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第六話
「……やっぱりこんなことはやめよう」
僕は大きく息を吐いて、シャベルを動かす手を止めた。
「リョータ?」
「今さら昔の事をほじくり出すべきじゃないよ。山崎先生には僕から話しておく。成人式の日に先生の口からオノケンの無実を語ってもらう。それでいいだろ」
「ダメだ。大人は信用できない」
「成人の日には大人の仲間入りをしている!僕だってその日にハイどうぞと大人になるものじゃないことは知ってるさ。でも、ゆっくりと確実にその信用できない大人になって行く。僕も桜井もそしてオノケンキミもだ!」
思わず放り出したシャベルが、穴の縁に置いてあった小包に当たり、甲高い音を立てた。僕は構わず、オノケンへの追求を続ける。
「外国へ行く……なんてウソだろ?本当の事を言えない事情があるならそう言えばいいのに……僕ら……友達じゃなかったのかよ……それとも君はもう信用できない大人になってしまったのか」
僕は悔しかった。
スポーツも勉強も恋愛も友情も、熱を持って挑まずにいた自分が。
どこかに冷めた目で見ている自分がいて、そうする事が恥ずかしく、周りの友達と違うところに立っている自分が。
そして羨ましかった。
嫌いなものを嫌いと、好きなのもを好きと言える強さを持ったオノケンを。
それだけに、彼から信頼されていない自分を、同じ熱を持てなかった自分を、後悔した。
だからせめて、今は同じ温度で悔しさをぶつける。もうすぐそれさえも出来なくなるのだから。
「リョータ……残念だが俺は…………!」
深く、重苦しい沈黙。
見るとオノケンは、僕でもなく桜井でもなく、シャベルがぶつかって一部新聞紙が剥がれている小包に視線を送っていた。
「どういう事だ……アレは俺の預けた箱じゃない……」
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拝啓 小野賢至様
まずは貴方から預かった箱を勝手に開けてしまった事をお詫び致します。
最初、ノートの中身を見て驚きました。いたずら好きで、近所の子供達のリーダーだった貴方が、犯罪者まがいの真似をして非常に残念な思いがしました。ですが、貴方が私を信頼し、ノートとお金を預けてくれた心に応えるためにも、他言するつもりはありませんでした。しかし、私のもとへ一人の小学生が訪れ、涙ながらに相談されました。その子は軽い気持ちから、賭けトランプに参加し、そのうち子供ではなかなか返せないほどの借金を作ってしまったという事でした。
同じ時期、私の店では駄菓子を大量に買おうとする子供が、時々現れるようになり、疑問に思っていました。
私は、子供は子供らしく、みんな笑顔で遊んで欲しい。誰かが泣くような遊びは止めるべきだと思い立ち、小学校の先生に相談しました。
貴方から預かったノートは、誰か特定の個人が責められる事の無いよう条件を出し、使っていただきました。
叱られた子供達は、辛い思いをして大変だったでしょうが、これも大切な経験のひとつとして大きく成長し、また先生や親御さんたちも、陰で大変な努力をされていた事も理解してほしいと思います。
ほとぼりが冷めた頃、先生からノートを返却して頂きましたので、いずれ貴方の手に戻る事を願い、手紙をしたためました。
一緒に入っていたお金は、貴方の欲しがっていた物と交換しました。恋の悩みを打ち明けてくれたお嬢さんへ、是非貴方の手で渡してあげてください。私のせめてもの罪滅ぼしです。
杉屋のばーさん 杉野 すず
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箱の中には、オノケンのノート、おもちゃの宝石、そして一通の手紙が入っていた。
僕の読む手紙は、昔の真実を語り、想いを語った。
それは思ったより単純で純粋だった。
「オノケンこれは……」
動揺し、動けずにいるオノケンに代わり、手紙を読み終わった。そして振り返ってみるとそこに僕の友人の姿は無かった。
僕は隣にいる桜井と顔を見合わせ、オノケンは?と聞いてみたが、彼女もまた僕と同様にオノケンの姿を見失っていた。
現れた時と同じように、突然消えてしまった。
次の日、僕は桜井に誘われ、オノケンの父親のいるマンションを訪ねる事にした。
あの後、いくら探してもオノケンの姿は見当たらなかった。死者が帰るお盆の日に突然現れて、突然消えた。
最初に再開した印象といい、暑い日のパーカーといい、どうも普通じゃない。
一応は、お盆に合わせてオノケンが帰ってきたのではないかという事で落ち着いた。
「賢至の推理、半分は外れていたわね」
「頭が良すぎたのさ。どうにか白黒つけたくて、自分と他人が同じ考えを持つと思い込んでしまった。皆んなが皆んなオノケンほど頭は良くない」
「リョータはさ、自分が大人だと思う?」
「途中、としか。ゴールがあるならって話だけどね」
僕らが一緒に過ごした数時間は、あまりにも現実的すぎて、未だにオノケンが霊的な何かだったとは信じがたい。
夏場の怪談として、何百キロも離れたゆかりのある場所に現れて、別れの挨拶を言ったなんて話は聞くが、実際に体験した後でも本当だったのかどうか自信がない。
良く思い出すと、桜井はオノケンを叩こうとして空振りしていたし、僕ら以外に会話をした者もいない。
「結局、お楽しみ会の事が心残りで化けて出たのかしら」
「化けて出たってか、丁度お盆だったから、帰って来た。でいいんじゃない?」
「そうだアイツまた、宝石くれないでどこか行きやがったわ。代わりにアンタ貢ぎなさいよ」
「“行きやがった”と“代わりに”の間にどういう理論があったのか、僕に説明しろよ。話はそれからだ」
照りつける陽光が降り注ぎ、容赦なく肌を焼く。彼岸は過ぎても残暑がおさまるのはまだまだ先になりそうだ。桜井のかぶるつばの大きな帽子は、それをものともせず、濃い影を落とす。緩やかに波打つロングスカートを押さえる仕草は、映画のヒロインのようだ。
不覚にも、中身が桜井れいなだということを一瞬忘れそうなってしまった。
「そういえばさ」
少し前を歩く桜井は、くるりと振り返る。
「賢至が“お楽しみ会”をやり始めた理由、聞いたことある?」
僕は無言で首を振る。あまりそこに疑問を持ったことはないが、特別な理由とかあったのか?
「杉屋の駄菓子クジを買い占めて、特賞のおもちゃの宝石を手に入れる為だってさ。笑っちゃうわ」
ばーさんの手紙にあった、恋の悩みを相談したお嬢さんというのが、桜井だったかどうかは分からない。箱に入っていたおもちゃの宝石は、実は僕が持っているのだが、コレを桜井に渡すべきかどうか正直迷っている。オノケンの心残りはお楽しみ会の事じゃなくて、コレを桜井に渡せなかった事だろうから。
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