよいきなり、いったい誰……」
油断してた事もあって、かなり顎が痛い。しょっちゅう姉から攻撃されているので、咄嗟に受け身を取る習慣が身についてるとは言え、やはり痛いものは痛い。
「うるさいリョータ!でかくて邪魔なのよ!アンタはとりあえずこれ持って」
そう言うと彼女はそれを放り投げる。僕は慌てて手を伸ばし、何とかそれをキャッチした。
何コレ?シャベル?
彼女の破れたGジャンには、どこかで見たような『危険人物』と漢字で書かれたワッペン、薄い青のフレアスカートをひるがえし、両手を腰に仁王立ち。そして面倒くさそうに黒髪を背中へ払い、オノケンへと向き直った。
「言い訳があるなら今のうちに言いなさい。どんな訳でも許さないけど!」
「もしかして……桜井か?」
「もしかしなくても桜井よ。私がウルトラマンか新幹線に見えるなら今すぐ眼科に行きなさい」
この威嚇する猫みたいな女は、桜井れいなという生き物だ。5、6年生と同じクラスで、中学校も同じだった。吊り上がった大きな瞳でギロリと睨む。身長や髪型が、小学校の時からほとんど変わっていないので幼く見えるが、性格は猛獣のそれである。どんな有名人に似ているかと訊かれれば、ウルトラマンに似ている。どんな乗り物に似ているかと訊かれれば、新幹線に似ている。強さも早さもだ。
とにかく意味不明な理論をふりかざして、強引に物事を押し進めようとする為、その行動は理解しがたい。5年当時、体育の着替えで女子が教室を使うから、男子は渡り廊下で着替えろと言い出した。百歩譲って教室以外で着替えるにしても、何で夏暑く冬寒い渡り廊下なのかと反論すると、囮に決まっているじゃないバカと。
桜井曰く、アンタ達の裸なんて一円の価値もないんだから、せめて女子が着替えている間の囮になればいい。それが世の為人の為。抵抗は無意味、諦めなさいと。
あまりに僕の常識範囲外にあるものだから、女の子とか人間とかじゃなく、桜井れいなという生き物だと思うことにしている。
「いきなり酷すぎるだろ。僕が何したってんだ」
「私は賢至を狙ったわ。アンタが勝手に当たって来たのよ」
「加害者の台詞とは思えない……」
「リョータ、黙って。コイツったら、私に宝石をくれるって約束したくせに、次の週にいきなり転校して逃げたのよ!今度会ったら絶対掌底かますって決めてたわ!」
そう言って、オノケンの鼻先ギリギリまで人差し指を突きつける桜井。
ま、実際に掌底を喰らったのは酒井リョータな訳だが、そのあたりの事は誤差範囲らしい。
しかしオノケンのストライクゾーンは謎すぎるな。前世でどんな大罪を犯したのか知らないが、罪滅ぼしにしては過酷過ぎる。
恐らく身長180cm近くあるオノケンに、140cm代の桜井が思い切りつま先立ちで指差ししている為、滑稽以外の何ものでも無いポーズ。オノケンはオノケンで、挨拶より掌底を繰り出してきた桜井を恐れるでもなく、かと言って怒るでもなく、昔を懐かしむような暖かい眼差しで彼女を見ていた。それにつられて、きっと僕も微妙な顔をしていたのだろうと思う。桜井はオノケンと僕の顔を交互に見て、その表情から何かを悟ったのか再び目を吊り上げ牙をむいた。
「何二人してニヤニヤしてんのよ気持ち悪っ!どうせ昔と変わらずチビのままとか思ってるんでしょ、失礼ね!すごく失礼だわ!私がチビなんじゃなくてアンタ達がデカすぎるのよ!日照権侵害で訴訟を起こされるレベルだわ!」
「いや、それは誤解だ桜井れいな。俺の言う“変わらず”は、変わってなくて安心した。って意味だ。キミは俺が恋したあの頃と変わらず魅力的で、チャーミングな女性のままだ」
オノケンはそう言って、桜井の目を正面から見つめる。そして恐らくは少女マンガなら間違いなく背後に壮麗なバラを背負っていたであろう最高の笑顔を見せた。
「なっ……えっ……バカッ!アンタバカでしょ!バカバカっ」
みるみるうちに桜井の顔は真っ赤になり、ブンブンと腕を振り回す。
うーんオノケンめ、そんなにイケメンでも無いくせに。成長して女性を扱うスキルを身につけたと見える。
「なあ、リョータもそう思うだろ」
おっと、こっちにトスが来た。ここは上手く打ち返さねば。
「まったくその通りだ。今も昔も桜井はチャーミングだ。どれぐらいかと言うと、チャーミングといったら桜井。桜井といったらチャーミングぐらいだな。うん」
「あそ。そりゃドーモ」
桜井は半目で僕をにらみ、ぶっきらぼうに答える。さっきとは540°ぐらいかけ離れた態度だ。せっかくオノケンに打ちごろのトスを上げてもらったのに、大空振りだったか。言い訳を言わせてもらうと、オノケンとの経験の差もあるのだろうが、僕の姉の影響が大きいと思う。なにしろ機嫌が良くても悪くても蹴られることに変わりはない。結果が分かりきっているなら、あえて努力しようとしなくなるのは自然だと思うのだが。
「二人ともそろそろ行くぜ。今日中に終わらせねえと時間がないんだ」
オノケンはくるりと背を向け、枝分かれした細い道の方へと静かに歩き出した。
「行くってどこへよ」
「よく知らない」
「何で知らないのよアンタ、バカじゃないの」
「僕は杉屋の前で偶然会っただけだよ。桜井こそ何しに来たんだよ」
「私は賢至に呼び出されたから来ただけよ。急にシャベル持ってきてくれないかって」
「悪いなリョータ。本当はあそこでお前を待ち伏せしてたんだ。たぶん通ると思って」
「何だよ、用事があるなら最初からウチに訪ねてくればいいじゃないか。まわりくどい」
「ヤダよ。お前ん家の姉ちゃん怖えし」
「それは本当にすまないと思っている。こんど玄関に”モンスター在住”って貼っとくわ」
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