第五話

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第五話

僕が担任の山崎先生に呼び出された時、証拠のノートがあると確かに言っていた。心当たりのあるノートは1冊しかなく、それが本物か偽物かなんて考えもしなかった。 ”お楽しみ会”のノートはもともとオノケンが管理し、いつも持ち歩いていたものだ。本物がちゃんと保管しててあって、ここにあるという事は 山崎先生が言っていた証拠のノートとは偽物か、全く別のノートということになる。 「転校することになったあの日、俺はノートと貸し借りしていたお金を、保管しなければ思った。このまま家に置いておくと、どうなるかわからないからな。一番良い方法は仲間の誰かに事情を話して、託すことだったのだろうが、そんな事をする時間は全く無かった」 「家もダメ。渡す時間も無いじゃどうしようもないじゃない」 「ああ、俺はそれで一か八か箱に入れて埋めようと思い、外へ飛び出したんだが、そこである人が目に止まった。 杉屋のばーさんだ」 杉屋はオノケンが住んでいたマンションの隣にあった駄菓子屋だ。店が開いている時は、近くにいるはずだし、あのばーさんなら信用できる。 「必ず取りに来るからと言って、ばーさんにコレを預けた。しかし、そんな機会は訪れることなくばーさんは死に、箱だけ残された」 「じゃじゃあ、何で偽物なんかを作ってバラしたりするワケ?何も良いことないじゃない 「これは半分俺の想像なんだが……」 オノケンは腕を組んで大きく息を吐いた。いささか大げさな行為だけれども、僕がオノケンの立場だったらきっと同じようにしたと思う。仲間を地獄に引きずり落とすようなことをする理由など、想像とはいえ考えたくもない。 「ギャンブルをやめたいと思う時って、いったいどういう時だと思う?」 「お金がなくなった時かしら、もう続けられないーって」 「大勝ちした時かな。勝ち逃げできる、みたいな」 「俺は借金を作ってしまい、それから逃げられなくなった時ではないかと思う」 断っておくが、この会話の中で出てくるギャンブルとか借金なんてのは、あくまで小学生レベルでの話である。もらっている小遣いの額に差がある事は分かった上で、それに合わせて掛け金とか賞金を設定していた。大勝ち、と言っても杉屋で買う駄菓子が一個増える程度の事だ。借金の額にしても同様なのは言うまでもない。 「借金までしてギャンブルとかサイテーだわ」 「逃げ出したくなるほどの借金って僕達には当てはまらないんじゃない?」 「俺がいた頃はそうだった。だが、その後はどうだ?たしか一ヶ月ほど期間があって、騒ぎになった。妙だと思わないか?」 僕と桜井は顔を見合わせた。 オノケンが突然転校した”オノケンショック”の後、再び”お楽しみ会”をやろうとした動きがあった事は知っている。だが実際に開催されたかどうか、誰が参加したか、どんな状況だったか等は、全く知らなかった。 「私もあまり知らないけど、隣のクラスの男子が”今日は勝ったからおごってやる”と言って、イカ串をケースごと買おうとして、おばあちゃんに怒られてたの覚えてるわ」 「じゃやっぱり”お楽しみ会”を再開してたってこと?」 「しかもかなりのハイレートだ」 勝ったからといって、イカ串をケースごと買おうなんて、僕らの”お楽しみ会”ではとうてい考えられない額だ。おそらく掛け金自体が、一桁か二桁は違ったのだろう。それだけ勝ったやつがいるということは、それだけ負けたやつがいるということに他ならない。小学生の財力などたかが知れているから、かなり逼迫した状況になる事は容易に想像ができる。 ’オノケンショック”から”セカンドインパクト”までおよそ一ヶ月、お楽しみ会を再開し、借金で首が回らなくなるには十分な時間だ。 「ニセモノのノートは、そこで使われていたノートなのね」 「その可能性は無くはないが、俺は低いと思っている」 「え?でもノートはニセモノだってさっき言ってたわよ」 「結果から考えてみてくれ。刑事ドラマなんかによくある”事件が起きたことによって誰が一番得したか”ってやつだ」 「えと……この場合”お楽しみ会”が無くなって、得したヤツ?」 「そうか!借金してたヤツが、”セカンドインパクト”でお金のやり取りが禁止されたから、結果として借金帳消しになって、得したのか」 「その通りだ。恐らく犯人は俺が転校したことよりも、持っていたノートが無くなったことにより一度借金が消えたことに注目した。そして再び借金を作ってしまい、同じように借金を消そうとした。が、そもそもお金のやり取りをノートで管理していなかった」 「だから……」 「だから、何よ」 「俺のノートのニセモノを作り”お楽しみ会”の全てを告発する事で、大人達に借金を帳消しにさせた……といったところだろう」 「流石だわ賢章!その場にいなかったのに伝聞だけで全部わかっちゃうなんてアンタ探偵とかやんなさいよ、マンガとか映画みたいな」 そう言って桜井はその場でスカートを広げ、くるくると回ってみせた。 はっきりと何かコレという理由があったわけではない。ただ少し違和感を感じた。 一寸の先も見えない暗闇の中で、手を伸ばしても伸ばしても、空を切る虚しさ。助けを求める声は誰の耳にも届かず、手を差し伸べてくれる者は誰もいない。 そんな中、暗闇に一筋の光が射したとしよう。僕を含めたほとんどの人が希望を求め走りだすに違いない。足元に転がっている石も穴も罠も、顧みる事なく。 オノケンは何かを焦っている。 よく考えると、ニセモノのノートの存在。ノートである必要は無いのではないか。大人達を動かし、“お楽しみ会”の存在を暴露する目的なら、密告や手紙でもいいのではないか。事がコトだけに僅かな疑いさえあれば、調査に乗り出す十分な動機になる。 それに犯人の行動。借金のために場をひっくり返すなんてのは、天才オノケンならではの発想ではないか。僕ならまず、姉か杉屋のばーさんあたりに泣きつくと思うが。 「リョータ!聞いてる?」 「え?……何なに?なんだって?」 「小学校に行くわよ」 「学校?なんで?」 「本来なら、クラスのみんなの前で、俺の無実を証明したいとこなんだが、もう全員が集まる機会なんてほぼ無い。だが、山崎先生を含めた大勢が集まる予定の日が1日だけある」 「……成人式!それで僕と桜井なのか」 僕と桜井は、5年のクラスのタイムカプセル係だった。 タイムカプセルとは、もはや説明不要のアレである。僕らのクラスでは、未来の自分へ向けた手紙や思い出の写真を入れ、成人式の日に掘り起こす事になっていた。イタズラで勝手に掘り起こされないように、埋めた場所については、タイムカプセル係である僕と桜井、それに担任の山崎先生しか知らない。一応は三人の同意のもと、掘り起こす事になっているが、成人式にここに来れない可能性も考えて、最低一人は立ち合いが必要なルールになっていた。 僕ら三人は、学校の裏手にある垣根の切れ目から、敷地内に入った。ここからなら、校舎から見られる心配は無いはずだ。そしてそこには丁度目印になるような大きな桜の木が生えているし、宝物を埋めるにはうってつけの場所だ。 「ところで何でわざわざここに埋めるワケ?リョータに預かって貰えばいいじゃないの」 そこは、自分が預かるじゃないのか。 シャベルを使っているとはいえ、意外に堅い土に苦戦を強いられる。こんな所にデカイ穴を掘るなんてやった事がない上に、帰宅部軟弱男子には辛い作業だ。 「成人の日。つまりクラスの皆んなが出来るだけ揃う日に、遺産がここにある事が重要なんだ。タイムカプセル係のお前達がいれば、俺の無実を証明できる」 「なに他人事みたいに言ってんのよ。アンタが成人の日にここに来ればいいだけの話じゃない」 「俺、実は……遠く……外国へ行くんだ。しばらくは帰ってこれない」 「外国って留学とか?」 「そうだな……そんな感じだ」 「そう……」 ウソだ。オノケンはウソを言っている。 桜井はオノケンから視線を外して遠くを見ている。ザクザクと土を掻く音が、暗闇迫る校舎の壁に反響して寂しさを増していく。 僕らにも言えない事情があるのかも知れないが、それならせめてウソをつかないで欲しかった。これでは5年生のあの日、何も言わず転校してしまった時と同じじゃないか。 突然の別れから8年ほどの月日が流れ、その間何があったかはお互い知る由もない。今回オノケンが突然現れて、図らずも昔の記憶を思い起こすことになり、小学生に戻ったような感覚になった。しかし、本当の自分はあれから成長し、多少の苦いも甘いも経験して大きくなったつもりだ。
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